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チョイス・トゥ・メアリー・スー


 神と悪魔は平行線を保つように議論する。さっぱりと蚊帳の外の少年である。

 今一度人類を完膚なきまでに抹殺しようと謎の術を使った神レアに向けて悪魔エテメンアンキは視線を刺す。その視線をうざったく思ってか、睨みつけるようにレアはエメラルドの瞳を大きく開いて、応戦していた。一触即発とまではいかない、冷戦の雰囲気が吹雪く。

 暫くしてエテメンアンキはそのテレビ頭を長い爪で軽くひっかきながら、諦観するように冷たく言った。


「路線変更は不可能ダ。オマエはプレイヤーでも、盤上を自由に動く駒でもないということをそろそろ自覚してくレ」


 チェスを間際までやっていたはずではあるが、それは遊びだからだとでも言いたげだった。

 それにあの(レア)はどんな遊びも、遊びじゃないことも、酷く独善的に独断で行う。チェスの時の勝手な勝利条件の改竄を鑑みれば、悪魔でさえも勝手なことをするんじゃないかと冷や冷やしながら肩を竦めたくなるものだ。

 案の定、悪魔を慮ることなく傲慢にレアは説いた。


「自覚など、我は神である、鮮やかである、その二つであればいい」


 何千回も同じことを言ったみたいにレアは気だるげであった。事実そうなのかもしれない。


「それ以外は人間が星に夢見て吐いたあまりにも醜い妄言でしかない。そして、もう一つ。お前が交渉する相手は我ではなくその人間だ。我らが争おうとも、その人間が選択をせねば変わらん」


 翡翠のローブから覗く星空のような腕を持ち上げて、レアは少年を指さした。

 その一挙に少年の血流がどくりと跳ねる。これまで通りの嫌な予感が水圧を増して少年を刺激した。


「オマエ――えーっト、子供? なんて名前ダ?」


 取り憑いておいて悪魔は宿主の名を問いただす。

 しかし、少年は記憶というモノをほとんど持ち合わせない。名前でさえも。

 少年はテレビ頭の悪魔の問いかけに素直に答えるべきか迷ったが、それ以外に選択肢もなかった。


「名前は……思い出せない」


「名前も記憶もないとは、どれだけの業と罪を重ねればそうなるのだか」


 ある意味で名前を奪うのは死罪と同等の罰だ。

 名前があるからこそ物質も現象もそこに存在できる。それこそ居もしないはずの幻想に適当な名前を付けることで妖怪・魔物も存在してしまうのが良い例だろう。逆を言えば名前がなければどんな英雄でさえも存在を観測できなくなるのだ。


 名無しの少年は存在が確立されてない。


 レアにとって少年もまた人間という醜悪な種の一つ。しかし、エテメンアンキの言う路線をどっしりと歩むなら、この少年が明確にならないのは脱線を引き起こす可能性がある。それは自身の主目的達成を妨げる欠点となるし、何より扱う道具に名がないというのは扱いにくい。

 嘲笑と嫌悪感を混ぜ込みながら、海上の南風のようにレアは名を紡いだ。


「いいだろう、名くらい我がくれてやる。お前は今からロイと名乗れ」


 レアと少年の間を適当の二文字が通ったようだった。

 何を頭に浮かべて『ロイ』という少年にに使わない日本人離れした名前を思いついたのか、或いは人種というモノに興味のない(レア)だからこその適当なのか。

 その公平なまでに適当な名付けを気に入ることはなく、少年は若い眉をハの字にして文句を付けようとした。


「思い出せないだけで、元の名前はちゃんとあるとおもうのだけど――


「あろうが、なかろうが今からお前はロイだ。それにもうお前の意志などいらぬ」


 深緑の如き神は霜でも吐くように唾棄した。

 言葉を切り落とされた少年は半開きになった口をゆっくりと閉じて、神妙に神を見つめるしかなかった。

 口を閉ざした少年の代わりにレアは上から踏みつぶすような重圧をかける。


「二択を『選ばない』という選択を我は提示していなかった。ゆえに未だに神託は続いている。最低限を下回りながらな」


 レアは右手を空にかかげる。

 先ほど尋常じゃなく明滅していた星に語り掛けるように。


 エテメンアンキもその様子をまじまじと見つめる。また謎の力で浮かび上がったエテメンアンキは今度はちゃんとレアの隣に並び立った。


「エテメンアンキ、ロイを壊し直す。選択できるまでに精神の再生と破壊を繰り返せば、学習するだろう」


 簡単に言いつつ、レアは空から蛍のように舞い込んでくる謎の光を星の刺青の腕に充填していた。

 刺青がネオンサインのように緑色に光っていく。

 そう染まっていく腕を見る顔は甘く、傲慢であった。


「んーア? それって殺しまくるってことカ? 一回二回じゃ精神は変質しないから大変だゾ?」


「精神世界故に肉体に脅迫はできなくとも、本質は崩せる。神託の時間は終わった。これからは拷問の時間だ。もう意味など求めなくていい」


 光が充填された右手を空から少年に向かって振り下ろす。

 緑色の大地の遠方からざわめきが少年の耳に微かな警告を与えた。

 これはまずい、と。身構えてレアを睨む少年だが、それは何の意味もなさなかっただろう。


「風よ、輝け」


 遠方。北の上空から吹き下ろす風がレアの唱えに反応して天の川のように輝く。

 鉄砲水のような勢いで、発光し目を焼き、美しさで魅了する。


 なんて綺麗なんだろう。警戒心を持っていた少年でさえその美しさに思わず目を見開いた。

 どうしてか手を伸ばしたくなり腕を動かしたその瞬間。


「アガ、ァァ……!?」


 右半身が吹っ飛んだ。

 正中線から少し右ズレたことによってギリギリ右肺全部を持ってかれずに済んだ。その位の重傷を少年は負った。右腕も右足も風を吹きつけられて、蒸発するかのように消えてしまった。


 ベチャリといつぞやの二人と戦ったときよりも派手にすっころび、血の池をその右半身を湧き水源として作り上げていく。緑の大地によく映える暗赤色。


 レアは無様に千切れた少年を見降ろして、情無く呟いた。


「死に損なったか――波よ、崩れろ」


 少年を円状に囲うようにして虹色の光が包み込んだ。

 七色の輝きは一層に輝きを強め最後には白色へと還った。

 少年は何を自分が考えているかもわからず、本能のままにその虹光の輪から抜け出そうと残った左手と左足を使って、這っていた。


 しかし、光は収束を始め少年がその輪に触れた瞬間に、その全身を焼失させてしまった。

 突き刺すような光が消え、そこには血の一滴すら残っていなかった。


「ひでーナ! 消滅しちまっタ!」


 エテメンアンキはバラエティショーでも見るように爆笑しながら、喝采の拍手を少年のいた空白に手向ける。


「でモ、ここはロイの世界ダ。何度もどっかから生えてくル。イヒ、イヒヒヒヒ! 無意味な行為ダ。ロイが一番嫌いな無意味という奴ダ!」


「下らんことをいうな。悪魔如きはやはりだめだ。デメテルとかいうのはまだしも、お前は醜い。醜悪至極だ」


 少年の精神世界住まう悪魔そのものと悪魔のような神は残酷な笑みを浮かべながら、少年が生き返るのを待つ。

 ここは少年の精神の中にできたブラックボックス。

 少年の精神を惑わし、破壊する悪魔と神の座す場所だ。










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