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オオエド・オブ・メアリー・スー ②


 事の顛末は簡単だった。

 全ては終結した。

 発せられた強烈な輝き、世界を白昼にしたその神秘の間に何があったのか、それを知るものはおそらく誰もいないだろう。が、何かがあってすぐ、光は潰え世界の全容をまた繊細に暗黒が浮き彫りにした。


 結果、大江戸幻夢境の建物は城すらも潰れ、瓦礫と炎の山と化した。


 舞台は滅ぼされた——登場人物も死にかけだ。


「まさか、私の奥義を止めるとは、感服したよ」


「君はやはり素晴らしい人間だったようだ。宇宙にでた人間は希少ながらもいたが、星を斬った人間はいないだろう。前人未到、この一時の幻の英雄に君はなったんだ」


 ぼんやりとしたナイの思考では目から入る情報も、耳から入る情報も、等しくぼやけて薄れて、ぬるま湯のように分別のつかないものとなっていた。


 小日向が何をいっているかなど、ナイには関係ない。感覚が一体化するほどに握りしめたあの刀が今自分の手の内にあるのか、それすら分からなかったが、ナイは幻の刀を深く礼を持って握りしめた。


(あぁ……まだ、まだ負けてないよね……だって、私天才だもん……こんなところで、かませ犬みたいに死ぬ訳ないじゃん……もっともっとやりたい事あるんだから……女優になってみたいし、画家にもなりたいし、宇宙飛行士だって……私にできないことなんてないんだから、やってみなくちゃ……)


 レモン色の瞳からライトが抜けていく。握られていた柄はからりと音を立てて焼けた地面に虚しく転がった。

 ナイの口角はやんわりと笑顔を浮かべ続ける。


(でも……ちょっと、眠いなぁ……寒い……寝て、起きたらやろう……明日からもナイちゃん、本気、出す……よ)


 目を閉じて、首を横に倒す。そして、ナイの体からは力が抜けていき、やがて電池を抜かれたロボットのようにピクリとも動くことはなくなった。


「夢見る人よ、永遠にさようなら」


 後に残った世界は段々と花開く睡蓮のように天の中央から解けていき、八本の陣を描いた刀を残して決闘を始めたコンクリートの大道路に戻った。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 小日向だけは無事に元の場所に戻れた。夜なのは変わらないまま、江戸の風景ではなく、信号機が光る現代日本の深夜。

 

「ふぅ……すこしばかり、疲れたな」


 両手の開いた小日向は手持無沙汰に、夜空を見上げ、いつにもまして輝いている星々を見た。


「星が綺麗だ、なんてことよりもまずは少年らの救出が先かな。これ以上強いのはお相手勘弁なのだがね」


 赤く光る信号機の光を浴びながら、小日向はそう言った。発熱する体に夜風が丁度いい。


 赤く光る信号機……?


 頭上で停止を促そうとしている信号機をふと、呆然と見つめる。それ自体に何か異常は感じられないが、違和感を覚える。


「……ん? なんで——あ」


 小日向は自分の口から自然と出た疑問によって、理解することができた。違和感の正体を。


 すかさず、信号機に弾丸を放ち、その眼を潰した。


 信号機の眼の部分から光とは違う、赤い液体がごぽりと零れ落ち、滴る音を暗闇に響かせる。


「おかしい、おかしいだろう」


「今この世界には電気が通ってないっていうのに、なんで信号機だけついてるんだ?」


「しかも、生命の反応がする。夕方からおかしかったんだ。それが、あの女との戦いを終えてからはもっとおかしくなっている」


「地面からも、建物からも、生命の反応があるだなんて、まるでここ一帯が生きているような……」


 そこまで言いかけたところで、小日向の背後から矢のように翔ける細長い肉質なものが現れた。


「なんだッ!?」


 小日向はすぐさま銃を構えて伸縮しぬるりとした赤身を撃とうとした。

 しかし、その触手が小日向に興味を示すことはなく、ナイの死体の足に食らいつくと、そのままずるりと引きずって、小日向の背後に消えていった。


「んふふ、触手を見るのは初めて? タコとか、イカとは違う吸盤のない濡れた舌のようなソレは常人には生理的嫌悪を与えるかもしれない。が、吾輩からしてみれば、実に性的な美を感じるよね」


