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ツァール・ノット・メアリー・スー


 そこは星の瞬く空の下。

 地面は淡く緑に発光している。

 

 少年はいつの間にか見知らぬ異星のようなところにいた。


「娯楽の女、浪費の怪物め。どいつもこいつも醜悪である」


 風が吹き、声が響く。

 星々の明滅が風によってより激しくなる。まるで天幕が揺れているようだ。


 誰だろう?

 少年は声のする方を見上げる。夜空の真ん中に浮かぶのは()()()()()鮮やかな巨大な星。

 

 その星の名はアルクトゥールス。別名はアルクトゥルスや五月雨星とも。

 3番目に明るい恒星とされている。ただ普通は月のように巨大には映らず、白色に輝いているはずの星だった。

 

 緑の硝子玉のような星を背後に二人の人影が丸テーブルに座って向かい合っていた。そのテーブルの上に一つのチェス盤。

 星空の下、天に浮かんでゆっくりと盤上遊戯に耽るその人物たちを見ていると次第に少年も自分の役目や現在のことを曖昧にするように忘却してしまった。


「鮮やかな星がこうも美しく輝いているというの二、そう顔を顰めるなヨ」


 その声は女のようにも男のようにも聞こえるが、常に嘲笑っているように聞こえるのが特徴だった。

 あぁ、不思議な声だ。人じゃない。

 少年がそう思うように、星明りに照らされたその人物の姿は実に奇怪であった。


 手には黒革の手袋。しかし、爪は真鍮色でナイフのように突き出ている。

 ネイビーブルーの紳士服。しかし、胸元にはオカルティックな逆五芒星の徽章。

 それだけならまだ()()程度で済ませた格好かもしれなかったが――恐らくソレは人間じゃない。


 見つめるばかりの少年はじっとりとした汗が背中に伝うのを感じた。

 ソレの頭部は人間の頭ではなく、ブラウン管テレビだったのだ。


「うあっ……!」


 その奇怪な、或いは機械な姿に思わず悲鳴に近い驚きをする。

 しかし天上の二人は少年のことなど気にせず、ブラウン管頭(TVヘッド)はその長い爪を器用に使ってチェス盤上の駒を進めていくばかりだ。


「お前と協力関係を結ぶというのも随分と醜悪な造形だ。加えてあの浪費魔が我の対峙する敵。分かるだろう? 気分が良いものではない」


 対極のもう一つの声は人の声に近い。はっきりとした彼の声は宇宙全体に響き渡り、星々に語り掛けるような神秘的な低音だった。

 翡翠の宝石をそのままローブにしたかのように美しい衣に全身を包んでいる。座っているが身長は180くらいはありそうだ。

 


 ローブの袖が持ち上がったかと思うと、中から無数の星のタトゥーが彫られた腕が伸びて黒のクイーンを動かす。


「シュウアク? イヒヒヒッ! ニンゲン的に造られたオレはオマエにとってはシュウアク! オレ色々時代に合わせてみたんだゼ? 見テ見テ! この頭、一番新しイ! オレのお気に入リ! 大好キ!」


 TVヘッドは砂嵐(ノイズ)掛かったぎこちないドットの笑顔をその画面に浮かび上がらせた。ただの赤い点に近しい目のサイズさえも歪に違っていて笑顔というより出来損ないの絵のように見えるが。


「不細工だな」


 星腕の男はピシャリと言い放つ。


「我とお前の美を感じる機構は違う。見せられようとも綺麗とは到底思うまい」


 翡翠衣の彼は心底どうでも良さそうに、そう言って、星を仰いだ。

 TVヘッドはその言葉に表示(カオ)の口をよりキツく笑わせる。

 明らかに声を出して笑っている風ではあるが、その表示(カオ)の端にちゃっかりミュートと出ているので、無音である。


「さてこれにて――我の勝ちだ」


 チェス盤に目を向け直した翡翠衣の彼が高らかに響く音を立てて、駒を動かした。

 無音で笑い続けていたTVヘッドの表示(カオ)が砂嵐を挟んで、訝しんだ風のモノに変わる。

 ピエロのように大げさに身を乗り出して盤上を見るが、黒のキングは一切誰にもチェックを取られていない。どころか盤上両者はどちらもポーン以外の駒を取られていないのである。


 ――ア?


