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ヒットラン・メアリー・スー


 『開花アネモネ』


 張り詰めた空気の店内、岬の血が滴り、黒い花と赤い花が交互に咲き乱れる。

 その花の名――もといモチーフはアネモネという花。


 綺麗、とは到底言い難い凄惨な花々。血で彩られた造花は痛々しく、それを裂かせ、咲かせる元凶もまた血の滴る生傷が幾つも開裂している。


「……花咲かせただけじゃない。随分と可愛げのない花、雑草みたい」


 女は自身の足に絡まった花を、その足で踏みつけ、引き離す。

 踏みつけられたアネモネは萎れて塵となってしまった。


 女は質量を持つ血痕をその手斧でいとも容易く振り斬った。


「わざわざあんなに叫んで、ただの時間稼ぎだなんて本当に――!?」


 苛立ちながら嘯いた女の言葉は最後まで綴られなかった。


「え……ッ、ブハァッ!?」


 ぶっ飛ぶ。

 高く。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()まるで、何かに追突されたように高く。


 何が起こったのか分かりもしないまま、吹っ飛んだ女はテーブルの上に跳ね飛ばされ、ガラガラと音を立てて地面に滑り落ちる。


「ア、アぁ……!?」


 転がった女は途切れ途切れに呻いた。


「い、今なんであの女は吹っ飛んだ? 岬は何もしてないのにッ!?」


 少年が言う通り岬は一切動いていなかった。

 瞬きも呼吸も忘れたように女が跳ね飛ばされる一部始終を岬は見入っていたのだ。

 それ以上でも、それ以下でもなかったが、微動だにしなかった岬が得体のしれない何かをしたのはその顔を見れば明白だった。


「あれは、まさか……? だとしたら趣味が悪すぎるぜ。あぁ、あんだけ岬が傷ついているのも納得できるほど!」


 この世界の(ルール)を操るクイーンに向けるように、遼は自身の怒りを露にした。


「――残酷じゃねーか!」


 遼は拳を血が出るほどに握り込む。

 あの三人にしか踏み入ることができないはずだった闇の聖域をこんな形で露出させられることに遼は憤怒を抱かずにいられず、今にもこの店を壊してしまいそうなほどの殺気を漏らしていた。


「カハッ……いっ、今のは、()()()()? 一体どういうこと!?」


 女は頭から血を流し、余りに突然の出来事に驚き怖がるように叫ぶ。


 ――()()()()


 少年は女の言う意味が分からない。その言いぶりはまるでトラックに追突された幻覚でも見たようだった。しかし、このファミレスに大型車両が入っているわけもないし、その余地すらない。


「花を、踏みにじってはいけないよ。花は咲いているんじゃない、そこに献げられているんだ」


 気づけば岬がゆっくりと血の花の咲き誇る道を歩んで、女の方ににじり寄っていた。

 まるで罠に掛かった蝶を食べる蜘蛛のように、けれどそこに愉楽はなく、その顔は苦悶と失笑を混ぜたような陰惨なものであった。


「『理不尽』っていうのは一度経験しないと誰も本気で注意しないんだ。だから、僕は見せた、僕たちのあの日の瞬間をね。これでもうあなたは失うことはない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 女は立ち上がりながら、手の甲で頭に着いた血を拭って真っすぐと岬を見る。

 

 ――何をされた? いきなり視界にトラックが現れて、それが私に突っ込んできたのは見えた。当たった感触はあったし、吹っ飛びもした。車道でもないのに交通事故とか笑えないってのに。


 一番に不味いのはあの血だらけの少年が言った『身体が自動的に注意し続けてくれる』という意味。あぁ、それがこのスキルの本質なのよ。これから私は無意識に何かを注意し続けることになったと考慮しなくちゃならないわね。


「不注意……確かにそうかもしれない。子供相手に少し煽りすぎた、そう言う自覚はあるわ。でも、代償を計算にいれれば私はそれを見越して行動ができる。ゆえに坊やの言う『理不尽』を怯えることはないわ」


 艶やかに、殺意を込めて笑う女。

 岬はもう目と鼻の先。


「嫌い。嫌いだ……分からないやつにはどうやったって永遠に分からないんだ。だからッ、お前みたいにッ、簡単にいう奴らが大っ嫌いだッ! 惨たらしくぐちゃぐちゃに潰れて死ねッ!」


「本性がどんどん出てきたじゃない、なら私は坊やをバラバラに切り裂くまでよ」


 斧で斬りかかる女に対して、岬は腕を振るって飛ぶ血からアネモネの花を咲かせる。

 花吹雪が舞い散り、腕から伸びる血痕の枝が斧を持つ腕に絡みつくが、斧を逆手に渡してその枝を切り落とす。


「ふへへへへッ! 咲け!(Bloom!) 咲け!(Bloom!) 虚実を結べ!(Bearfruit!)


