パワー・チャージ・メアリー・スー
あの矛盾領域にて。
悪魔と神の無意味な抗争はまだ鳴りやまない。
制限を度外視できる空間内で神は無慈悲な災害のように攻撃を放ってくる。
不幸中の幸いと言えば慢心と加虐心を少なからず神が持っていたから、エテメンアンキは少年との契約に必要な工程を踏むことができた。
天と地を結ぶ塔の名を持つ悪魔として『受信』・『送信』の能力を発揮するのは簡単なことだ。テレビ中継をするように自身から術式を発信する。少年という中継地点を介入させることで自身は別空間にいてもある程度あの偽の地球に情報や術式を届けることは可能なのだ。
何千の煌めきと鮮烈な風が奏でる幻想的な殺意をスピーカーやアンテナで中和しながらのエテメンアンキのハッキングは――弾かれた。
「ッ! 理論介入はキツイカ! なら外付けで理論構築! ――成功。ケッ、無理やり差し込んだからバレるのは早いかもナ!」
感圧式地雷の上に砂の山を作っていくように繊細かつ焦燥煽られる作業をエテメンアンキは流々とこなしていく。どんなにふざけた態度でも悪魔の質としてはメソポタミア時代の資質を引き継ぐ超一流。この度の偽地球の異変を解決するために派遣されただけのことはある。
クイーンの理の完結を外側から弄り、侵入経路を創作した。そこからゆっくり冠動脈主述でもするような手際でピンポイントで少年ロイのスキルデータを発見する。
「ヒット! 後はこれにP.S.で追記してト」
尾鰭をつけるようにデータに追記修正を重ねていく。書き込むと言う行為はどことなく小説家を彷彿とさせる。
追記の一文が完成するとそのまま決定を下した。
「イヒヒヒ! 先ずはオマエがチカラを自分の意思で使ってくれればいいサ。小説家」
改竄のために開いていた小さなディスプレイを消し去って体力と血の気の有り余る鮮やかなるものに空中で向き直る。
仕留めることも、仕留められることもあってはならない。
生かさず、殺さず、されど機嫌を損なわせず。そんな無理難題な理不尽もこなせなければ今回の事態を収束にもっていくのは難しい。
逆に言えばこの神さえ思惑通りに操れれば今回の騒動は最悪全てを更地にしてなかったことにできる。上はそうお考えなのだ。きっとそれだけではなく厄介払いというのも暗にふくんでいるのではないかと邪推もできる。メソポタミアからの悪魔、宇宙より飛来した古き神、偽の地球を作った月の悪魔。三つとも集めて同士討ちを狙いたいのだろう。
天より上の存在に嫌な笑いを誘われて、エテメンアンキは暴風にその鋭い爪を差し込んで掻き分けていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――イ。
――――オイ。
呼び声が聞こえる。
瞼を閉じていなかったのに暗かった視界が暗闇を剥がされるように明るくなった。
「おい! 聞いてんのか?」
竜太が僕の頬をペチペチと叩いて壊れたテレビの様子でも調べているかのような表情をしていた。
変な空間に行く前のいつもの殺伐とした戦場。太陽すらも届かなくなってきた薄暗い夜闇にアネモネの赤と黒が命を示すように光っているように見えるこの場所。
「……あ、戻ってこれたみたい」
僕はぼんやりと彼の瞳を見て呟いた。
彼は僕の謎の発言を疑問視することもなく、流して別のことを聞いた。
「血が抜けすぎて気でも失った?」
「そうかもしれない。でも得るものも有った」
「得るもの? 今のところ失い続けてばかりな気がするけど」
「悪魔と契約してチカラを手に入れたからね。これで岬を助けられる」
「やっぱ血が抜けすぎて頭おかしくなってる……まぁ、何でもいいや。作戦はガンガンいこうぜ! 失敗は死、成功は生! 最悪死んでも勝て!」
「「分かった!」」
息を合わせて遼とロイは返事を返した。
号令は指揮を高め、三人の体を熱く回った。
囮役で先陣を切る少年は茨を幾度と踏み荒らしながら岬と斧女の間に滑り込む。
女は驚いて目を見開くけど、攻撃はできなかった。岬が散乱させるアネモネの茎に阻まれたからだ。
「ッッ! 次から次へとッ!」
少年は血の滴る右腕を女の方に伸ばして、左手でその軸を支える。
「――悪魔、エテメンアンキ、契約に基づいて僕にチカラを貸して。岬を救えるだけの強いチカラを」
――イヒヒ、承諾するゼ。
少年の体中を何かが這いまわり、節と節を紐で結んで連結していくような幻痛が走る。
刹那の時間が引き延ばされてスローになる。女の表情も、動きも追えてしまう。アネモネの花を自身が踏みにじってしまったのも、写真を眺めるようにわかってしまった。
少年にとっては分けも分からずに差し出した手のひらであったが、今になってどうして自分がそうしたのか分かった気がした。
【怖がりな少年の冒険】――5話使用。
少年の物語が解けるように消滅していく。
反比例するように、少年の掌の熱はどんどんと高くなる。どくどくと血のように甘く重いものがソコから出て来てしまう気がした。
何か来ることを察した女は早急にその場から離れたかったが、岬の生やしたアネモネが足に絡まってそれを阻止する。焦燥の舌打ちを女は吐き捨てた。
「これが悪魔のチカラだ、食らえッ!」
少年の掌が輝き文字列が一直線に女に巻き付く。
「くっ……なによ、これ!」
光の輪のような文字列は女を囲みきるとそのまま――
ボシュンッ!