 そのことに気づいて、TVヘッドは表示(カオ)を決めきれないように砂嵐にしたまま、背もたれにその長身を全て預けた。


「なるほド、ポーンを盤面から全て消すことがオマエの勝利条件だったわけカ。チェスとして遊んでくれないのは僕としては残念極まりないネ」


 ルールは教えたゼ? と砂嵐に塗れながらボヤくTVヘッドを無視して、星腕の男がようやく大地に立つ少年を座ったまま見据えた。

 空が落ちてくるような重圧(プレッシャー)が少年の背骨を打った。


 あぁ、視線を向けるアレはそこの怪人よりも常軌を逸した――そう、神に近しい者なのだ、と理解させられる。


「――さて、人間」


「今からお前に神託を下す」


 その言葉を乗せた後の一粒一粒が降り注ぐ流星群のように克明である。人は抗えない彼の翡翠の君に。

 少年もまた同じく、廃都を彷徨う子猫のようにゆらりと揺れて、地にへたり込んだ。

 少年の目に映るのはハイエナの眼光のように輝く星々とそれを束ねた神威、翡翠衣の彼だけだった。


「…………僕?」


 茫然自失の少年。

 足は動かない。まるでアスファルトの沼に突っ込んだまま固まってしまったかのようだ。


「イヒヒヒ、()()()()()()お前()()()()()()()()。お前だけダ」


 またも一方的な言葉を投げられる。罵倒であるように聞こえるために一層少年はその言葉の意味を咀嚼しようとする。


 しかし思考中の少年は二つの眼光に縛られ、蛇にでも締め上げられたかのようになってしまった。意味探しのループと横槍を入れてくる未知の恐怖が心臓を早回しにして、視界をフィルムでも掛けたように赤く染め上げていく。


 根源は二つ。少年は見つめなければならない。ディスプレイから放出される赤と神秘的で星のような翡翠。


「神託……()()()()


 神からの啓示。

 絶対なる運命の道。


 それを伝えるものとは、天に座す彼とは、まさか神なのか? 少年の伸ばした探究の手は確証のない実感を掴まざるおえなくなっていた。


「嗚呼。我こそはお前たちを滅ぼさんとした神――鮮やかなる者、レアである」


「天を見よ。星を仰げ。神はお前に授けよう。お前に与える道は二つ。()()()()()()()()()