 狂笑を浮かべながら歌い、素早く岬は後ろに引き下がる。

 その時にはもうそれが、朧から形を成し始めていた。

 

「またッ!?」


 女の眼前に大型トラックの幻像が現れる。

 急なことに旋回も、バックもできず迫ってくるトラックに無残に跳ね飛ばされるしかない。かと思われた。


 数秒の間に決断し、逃げもせず足元を固めた女は利き手に斧を返す。

 握りしめた斧を振り上げて、トラックに叩きつけようと豪速で振るった。



 スパァンッ!



 ――だめだ、やっぱり斬れてない。


 女の斧はトラックを断ち切る手ごたえを持たずに、振り抜かれ、トラックはそのまま女を弾き飛ばした。


「……あの女はどうあれ殺さなくちゃならねぇ。けど、それは岬の手じゃなくて俺がやる。これ以上アイツに自責の念を負わせるのはごめんなんでな」


 遼は女を見据えて、ゴキリゴキリと肩を回し拳を握り込む。

 殺す覚悟を決めると、表情が暗く染まる。それを見て少年は怪訝な顔で尋ねる。


「殺さなくちゃならないのはそうなのかもしれないけど、怖くないの?」


「俺が殺すの怖くねぇって思わないでくれよ。めっちゃがくぶるよ、中身はただの高校生なんだかんなぁ。強いて言えばスプラッタにちょっと適正あるくらいだぜ」


 殺すなんて、無縁のただの高校生だ。

 それを聞くと少年はジト目で恨めしそうに言った。


「でも、割と僕殺すときはノリノリだったよね?」


「え、それは、記憶にないんだけど。まぁ、その俺とは別の俺だから堪忍ね。ともかく問題はどうやってあれ殺すか、だぜ」


 岬の血華と女の斧が入り乱れている。枝や花に気を使いつつも、女の方が斧の突破力をうまく利用して圧している。岬は枝を使って器用に逃げたり、投げつけたりして不意打ちを狙っている。


 割って入る隙もない。下手をしたら、また死んでしまうかもしれない。

 自分の脚がすくんでしまっているのを遼は感じ取っていた。


「じゃあ、僕が手伝うよ」


 少年は勇気を出してそう言い、遼の眼を見た。


「無理だろ。その腕じゃ」


 ジッパーの開いた財布のようにザックリと深い傷がついた腕を見られていた。

 普通の人間ならその傷に気づかない方が可笑しいといった具合だが、当の本人である少年の方が忘れかけていたのだ。

 それは興奮しているせいか、血が出過ぎて体が瀕死状態になっているのか、どちらにせよ危険な状態には変わりない。

 変わりないのだが――少年は傷を見ても、依然として勇気の籠った目で遼に訴えた。


「……それでも、今は引き時じゃないんでしょ?」


 少年の余りに実直な言い方に遼は顔を逸らしてしまう。

 遼の中にはいつもの数倍の考えと感情が渦巻いていた。悩み事が少なかった人間としてはその混ざり合ってできた葛藤に踏ん切りをつけるのが難しいほどに。


「そう思うなら一つ手立てはあるよ、クソガキ」


 遼の思考を一気に白紙にする声が響いた。

 遼も少年も思わず声のした方に顔を向けると、そこには竜太がいた。


「うわっ、竜太どっから湧いて出た!?」


「人を虫みたいに言うな。それより、斧で腕真っ二つになりかけのお前には大分キツイかもだけど、お前を活用する唯一の方法、やる?」


 竜太の口ぶりはまるで少年に試練を与えるかのように神妙ではっきりと線が引かれている様だった。その線の中に入って初めて少年が戦うことを許され、代わりに逃げることが禁じられるような不退転の責任感。


 少年を射抜く竜太の視線はまるで少年が何を言うのか知っている様だった。


「もちろん、やるに決まってる」


 少年の言葉を聞くと竜太の眼が見開かれる。更には口角が上がり、竜太の笑みが浮き彫りになる。その笑い方。長年付き合っている遼の方が気づいただろう。そして気づいたからこそ、ヤバいと確信した。

 遼の知る生前の竜太に照らし合わせて見れば、その焦げ付いたような笑い方はヤケクソで何しでかすか分からない状態。

 同時に何となくだが少年にも取り返しのつかない選択をしてしまったのでは、と灼熱の不安を焚きつけていた。


「んじゃ、もっかい受けてきて。斧。さっきも受けれたんでしょ?」


 さらりと、何の気なしに竜太はそう告げた。

 あまりにも軽快な笑みで。


「……は?」


「お前が斧の一撃貰ってる間に僕と遼であの女を殺す。岬のスキルを受ける覚悟で動いて。僕らもそうするから」


 相談の余地もない決定事項のように淡々と単純明快な作戦を竜太は語る。

 自爆特攻と言って差し支えない作戦に少年は否定的な意見を述べようとしたが、どうしても喉から先に言葉が出てくれなかった。竜太の見えない手にでも口をふさがれたかのような重圧あった。


