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ボーイズ・オブ・メアリー・スー


 ことごとくをその一撃のもとにしなやかに破壊する女。

 ファミレスは斧による斬撃痕ばかり付けられ、メニュー表やら調味料やらが散乱する。


「言ったわよね? 形勢逆転などではないと」


 斧を振るう。

 物凄い速度で放たれる刃は銀色の残光を斬撃に合わせて描く。


「クッソ! なんでこうも若い連中ばかりで、パワー系のやつがすくねぇんだよ!」


「じゃあ、岬かその子にチェンソーでも使わせてみる!?」


「却下、却下! 戦闘センスのないヤツが高火力武器を持ったら、バーサーカーになるだけだ!」


 女の攻撃を紙一重で受けながら、息を合わせて攻撃を繰り出しているのは遼と竜太だった。

 近場にあったモップを手に取った遼がそれで殴りかかりつつ、竜太が手当たり次第に掴んだものを投げつけている。

 それでもなお女の進軍は止まらず、斧でことごとくを振り払うのだった。


「岬! ソイツ連れて逃げろ! どうせ俺らは後で再生成できるんだろ!」


 自分を犠牲にした苦肉の策。

 それを瞬時に提案できるの可能性がゼロではないのと、自分の客観的価値を知っているからだ。

 何度も作り出せる無限の人間。死ねども死ねどもまた生成される。そんなクローンとか、ホムンクルスとかに近いんだったら、俺たちは使い捨ての駒として扱うのが大前提なんだ。

 苦くもそう思った遼。しかし、瞬時に女はそれを否定するように切り替えした。


「逃げたらまずこの二人を殺す。この耐久戦は必ず先にそっちの坊や達が瓦解するわ。そうしたら、頭からとはいかず四肢を切り落としてゆっくりと殺す。再生成できるなら友人を見殺しにできるというならどうぞ逃げてくださいな。それが一番効率的だわ。けど果たして、そんなことをそんな小説(スキル)を持つあなたにできるのか?」


 攻撃をしながら、器用に女は口だけで尋ねる。


「できないわよねぇ?」


 煽る一言。斧と金属棒がかちあい、重い鈴の音のように響く。

 少年が岬の方を見ると、顔を青くして、瞳をぐるぐると震わせていた。


「耳を貸すなっ! このままじゃどっちみちじり貧で壊滅だ! お前たちだけでもッ、本当に生きている奴だけでもッ、生き残れ!」


 そう言った遼は重い斧の一撃をモップの柄で受け止めた後に、女のしなやかな一蹴りで腹を穿たれ、ドリンクバーを大きく揺らして吹っ飛んだ。


 吹っ飛び、棚の上のコップの山をガラガラと音を立てて崩す。その様子が岬の頭の中でとある過去の光景と不意に暗く結びつく。


 ……あぁ、そうだ、あの時のことは全部、僕のせいで――僕が逃げ遅れたから、僕が二人を殺したんだ……!


「あぁ……ダメ、ダメ、ダメだよ……うぐっ、ァァああああッッ!!」


 岬は、可哀そうな彼は眼鏡をかなぐり捨てて、一心不乱に頭を掻きむしった。


 それを皮切りに心優しくも悲しき少年・岬の傷心は開裂した。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 あの時のことを何度夢に見たか、何度も何度もやり直せないループを繰り返したことか。どうやっても、僕は無意味にそこに立っているしかできないあの悪夢。僕の懺悔では足りない罪、僕が償いきれない罪。あれはその超過を払い続けるための正当な罰なのだ。


 悪夢の内容はいつも決まってあの日のこと。


「疲れたぁ~!」


「ちょっと馬鹿ノッポ、僕の頭にカバン当たるんですけど」


「あ~? メンゴメンゴ、ちっちゃくて気づかなかったわ」


「大して変わんないだろ。これだから粗暴な男は」


「ふへへ、二人とも今日も仲いいね」


「俺と――?」


「こいつが――?」


「「仲良くない!!」」


「ほら、息ぴったり」


 笑う二人。いつも通りの下校の道。信号待ちのあの交差点。穏やかな一日の終わりに、引き裂くように鳴り響くけたたましいクラクション。夕焼けを遮るように歩道に突っ込んでくる赤い乗用車。赤く警告する信号機があったはずだった、だからこそ意味不明だった。何故無視して突っ込んでくるのか?


 本当に、ただの鉄の機体が殺意を持って迫っているように見えたんだ。だから、僕は足が竦んでしまって――その場から動けなかった。


 ぶつかる。死ぬ。ひき殺される。無意識に助けを求めて遼と竜太の方を見ると、伸ばされた両手が僕めがけて、すでに拒絶するように伸びていた。



 に、げ、ろ、ッ、!



 今までやられたことが無いくらいに強い衝撃が、胸に走ったかと思えば、僕は歩道脇の茂みに背後から倒れ、次に視界に写ったのは――


 ――プレス機に掛けられたかのように、自動車とビルの外壁に挟まれて飛び散った夥しい血痕。


 爆発音のような音が遅れて僕の脳を駆け巡った。

 いや、生々しい水音を含んでいるせいでそれが衝突音だと認識できていなかった。


 自動車と、壁の間から、僕を突き飛ばした時の腕がひしゃげた形で伸びている。手招きしたようにがくりと力を喪失した一本の腕。


 嘘だ、嘘みたいなことだ。あり得るはずがない、だって、どうして、僕たちが引き裂かれなければならない?