 道すがらにあった信号機たちが一斉に不明な男の方に向き直り、赤い眼光で姿を照らす。


 正体がはっきりと、見えていく。


 ホストのような赤いジャケットに黒髪、整った顔でありながらその眼には相手を玩具のようにしか見てない。


 男の周囲をミミズがうねるが如く無数の触手が囲んでいる。その触手たちは蜂蜜に群がる蟲のようにナイの全身を覆い、掲げていた。


「次から次へと、誰かな? 君も私と戦うのかい?」


 小日向は不機嫌そうに問う。

 が、男の方は小日向の言った意味を理解してないように言葉を反復する。


「戦う? それは夜の戦いって意味で? うん、それなら答えはもちろんOKだよ! 吾輩は上でも下でもいいぞ。あぁ専門的に言えば、右でも左でも、ネコでもタチでもといったところだ」


 赤ジャケットの男は興奮したように朗らかに頬を赤く染めて、投げキッスを返す。


 明らかに質問の意図とはかけ離れた答えを聞いて、小日向は男の事情とキャラクター性を把握し、諦観するように心の中で頷いた。


「——OK。いや、OKじゃない」


「まったく、どうして、私の相手はこんな……疲れる奴ばかりなんだ」


「連戦というのは流石に疲れるのだね? この肉体で君を癒してあげようか?」


「いいか? 私は君と交合するつもりはない」


「吾輩は夜の戦いとしか言ってないのだがな。あぁ、君は嫌々な態度でやるのが好きなのか」


 赤い男はおちょくるように首を傾げ、歯を見せて笑う。


「ッチ……ではソイツをどうするつもりだ?」


「死体をモノのように言うだなんて冷酷な殿方だ……だが、そんなサディズムもいい! 吾輩もその冷淡な口調で罵られたいッ!」


「黙れ。聞かれたことにだけ答えよ。さもなければ撃ち殺すぞ」


「何をするか、ね。それはもう、あんなことやこんなことを……せっかく便利な肉触手があるのだしねぇ」


 そう言って男は両手の指をバラバラに虫のように動かして、腹黒く意地の悪そうに笑みを浮かべる。


「この外道めが」


「ふは! 外道結構。元より吾輩に正道なし。正道などないのだから、欲の限りを尽くすべき。そうは思わないかな? それとも君が示してくれるのか、その正道とやらを……」


「もちろん吾輩は手取り足取りくんずほぐれつでの教授を所望するッ!」


「地獄に堕ちろ、変態」


 小日向は一目散に走って、ファミレスの階段を駆け上がって逃げた。

 その背中を男は首を傾けずに、目だけで追う。


 小日向の姿が見えなくなった後で、男は触手に回収させたナイの残骸の方を見ながら、落ち込んだ声音で若干笑いながら言った。


「あぁ、盛大に振られてしまったな……しょんぼりだ。まぁ、もう3000人ほど相手にしたところだし、今日はこのくらいにして明日の楽しみに残しておこう。この子も回収できたしね」


 ナイの可憐な顔に触れて、男はその蜂蜜のように黄金の髪の毛を指先で少し払う。

 どこか満足げなナイのその顔を見て、男も微笑む。


「おーい、ナイちゃん。起きて―……ダメか、死にかけか。どこが悪いんだろう。とりあえず、腹を裂いてみよう」


 絡みついた触手たちが一斉にナイの腹を解剖するように裂いた。


「血まみれじゃないか、この肉も、この骨も、全部壊れている。これでは、ダメだよ。君は吾輩のお友達なのだから」


「大丈夫、入れ替えていけば、治る傷だ。ちょっと痛いかもしれないが、寝て起きれば、朝日が見えるぞ」


 触手たちが肋骨や腸を抉り出し、地面にぶちまけていく。



 グチャ、グチャリ……



 エプロンだった布切れは雑巾のように捨てられて、血だまりに朱く沈む。

 剥き出しになった骨から触手たちが筋肉を器用に削ぎ落して、プラモデルのように解体していく。 




 ゴギッ、ボギッ!



やがて、ナイの心臓にその冒涜的な指先をひっかけたかと思えば、寄生虫が宿主に寄生するときのように食い進んでいった。


 男はその様子を面白そうに眺めている。ナイが目を覚ますのを待ち遠しく思っている。


 赤い眼、火口のように赤い血。

 爛々と瞠目する悪趣味な信号機どもの視線だけが、この惨状を崇めるように見続ける。


 赤い男——子宮 遊楽(このみや ゆうらく)の淫靡に手繰るその手首に刻まれたその数は、悍ましいものだった。



 【1905421】



 欲望の外道。

 三千の子羊を喰らいし赤き化け物が、この幕における大敵であった。




子宮くん、金髪赤服だとカズレーザーさんっぽくなりそうなので、黒髪にします


子宮くん設定的には女性でなかったらクイーンちゃんに勝てる可能性がありました……ヒェッ。

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