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遼と自我の夜


 われ思う故に我あり。


 デカルトの著書『方法序説』にて掲げられた命題である。

 俺は思う。俺はいる。その二つに跨る因果関係。とてもシンプルで、ゆえにどこか真理を付いているようにも見えるからこそ、惹かれるものがあるのだろう。否定したくなる気持ちも湧き上がるのだろう。後世この明訓名言に対する反論・皮肉は様々飛び交ったわけだが、俺は感心すら持っていなかった


 俺は皮肉屋ではあったかもしれないが、哲学者ではなかった。

 悩むくらいならやってみる。佇むくらいなら歩いてみる。

 生きていた時の菊山遼はそれくらい即断即決――あっけらかんのかんからかんとした人間だった。



 そんな、勘空感な人間が生きる意味なんて求めていなかった。



 なんてことだ、状況が変わってしまった。

 己の本質を理解しないまま俺は存在できなくなったわけだ。


 漱石の猫のように「人間は長い歴史の中でこんな当たり前のことしか思いつかない愚かな生き物だ」と、諦観できる立ち位置からはとうに遠ざかった。



 だって自分が既に偽物なんだから。



 まぁでも、名言と命題では役割が違うはず。捉え方の問題ではあるが、あの猫が下したあの命題への判断は誤診だろう、とそこだけは人間とデカルトを擁護したい。ちょっと庇うには大きすぎて、偉大過ぎたかもしれないが知ったことではない。

 『菊山遼』は復活を遂げたんだぞ? 十字架の救世主、転生する不死鳥、冥府下りの吟遊詩人、その参列に加えられても良いほどだ。



 ――いや、彼らの復活と俺のは仕組みが違う。



 そう。それを分かっているから疑念が俺の背皮の中に潜り込んで髄液を啜っていやがる。冷たい爪で深くひっかかれてるようで、うとうと寝たくても寝られない。今日みたいな夜は喧騒がない分ずっと自分の中に集中しちまうから。



 ――連続体ではないにしろ、俺は俺の意思で思っているのか。



 どうにかこの不気味さを崩したい。

 得体のしれない不安感を殺してやりたい。


 寝番を頼まれて少し自問自答する時間がある。

 自分という存在、それから岬との関係について俺は改めて思わなくてはならない。


 それが自分の意思でなくとも、プログラミングされた意思だったとしても。



 我はあれども我が思うか?



 これは菊山遼の命題である。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺が知っている俺。


 菊山遼のオリジナルはもうすでにこの世にいない。だから今ここで菊山遼を名乗っているのはイマジナリー菊山遼だ。


 過去にイマジナリーフレンドのライオネルというライオンの友人を作っていたが、まさかこうやって自分がイマジナリーフレンドとは夢にも思わなかったぜ!


 自分が死ぬとも夢にも思わなかったけどな。


 そう。俺は情報として自身が死んでいることを知っている。

 なんとなく他人事みたく感じるが、間違いない確信をもって自分の死を認めている。


 岬に召喚されてからあの斧女との激闘で岬が闇落ちするまでの間、俺の中には漠然と自分が死んだのだという記録的な事実だけが漫然と渦巻いていた。灰色の絵の具で描いた風景画のように朧気な死の事実は俺に恐怖すら与えはしなかった。


 だが、あの『開花アネモネ』とかいう技。


 トラウマの再発と外傷を負うこととの引き換えで発動できるアレのせいで自分がどうやって死んだか分かった。多分岬の意識や認識がフィルタリングされながら流れてきたんだろう。我ながらトロい死に方をしたもんだよ。


 まさか、あの自由人で、気まぐれで、欲しいもののためなら今一番大事なものすら捨てちゃう『菊山遼』が、あんなあっさりと死んでしまうとはね。車なんて簡単によけれるもんだと思っていても、実際目の当たりにすると避けらんなかったわけだわ。


 憐れ菊山遼! ドラマチックでもキネマティックでもない淡泊な事故死を迎えましたとさ。

 おしまい、おしまい。


 友人庇って死ぬとか、俺良い奴過ぎねーか?