 神と己を呼ぶ彼は浮遊するウッデンチェアに足を組んで、月光を浴びて輝くエメラルドかの如き双眸で少年の魂を見抜く。


 その見ると言う行為すら神託という一連の行為の一つであるかのように荘厳極めて。


 生きたいと、生存本能だけが叫ぶから少年は闇雲に手を伸ばし、痛みに耐えてきた。砂塵渦巻く荒野をただひたすらに渇きと飢えで一心不乱に歩くようだった。

 ようやく見えた砂上の道。けれど、それは自分を困惑させる死臭放っている。何処に至るかも見えないが、用意された道。


 少年は今一度燦々と照らされた荒野で立ち尽くすように、呆然とした。


「死ぬ……? 殺す……?」


 繰り返しても道は変わらなかった。

 ただ残酷に眩暈のするような死臭と闇を放っている。


 この神託を前に少年は不相応な器だろう。

 余りに酷で絶望的な神託という毒酒を注ぐには小さすぎて歪な聖杯である。


 だが、純真で無垢な器ではいられない。

 いよいよ残酷で不条理な事柄が少年を砕き始める。肉体に刻み込まれた傷のように、心もゆっくりと捻り殺されていく。


 少年は思考を加速させた。

 神の意思など度外視して、自分の魂に刻まれた『意味の探究』という妄執に検索を掛ける。


 意味ある行為。

 その定義すら曖昧だが、今はどうしてかそれが行動指針になっている。子供の姿をしているのに、意味を求めて壊れる様は何処か機械に似ていた。


 彼の告げごとの意を汲み取ることはできなかった。

 出来るはずがない。


 少年は拒否を選ぶ。

 選ぶしかなかった。


「――嫌だ。僕は誰も殺したくないし、死にたくもない」


 少年は真っ当に、自分の持てる最大の正当性を示した。記憶がなくともその体に刻み込まれた道徳や知識、深層に沈む経験が機構として少年に意識させた。


 いわば人間に刻まれた死を忌避する刻印。

 死を意識すればその刻印の溝に触れる。

 少年には素質がある。死を忌避して、人を助けたいと思う志が。


 だが、それは今、神の期待を裏切るだけの不要な機構だった。翡翠の彼はほとほと愛想が尽きたように、雲を吹き飛ばすようなため息を吐き、少年を睨んだ。


「誰が貴様の意見を述べよと言った?」


 重みのある声で少年を脅す。


「くだらぬ答えだ。慈悲を持って期様に選択権を与えてやったと言うのに、それを放棄し手を伸ばす強欲さ。その醜悪さは永遠に星を曇らせ続けるだろう」


「返答は最低限を下回った。エテメンアンキ、最早我は飽きた。汚濁の洗浄を開始しよう」


「オイオイ……!」


 翡翠の彼はTVヘッド――彼が呼ぶにエテメンアンキを機械的に事を告げ、椅子の上から空へと飛び立った。

 翡翠の外套がヒョウモンダコのように毒々しくも鮮やかに明滅する。それは何か最終通告のようにすら感じる。


「待てヨ! 前提を破るのカ!? そしたら契約は破棄されて、お前は幽閉状態に逆戻りだゼ!? オマエの欲しがっていたアレもナ!」


 エテメンアンキもヤバさを感じ取ったのか、立ち上がり空を飛んだ。

 アルクトゥールスを背後に取った彼のところへエテメンアンキは辿り着けない。


「それでも良い。我がいなければ貴様らの未来こそ崩壊を迎えるだろう。それならば、いい見ものだ」


 次のように手の届かない彼は望郷の想いに耽るようにため息をつき、天を回した。


「届かねエ! 何を弄ったんだヨ!」


 エテメンアンキのディスプレイに五芒星の印が浮かぶと、レアの近くに5つ程度の小さなブラウン管が出現した。それはエテメンアンキの頭に乗っけたTVと同じ型でどれも焦り顔のドット絵が浮かんでいる。


 ただその術を無視して空間は割れた鏡のように歪んでいった。

 ただ一つ美しく、鮮やかに、煌々と真の彩を持つのは星と重なり合うレアだけとなった。


「我のスケールダウンとプロトコルは関係ない。起動すれば依然と同じように機能するだろうて」


「おいおイ、今のオマエじゃシステムとしての機能は使えねーはズ」


 進もうとすればするほどその身に負荷が掛かるのか、エテメンアンキの声に自然とバチバチという砂嵐の音が挟まる。

 仲間割れか、そもそも仲間であった感じはしなかったが、少年の選択は確実に招くべきではなかった事態を招いてしまった。


「星間保全ストラクチャー:レア、仮称:アルクトゥールスへの命令コードを発令。途中段階全省略、最終略式起動」


 レアの詠唱に合わせて星々が共鳴していき、全て緑色に輝いた。力を帯びて、オペラ歌手の声に震えるワイングラスのように割れそうなほど点滅していく。


「そっちかヨ! ずりーゾ、鮮やかなものども(ブリリアントワンズ)!」


 世界の終末が真夜中に起こるとしたら、こう言う光景だろう。世界の終末なのに涙が流れそうなほど美しく感じる。

 肌でわかる。星々が嬌声を発して狂うように、一下等な人間でしかない少年は終わりの時を悟り、自然と涙が出た。


 星の降る夜。

 最早誰にも止められは――


「……あぁ? 足りないだと?」


 彼の全身から緑色の光が抜けていく。

 と、ともに星々の瞬きも心体を貫く豪雷のような威圧感も消える。

 どうやら手違いがあったらしく、エテメンアンキもその表示を汗のマークが付いた安堵のカオにした。


「フィ~、危ねェ! オレがいる限りそんな簡単に外に接続できると思うなヨ?」


 レアの周りに出現していた小型ブラウン管に次々と圏外を示すマークが投影され、それを見たレアは拳でテレビごと叩き潰した。


「――ッチ、クソ悪魔が」



星腕のレアとブラウン管テレビの悪魔エテメンアンキ


 脳内のイメージとしてはレアが全体的に緑色になったソロモン(メギド72)ローブをかぶせた感じ。褐色男性萌えですな。


 エテメンアンキは紳士服着たシザーハンズとvox (ハズビンホテル)を足して二で割った感じ。ブラウン管テレビを頭に付けてるけど、時代によっては別のモノを付けてたっていう。

流行りに乗ろうとして一時代取り違え続けてるの可愛いんですよ。



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