表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/30

ママの夜

 人間の肉体を粘土やプラモデルのように禍々しく改造した未知の生物。

 馬のような下半身は二つ三つの人間が違和感なく繋がれたようで、脚の筋肉は芸術的なまでに多くの陰影が浮かび上がっている。さながらダビデ象のソレを思い起こさせるようだ。

 その下半身から図太く上に伸びる上半身。頭部のない筋肉質な上半身、男性的な胸部には怪物のような口が一つ。だらりと赤い舌を伸ばして笑っている。


 笑っている。


 笑っている。


「クチチ、ワンワン、タノチィ! ワンワン、ハ、タノチィ! クチチチャハハ!!!」


 血のような赤い舌を突き出して唾液をばら撒きながら豪胆に笑う怪物。路地の中にその嬌声だけが通り抜けていく。悍ましい怪物に殺された狼男の首はひしゃげて少し笑ったように見える。

 怪物の上に跨る美麗な女もまた愛おしそうに怪物を見て微笑んでいた。何の機能も果たさなくなった横断歩道が今だけは特別な結界のように戦慄の世界を分断していた気がした。


「ひぃ!」


 壁を引搔いていた毒島はその声に当てられてやっと止まり、小さな悲鳴を上げた後地面に気絶するように伏した。


「ママ、その笑い方嫌いって言ったよね?」


「ゴメ、サァイ。クチチチチ! ペテロ、イーイ」


 ママと自称する女性の柔らかくも母親の叱咤のような声に怪物は赤子のように返事をする。 

 滴る肉塊を無駄に歯並びのいい口に収めて、唇のない口角を怪物は二ッと上げた。


「よーちよーち、ペテロはほーんといい子でちゅねぇ。ママはペテロのことだいちゅきでちゅよ」


 『ペテロ』の頭のない双肩に小さく何回もキスを落す女。抱きしめ、愛を囁くその姿は恋人のようにも親子のようにも見える。余りにかけ離れた異種族愛だとは思うが、どうしてかその受け入れがたい冒涜的な光景がボスパイダーの眼には溜息が出るほど神聖に見えた。

 神聖と冒涜の間に心を揺さぶられて、ボスパイダーは自身の内臓の全てを吐き出したくなった。


「あなたたち、徒党をくんでいらちたのね。そうなるとお友達をころちちゃってごめんなちゃいね? ぱうろちゃんは力加減が苦手なんでちゅ。でもそんなペテロちゃんが可愛くて、可愛くてちかたないでちゅ。ほんと親ばかでごめんなちゃい」


 『ママ』は可愛らしく謝った。まったく息子は悪くないと言ったかのように。

 怪物は母親が謝辞をした意味も分からず、手遊びを始めている。血の付いた指をチュパチュパとおしゃぶり代わりに吸い始めた。


「……見逃して、くれませんか?」


「ふぇ?」


 足を折って男は地にへばりついた。丁度数刻前の毒島のように額を冷え切ったコンクリートにハンマーのように打ち付けて、三指を揃えて許しを請う。

 女を乗せた怪物がのしのしと男の頭が足先に来るくらいまで近くに寄っていった。

 頭上からスハスハと短い呼吸が垂れてくる。


「そこに寝ている男を差し上げます。だから、俺だけは見逃してください……お、おねがいします」


「おにぇがいって……べちゅにあなたのことなんてどうでもいいんでちゅけど、わんわんはママを襲ったから、ペテロちゃんがころちただけでちゅしね~」


「マァ、マ!」


「はいはい~よーちよーち。そういうわけで、べつにいっていいでちゅよ」


「行っていい……じゃ、じゃあ、可愛いお子さんとお幸せに……」


 ママは息子以外には全く興味がないようなので、男が震えながらゆっくり立ち上がるところに一瞥すらしなかった。

 男は心底で思った。さっさと逃げてしまえばよかった。エリマキカマキリより強い相手だったら、ということをもっと慎重に考えておけばよかった。あの女と組めるものなら組みたかったが、恐怖心がそれを拒否した。あんな怪物と四六時中一緒にいられるか、逃げよう。それから――どうしようか。

 男の目じりから涙が、零れる。絶望の黒が視界を覆うからか。捧げた仲間の怨霊が後ろ髪を引くからか。吐き出しかけた臓物が痛むからか。分からない。男自身分からない。


 すまなかった……


 けれど、心の中にとどめた謝罪は嘘でないだろう。


「ひひ、ひどい、ひどいじゃ、ないんですかぁ?」


 特徴的な引き攣った声。その発生の仕方は彼にとって懐かしく、そして恐ろしい後悔を引き起こさせるものだった。

 幽霊の声が後ろから聞こえて、振り返った。一縷の望みとそれを否定する事実が脳裏で拮抗し、結果は禁忌的な行動として発露したのだ。


 あぁ、もしや。そこにお前が……!