――消えてしまった。女もろとも。
「……あ、あれ。消えてしまった?」
幾ら眼前に手を差し込もうが透明にしたわけじゃないから、何にもかすらない。
少年は表情を変えることなく頬を掻いた。
「思っていたのとちょっと違うけど、あの人を倒せた、って言うことなのかな」
チカラを使ってみたのに手ごたえというのが少年にはなかった。
倒したとか、殺したとか、そういうものではないもっと有耶無耶に決着させるスキルだったのではないかと少年は思った。もっとも殺したかったわけでは無いので、結論としてはこの決着の仕方が自分にとっては良かったのかもしれないということで落ち着いた。
落ち着いたらば、痛みが溢れてきた。
脳の麻痺した機能が正気に戻り始める感覚が痛みと共にやってくる。
疲労は溜り、痛みは雪雪崩のように、滑り落ちてくる。堰き止める木々も柵もなぎ倒して、少年の涙腺を刺すように開く。凍った雪が解けては水になり――泣いてしまった。
「痛い、痛い……痛すぎる、うぅぁぁぁぁん」
「ちょ!? 泣くなし! もーあの女を消しちまうわ、泣くわで忙しい奴だなぁ。俺が殺したかったのに」
遼の残念そうな喚き声ですら傷口に触れて、少年はぐじゅぐじゅとかき回されている様だった。
アドレナリンが抜けて脳みそが正常な信号を受け取り始めていた。鈍くごまかしてきたツケが返還するように少年を蝕んだ。
駆け寄ってきた竜太は右腕を抱え込む少年を褒めた。
「何をしたのかわからないけど、よくやった。あの死神が戻ってきたらその腕を元に戻してもらおう。それまでは一応これで止血しといてあげるよ」
ビリッ!