 本当に俺がそんなことすんのか?


 俺はそこまで花一華岬ニ入レ込ンデイタノカ?


 ……。


 ……なーんて『考えさせられる』のも俺が岬の主観情報と感情で構成されてるからでしょ。


 ウザ。

 ウザウザ!

 俺の思考にすら流入してくんじゃねーよ、ネガティブ野郎=岬くん。


 はー、無意識の流入ウザすぎ。思考ブレる。俺の中に別の声が聞こえる。


 ウーザーイ!


 黙れ! 馬鹿野郎! この野郎!


 はぁ……心の中での溜息メーターが上昇していくのを感じる。幸福を逃している気がする!

  俺が折角命を賭けて守った命のこと馬鹿にしないでほしいわけ。俺が、って厳密には俺じゃないんだけどさ、『菊山遼』の選択に誕生以来一度も間違いなんてないんだよ。


 そういうことを本人が言っていたのを聞いておきながら、無視するな。無視して後悔するな!

 そう言うスキルだからやめられない止まらないってのは分かってるけど。後悔したって自問自答したって終わりはしない。


 俺の構成要素は全部岬に由来している。俺だけじゃなくて竜太もだ。


 俺達はアイツの小説からの日常的な情報とアイツ自身の主観的な情報の二つを織り交ぜてできている、と思う。感覚的に分かる感じだから根拠はない。


 俺の生成方法を俺が考察する。


 必要な材料は二つ。菊山遼の肉体と精神構造の情報。片方の肉体はスキルがオートで作成している。クローン技術が発達した現代科学なら身体だけならどうにかなるんだろう。

 スキルとやらはあきらかに現代科学は関係してなさそうだけど、魔術か宇宙人のスーパーテクノロジーか。

 ともあれそうやって生成した肉体と後は岬の中の『俺』をインストールしてすぐに動くインスタント遼くんが完成させる。親友には服従的で心配もしてくれて、時には叱ってくれてアイツの好きそうな『菊山遼』の誕生だ。


 ……うわー自分で考えた仮説ながら『マトリックス』みたいなディストピア感。

 

 思考までは直接干渉はできないんだろうけど、なんとなくアイツの“好きそうな”方向に流されてる。俺が独立して考えない限り、ずっとこの流された感覚に支配されながら生きることになる。


 それは嫌だ。


 『俺』がそう思っている。 

 

 過去の『遼』の延長として付き合い続けるのは苦痛だ。

 俺は昔の俺のまねごとをし続けられやしないわけ、だから岬には決別してもらうほかない。


 そんでもって、今の俺を見てもらわねーとな。最初こそ情報の塊でも生きているうちに全く違う要素は増えていく。生命と実感の堆積を高めて、オリジナルの自分を作り上げて見せるさ。


 そういう魂の情報を失わないように、死なねーようにしないとな。再生成はされても、生き返るわけでは無いのだから。


 

 一先ずの目標は岬とまた、いや、初めて友人になることだぜ。


 ……まぁ、初日は盛大にやらかしたがな。






 


 


遼くんのキャラ設定はもうやったはずなので、菊山家と朝顔家と花一華家についての裏話でも。


花一華家と両家は遠い親戚筋だったりします。(本人たちは全然知らない)


花一華家は古くから冠婚葬祭の時に使われる花を扱ったり、生け花の大家として名を馳せたりしていた。

けれども生け花の腕の立つ職人は本家から独立し、分家(青梅家)となりその過程で、本家にいた兄弟姉妹たちもその職人に便乗して独立を計った結果、凄まじい死屍累々のお家騒動ののちに、本家を継ぐ旧態依然な花一華家、庭師筋になった菊山家、北海道への移民を果たした石榴家、何してたのかさっぱり分からない朝顔家、という構成になった。


現在、本家花一華が連絡を取れているのは青梅と石榴しかいない。


菊山と朝顔は本家から完全に縁を断っている。けれども、実は石榴か、青梅の当主かが分家の両家を監視しているとかいないとか。


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