 ブスッ。


「ッ!?」


 脇腹に刺さる毒毒した擬音。注射器のような鋭い感覚。痛みは麻痺して到達しない。

 脇腹に刺さったのは蠍の尻尾を人仕様のサイズにしたバイオロジカルな針だった。


「あァッ!? ぶ、毒島さァん? なに、何してんですかぁ。俺に、刺さって、る」


 男は何をされたか分からない。脚がもつれて崩れる。またドブネズミのように路地を這う姿を晒した。


 毒が血中を進んでいくことも曖昧で理解できない。死にたくなる後悔も消されて、抜かれた尻尾針の繋がる先を見た。


 驚愕。

 恐怖。


 髪も様相も振り乱し、血まみれの手で顔を覆うひょろりとした青年がいるのだ。どうして。気弱そうな彼だったはずの人の瞳には窮鼠が宿っていた。

 その窮鼠の黒目の内は万華鏡のように狂気が渦巻いていた。誰のことももう見えてないだろうと思わせるほど。


「ボスパイダーさんのことず、ずっとしししし、信じてたのに。のにぃぃぃぃい! ふぇぇえええん! 裏切ったんですかぁ? あなたも僕のこと殺そうとするんですかぁ? ならぁ、殺してもいいんですよねぇ? ハンムラビ法典で、ですよねぇ? あっひ、ひひひひひひひひひひひ!」


 体を左右に振って見悶える青年。

 悶えたいのは俺の方だ、と思ってももう手足の感覚は消えて蝋人形のように動かない。首だけを動かして被害妄想で慟哭する青年に呂律の回らない罵言を浴びせた。


「グ、ゾッ! 毒島ァァアアア!!!」


 その罵言も双眸を両手で拘束帯のように覆ってしまった彼には届かない。

 眩暈と吐き気が激しくなる。胃と食道の接合部が熱を持って痛み出してきた。咳き込むと口端から血が出てきて、コンクリートを生温く染めた。

 この仕打ちは裏切ったからか、因果応報というやつなのか、男はぐちゃぐちゃに潰されて交わる思慮と感情でそう思った。もう遅いだろうに。


「だ、だめです……こ、殺される前に殺さないと。ぼ、僕、夜寝れなくなっちゃいます。不安症なんです。裏切られるのって怖くて、暗闇よりも、死よりも、怖いと、おおお、思いませんんかねぇええ? だから、だから、殺します。とぅーびーこんてにゅー!」


 コンクリートに叩きつけられた体の上に針が降ってくる。


 ブスッ! ブスッ! ブスッ!


 毒の紫と血の赤が混ざってアルコールのような黒を散布する。痺れた感覚さえも抜けて、焼けるような痛みが早鳴っていく。体中の血液が漏れ出したかのように肉体が凍えていく。


「お、ごっ、ろじ……って、や……ぅ」


 最期にまともな呪い一つ掛けられず毒で痺れたソレは沈黙した。

 闇の中の命の音が一つ消えるだけで、一層暗さは増したように思わされる。


「殺す……って、やっぱりあなたも僕のことを殺そうとしてたんですね。信じてたのに。可哀そうなカマキリくんもあなたのことを信じてたのに」


 ドクドクと流れる涙を手の甲で、必死に雪を掻き分けるように拭いながら毒島はそう恨み言を吐いた。嗚咽を交え、本心を交え、愛を交えて。けれどもう、彼の涙を浴びるソレの眼は何も映してない。


「……あーもしもーし? ボスパイダーさーん、死にましたかー? ほらほら~……あぁ、ああああ! し、しし、死んでるぅぅう!? ひぇ! た、助けてぇええ! って、僕が殺したんでしたっけ?」