「それさっきとほぼ変わらねーんじゃ……殺せなかったらどーすんのよ、竜太」


 台詞ののちに静寂。傍で起こる錯乱した戦闘の音だけが、黙する静寂にBGMとして響く。

 黙る。それを突き破るように竜太は少し冗談めかしたように言葉を喫する。けれどもその瞳孔は影に入る虎のように爛々と輝き、開いていた。


「殺せなかったら? って何時になく引け腰なこと言うなぁ」


「そりゃあ、岬の命がかかってますからねー。常日頃からフルドライブな俺でも真面目にリスクヘッジせざる終えないってわけ」


 『友人第一』という指針は元から遼にもあったことだろうが、今となっては彼は友人()の使い魔としての性質の方が大きい。

 だから守る。だから戦う。最優先は主たる岬。彼がいなくては『菊山遼』という存在の意義が消えてしまう。

 悲しいかな遼はそういうシステムを孕んだレプリティアンなのだ。


 だが、竜太はそんなことお構いなしに続ける。彼もまた岬から発露したものであるがゆえに。


「んじゃ教えてあげるよ。殺せなかったら」


 笑わない。


 それが本当に『朝顔竜太』という存在かを疑わせるほど無機質だ。


「――僕が岬もお前もコイツも殺す」


 パキリ。


 ダイアモンドのように硬い何かに亀裂が入ったような開裂の音が少年の耳に入った。


 少年は怒気を浴びせられながらも、表情一つすら変えることができずに固まる。見上げなくとも分かる。太陽のようの放射熱のようにすさまじい殺気と憤怒。それは先ほどから遼が心の中に抱え込んでいたものが爆発した瘴気なのだ。


 少年は密やかに、緊張しながら思う。

 ――あぁ、彼はきっと岬が死ぬのと同じくらいキレている。


「……あ? 舐めたこと言ってんじゃねぇぞ、クソパーカー。あの女殺したらゼッテーテメェ殺してやる」


 胸倉をつかもうとした遼の手を竜太は片手で握って止める。

 はたき落とさず両者ジッと手を握り合っているが、そこからはまるで圧力機のように不気味な音が聞こえてきそうだ。

 

 二つの雪崩が谷底でぶつかり合うように、竜と虎が睨み合うように、殺意と殺意が激しく拮抗している。

 友人だという二人だとは思えないほど爆発的な敵対感情。少年は生唾を飲んで見守るしかなかった。


「お前にはお前の役割があるように、僕にとっては思い出を奪わせないのが役割だ」


「役割……お前はただの菊山竜太だろ。役割なんて何もねぇ、だから今の発言はテメェの最低な一面が見えただけだよ」


「嘘つきめ。けど、それがお前の忠誠なら僕は咎められないな」


「黙れッ……一発は絶対に殴る」


「いいよ。独占が揺るがなければ。もうエンジンはかかった?」


「おう」


 まるでシステムの動作確認みたいに点呼を取ると、竜太はまるで別人のように生気が満ちた顔をして遼の手を離した。


「それじゃあ、作戦準備完了」


「オーライ」


 遼の言葉は透明で、そこに冗談はない。

 不服そう――いや、彼は集中してゾーンに入っているのだ。

 

 ばらつきのあった感情が一つの的に絞られ、リズムも安定している。

 楽器を調律するというより壊れたテレビを叩いて治すくらいには荒療治だったが、彼らとしてはパワーを引き出すためそれがベストだったらしい。


 少年は余りに理解しがたい、意味の分からない団結法に彼方の砂漠に置いていかれたような錯覚を起こした。


「どういう? 意味を、意味を教えて」


「意味? 闇の友情パワーだよ」


 もう重要な部分はセットしてしまった。竜太は先ほどのシステムモードとは違うどうでもいいといった塩梅で少年をあしらった。囮役に何かを考えさせるのがめんどくさい。そう言ったところだろう。


 意味を知る。少年の目標は何時だってそこにある。

 空っぽな少年の壊れた回路はそこを徘徊するのだ。


 何故? 今の行為を理解できない。どうして遼を怒らせた? そして、何故それで奮い立つ?



 ――殺すか、死ぬか。選ばせてやろう。



 意味。無意味。理解。処理。意味。無意味。理解。処理…………

 


 ――お前が死ぬのか、人類が死ぬのか。選べ、選べ。



 少年は思考の狭間に流れていった。



『開花アネモネ』について。


 プラシーボ効果みたいなものが一定条件で相手にトラックの幻覚を見せて当たったと誤認させる呪いのようなものです。


 岬トランスモードは割と強かった。

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