 悲鳴。轟音。焼けこげるような匂いと手にこびりついた生ぬるい血。胸にまだ残るあの強い手の感覚。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……嫌だ」


「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!」


 僕は拒絶した。現実を拒んだ。

 もう一度、何度でも思い出せば、あの日にたどり着かなければ、それでいいんだ。

 僕は何度も何度も書いた。日記をあの日を越えた、三人の()()の日常を。

 平凡な幸せを、ありふれた楽しさを、書けば続く永遠の日記にした。

 事実、現実を僕はわかっている、その上で塗り替えた。何枚もの紙片に日常を書きなぐり、怒涛に紡いだ。本物を作り上げた。現実となんの差異もない小説を。


「このままこの世界で、永遠に、僕は、僕たちは、あの平和な日々を、なんでもない幸せを、やり直すんだ。そうだ、そうだ、そうだ、そうだ……あの時のことなんて、なかったことにして、全部、全部、全部!」


 振り乱した髪、オドオドしていた眼はもう消え去り、全てを敵視する狼のように青銀色の憎悪を放っていた。


「やり直す……! その障害に、邪魔になるというのなら、僕は一万人だろうと、百万人だろうと!」


 覚悟と狂気を宿して、女に断言する。


「ダメだよ、岬それ以上は!」


 岬のその身に縋った少年の叫びさえも、遠き果てにあるかのように岬の耳には入らない。

 そして、回帰と決別の念を込めて、岬は呪詛完成の言の葉を言ってしまった。


「殺してやる」


 さっきまで殺されかけていた少年だとは思えないほどの覇気。思わず斧の女、遼、竜太、少年の動きが止まる。


 小説は新の、否、真の力を発露させる。

 二人の生前を楽しく綴った日記が、在りし日の二人を生み出す親愛の部分であるとするならば、その後、死別後の幻想譚は現実からの逃避と隠れた自罰の現れ。


 岬は己が作り出したなんとも形容しがたい後半部分、忌書を引き出し、そこからの影響を受け入れて、皮膚に切り傷が幾つも開裂していく。

 服の上からでも出血が確認できるほどにその影響は大きく、その代償を払ってのスキル発動はその場にいる者全員に警戒させるには十分だった。


「歪んだ愛ね、あの人に通じる部分があると言ってもいいわ。けど、あなたの小説(スキル)のネタは割れているでしょう。この二人を式神のように召喚し、使役する。それさえわかってしまえば、スキルホルダーなだけのあなたなど敵ではない。私には人質をとることも、この距離からあなたを殺すことも、逃げることさえもできるのよ?」


 女に人質と言われ、竜太は距離をとるがそれさえも女にとっては関係ないことのようだった。

 投擲すれば頭ですら斧は勝ち割るのは容易い。女は戦士並みのセンスを持っていた。


「お、おねえさん、逃げた方が良いよ。多分。もう手遅れかもしれないけど……」


 少年は何かを察したように岬から離れ、女に最後の忠告をした。

 しかし、あえて女はそれに反応する素振りを見せなかった。


「ガキ! 離れろ! 岬のスキルからできた僕らには何が起ころうとしているのか少しだけ分かる……! 無暗に触れるなよ!」


 竜太の警告を受けて、少年はさらに引き、吹き飛ばされた遼を盾代わりにして隠れる。


 一滴の血が岬の頬から零れる。

 零れ落ち、地面に着く。血の玉はすぐに弾け、小さな太陽のような模様を描いた。

 瞬間。絵の具を乱暴に筆でキャンパスに塗りたくるように擦過血痕となり、体積を無視して黒を混ぜながら女の方に飛んだ。


「これは……あぁ、もう一つ持っていた(書いていた)ということなのねッ!?」


 津波のように暴力的に。水墨画のように繊細に。そんな二面性を持って描かれた血痕は三次元にビニールのように浮かび上がり、女を追尾した。


「みんな、みんな。嫌な現実は黒く沈めばいい。僕も罰を受けるんだから、みんなもこの苦しみに、逃れられない苦痛に懺悔すればいい!」


 女が迫りくるそれを回避しようと、右にそれた時にはもう遅かった。なぜなら、浮き出ていない地面に流れ込んでいた擦過血痕が女の足をからめとっていたからだ。


 傷心開裂。


「我が姓花一華(かいちげ)、『開花アネモネ』!」


 その言葉と共に狂気は発露する。

 纏わりついた枝のような血痕から花が咲く。

 赤く、赤く、血のように。かつて薄れた希望の花を真似ていた。


 それは牡丹一華、又の名をアネモネ。





裏設定


年齢と享年


菊山 遼 16

朝顔 竜太 16

花一華 岬 17


岬の名字は花一華かいちげです。三人は幼馴染だと以前書いてましたが、そんな世界線は剪定されました。その世界線は岬に過剰な幸せか、トラウマを与えることが引き金となって滅んでしまいましたとさ……殺し合いが始まらず、子宮さんが不在時の幼馴染ルートは岬が魔王みたくなります。

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