 毒島は死体の口元に耳を持って行って声を聞き取ろうとするが、ソレは最早人形になってしまって動かない。大げさなリアクションをころころと変えながら支離滅裂な行動を毒島は繰り返す。

 

 最後の力を振り絞ってかはたまた肉体の誤作動か、ソレの小指が少しだけ動いていた。


「あはぁ! まだゆびが、ピクピク動いてますぅううう!」


 裏切る間際には罪悪感を感じていたボスパイダー。

 刺し殺した後には罪悪感を無くしていた毒島。

 悲しいかな。毒島は最初からボスパイダーが思うほどに弱くも、まともでもなかったのだ。


 毒島トキシ――浦春削(うらはるさく)は19人の人間を殺してきた連続殺人鬼である。


「これにはママもドン引きなんでしゅけど。このひとここでこりょしといたほうがいいんじゃないでしゅかね? その方が世のためににゃるかもしれまちぇん」


 ペテロがその巨躯を揺らして近づいてきた。前足を振り上げて死骸に聞き耳立ててた頭蓋に踵をおとそうとした、その時。


「ひっ! 『パラライズ・スティング』!」


 怯えていたはずの毒島の動きとは思えない素早さで壁を百足のように這いあがり、ペテロの右肩を針で刺した。


 『パラライズ・スティング』

 【蠍の勇者の地底攻略】に出てくる主人公が使う第一の必殺技。

 即効性の毒が血中に溶け込めば、ペテロ程の身体の大きさ、異形であってもすぐに麻痺してしまうというスキルであった。


 案の定ペテロの体が硬直する。巨体の停止はすぐに母親にも異常として感知され、母の本能が憤怒を孕んだ。


 両手を組んで胸の前に捧げ、実質即死を付与できるスキルの名をチャペルのように響かせようとした。


「お前ッ【受胎告――


「そこまでよ、両名」


 母のスキルを阻む女の声。凛としつつ強かな声が赤いスカート共に降ってくる。暗黒の中に長髪の乙女が落ちて来たのであった。


「誰……って、()()()()()()()?」


「あら。この姿でも私が誰だか分かってくれるのね、ママさん――マザー・H・コンプレックスさん。当たり、子宮遊楽よ。識別のためにL型とか言われてるけど」


 当たり。と言われども、納得できないほどかけ離れ、描き違えた容姿だ。性別すら変わっているのだから。

 けれども姿じゃない奥底の何かは確かに子宮のものだ。全てを包み隠す生温く底なしの海のような得体の知れない愛と欲がその証明だろう。


「ふぅ~ん? まぁ、あたちにとっては娘が息子になっただけのことでちゅ。積るはなちもありまちゅし、どこか中にはいりたいでちゅね。その前にこの男をころちゃなくちゃならないんでちゅけど」


「殺さなくていいわ。その子の治療程度だったら、私達のところでどうにかなるでしょう。というか、毒術師なら解毒薬も生成できるんじゃない?」


「ひぇん、打ったのはただの麻痺毒ですぅ。数分で硬直は解けるはず……だ、だからこ、殺さないくださぁい!」


「……まぁ、いいでちゅ。あなたに【受胎告知】を使うのは子宮ちゃんに免じてやめておいてあげまちゅ。さ――私も探していたところだし、お茶会でもしましょう?」


「えぇ、丁度私から誘おうと思ってたわ」


 母なる夜は賑やかな舞踏会へと変わる。






死んじゃった二人の設定(*'▽')<クモさんとカマキリさん


ボスパイダー【叢雲駒むらくもこま

34歳。彼女いない歴=年齢。趣味は釣りと昆虫観察。結婚適齢期を過ぎてから婚活パーティーなんかに行くようになったが、昆虫標本が家にあることから女性を家に上げることを躊躇ってしまうのでうまくいかない。「若者の間で流行ってる」という言葉に色々と弱い。お酒も弱い。


エリマキカマキリ【五反田雪ごたんだゆき

17歳。190㎝。ボスパイダーと毒島からは24,5くらいにおもわれていたが、まだまだ高校二年生。最近彼女ができた。父方の先祖が老舗の製紙屋で割とお金持ちの生まれ。妹が二人、弟も二人いる長男で、料理や掃除、宿題の手伝いなどもこなすいいお兄ちゃん。寧ろお兄ちゃんがいないと家が回らない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