竜太は近くにいた遼のシャツの袖を破ると、それを包帯のように少年の右腕に巻いた。
傷口を上から抑えられると更に痛みが走ったが、少年は声を我慢して耐えた。
「ちょいちょい! 人の服勝手に破くなよ! 竜太さんのえっち!」
遼は口を尖らせて、恥ずかしそうに両手で顔を覆った。冗談めかすから服を破られたことは特に気にしていないのだろう。竜太は淡々と少年の処置を続けながら、遼に指示を出した。
「特に役に立たずに死んでたやつは黙って。先に岬の鎮静に向かっとけ――清潔な布じゃないけど、急場を凌ぐだけならセーフでしょ。応急処置の授業真面目に受けててよかった。はい、これで傷口の上を5分くらい抑えといて」
「うぐぇ……ありがとう」
「どういたしまして、って言える立場でもないか」
結び終えて俯いたまま竜太はそう呟いた。
「僕ら的にはあの斧女が強すぎたからゾンビ戦法しかなかったけど、正直時間をかけすぎると出血し続けてる岬が死ぬかもしれなかったからそれも難しかった。お前がよくわからないスキルを使ってくれたおかげで僕らは手詰まりから抜け出せた」
「そう、それは……つまりどういうこと?」
少年は首を傾げた。
岬の手当てに回っていた遼も振り返って、こっそりやり取りをのぞき見してニヤニヤと笑顔を浮かべる。
後一言言えれば素直に成れていたかもしれない竜太はその言葉に顔を上げて、したためていた感謝の言葉を飲み込んだ。それからいつものように嫌味ったらしい態度に戻ってしまおうとするけど、気恥ずかしさにやられて調子が狂う。
「……お前って天然だと思ってたけど、意地の悪いところもあるのね」
「? 何がどういう意味か分からないけど、僕は竜太ほど意地悪じゃないよ」
「はいはい、どうせ僕は陰険意地悪小姑ですよー!」
「なーに? 楽しそうじゃーん! 俺も混ぜて混ぜてー!」
遼が間に入って竜太と少年の首に手を回す。
気絶してしまったらしい岬はソファに寝かせられて、ひどく疲れたように眠っていた。
人工灯の消えた世界の砂漠のような夜に笑顔が暖かく灯る。
「別に楽しい話なんてしてないから金髪バカ」
「パーカーバカは素直じゃねーな~。なぁ、改めてよろしくな? 今の俺はお前のことほとんど何も知らねーから、自己紹介からさせてもらうぜ。俺は菊山遼、こっちは――
「竜太。もう知ってるから僕のことはいいよ」
リプレイのような一幕で先に言えなかった分を取り返すように竜太は遼が言うよりも先に訂正で押しつぶした。
「そっか。んで、お前はなんて言うんだ?」
「僕は……」
「あぁ、コイツ名前がないらしいんだよね」
竜太の言う通り、先ほどまではなかった。
今は名づけられてしまった。でもそれはあの無慈悲で鮮烈な神によるもの。
それを名乗るのは少し抵抗がある。
――ずっと『お前』って呼ばれ続けるのは寂しいなぁ
少年は遼と竜太と岬の関係に少しだけ憧れを抱いている節があった。それは本人も気づいてないこと。名前で呼び合う『友達』という関係に手を伸ばすためなら、忌み名を使うことを少年は選んだ。
「僕はロイだよ。ロイ、レアからそう名付けてもらったから」
「……名前あるみたいですよ、竜太さん」
口元に手を添えて、小ばかにしたように目を細めて笑う遼。
ない、と言ったのにそれを速攻で反故にされて名乗られれば顔に泥を塗られたようなもの。竜太は自然と顔を赤くしてあからさまに恥ずかしそうに怒った。
「何なのさ! さっきはないって言ってただろ!?」
「そうだけど、でもレアとエテメンアンキに会って……」
何を訳の分からないことを言っているんだ、と言いたげに二人は少年を見た。説明が長くなりそうだな、と思った少年だったが、それよりも先にファミレスの階段を駆け上りやってくる何者かの足音が響いた。
宵闇に隠れながら、三人は息をひそめてその姿を確認する。
闇の中から黒が湧き出てきた。
斜めに射す月光に金の装飾を付けられたローブが美しく映える。
「ふぅ、疲れた。まったく酷い変態がいたものだ。おや? そっちはそっちで何かあったらしいね。調子はどうだい?」
全身黒づくめなその姿、少し疲れたような様子を見ると負けはしなかったがあのメイドとは苦戦を強いられたことが伺える。少年も竜太も正体が小日向だと知って安堵と共にソファの陰からゆっくりと出てきた。
「うわっ、なんか魔王みたいなのが出てきた! 敵か!?」
約一名は犬歯を剥きだしにして、拳を握ってる。
竜太はため息をつき、少年は紹介をした。
「小日向は味方だよ、多分」
「私は何時だって弱者の味方だ。今のところは君らの味方ってことでもいい。いきなり首を刎ねたりしないから安心したまえ」
含みのある言葉に目の笑ってない笑顔、全身黒の中から腕や顔の白さだけが病人のようだ。遼と小日向の見つめ合いが数秒続いた。それから遼は深くため息をついて目を細めて口角を少しだけ上げた。まだ彼にとってこの黒ずくめはグレーな判定が出ていたのだ。
「へぇ~、なんかあんた見てると鳥肌立ってくる」
「初対面ではないからかな」
「いや、俺は初対面だぜ?」
「そうだな。それでは、お茶会でもいかがかな?」
最初の夜は始まったばかりだ。




