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オオエド・オブ・メアリー・スー ①


 天に構えられた隕石(ダンガン)を仰ぎ、そのレモン色の瞳を赤くした。


 「わーお、おえふっ、えほっ……隕石って、安直っつーか、パワープレー過ぎない? 死神ならさぁ、月牙なんちゃら~、とか魂の共鳴~とかカッコイイもんだせよぉ~」


 痛みに耐えて、笑顔を浮かべるもすぐに掻き消えて、美人な顔が険しくなる。


「って、取り繕うのも限界なナイちゃん……んなら、見せようか」


 本気というやつを。

 そう言って、ナイは照らされるはずのなかった夜空に向かって手を伸ばした。


「【異界の印は運命と共に】最大展開『盾突く農民の印(クローバースート)』」


 隕石から世界を守るようにして、大地と虚空の間に巨大な黒いクローバーのマークが出現する。

 それはあのとき小日向の首を斬り、爆破した刀に刻印されていたダイヤのマークと同じようなテイストのもの。つまりはナイの切り札の一つだった。


 トランプのスートにおいてダイヤが財を、ハートが愛を、スペードが剣を表しているというのはよく聞く話。


 では、クローバーは何を表しているのか?


 それは一揆なりし革命。全国どこの国でも起こりうる人類摂理。生産者が支配者に対して反旗を翻す『愛』と『希望』と『信頼』の証。同胞との結束を表す御旗にして盾。

 必ず平穏を守り抜くという誓いである。


 だが、小日向はそれを見て、興味と懐疑を抱きつつ、言った。


「盾のつもりなのか? 星の命を砕く者に対して、クローバーとは。最弱のスートに何ができる。チェルノボーグの凶星がおちれば、落ちたる先は総じて滅ぶ。王侯貴族も百姓農民も、全て平等だ。死を避けることは能わないのだからな」


 小日向の声に呼応して、虚空の中に潜んでいた星塊が姿を見せ、赤く高温で熱せられたかのように輝き始める。空気が静まり返り、虚空から大江戸への隔たりを破る音が代わりに響きだす。


 崩れる。砕ける。


 そして、星は――流星となった。

 地に向けて、その巨体を転がし、音速を超える。


 人類が築き上げてきたどんな悪辣な武器をもしのぐ爆発力が、大江戸を、この幻想の夜を跡形もなく消す――


「10秒だけ時間稼いでッッ!」


 ――はずだった。


 雲すら吹き飛ばして、大地を焼き尽くし、捲りあがらせ、この世界を跡形もなく、消すはずだった巨大隕石は、彼のクローバーマークによってその尾をたなびかせたまま数秒、その境界で落ち続けた。


「ほぉ! 冥王代の一撃を防いでみるというのか! 見もの見もの、素晴らしいな。しかし、本当に10秒も耐えていられるか?」


 パリッ、パリパリッ!


 クローバーはひび割れ、その隙間から莫大な炎が入り込む。超音速で飛来した瞬間の空気抵抗による摩擦熱、あるいは地球を滅ぼすという概念の籠った隕石であるゆえに、その熱量は大地を溶かす温度へと至らんとしているのだ。


 江戸の町を炎の触腕が犯す。なぎ倒された家屋から黒煙と火柱が立ち上る。


 ナイは汗をかきながら、小日向の煽りに心の中で批判していた。


(ふぁぁぁあ! 負担がヤバいッ! あの男、馬鹿じゃないの! 隕石落すとか神か!? そうじゃん! 死神がそんな死神っぽくないことすんな! こなくそぉ!)


 文句が言いたくても、すぐさま大江戸幻夢境の第一段階を発動しないことにはこの世界ごと滅ぼされてしまう。グッと飲み込んで、ナイは素早く詠唱に入る。


「江戸を見守りし、かつての三柱。一滴の混沌混ざり、より合わさりて生まれし神田明神よ。我が手に神の呪いを宿し給え。朧に浮かび、虚ろに揺蕩わす。誰も彼もが知らぬ外なる刃を以て災厄を弔わん! 一章・『妄刀夢国・神田明神』!」


 その手に黄金の砂のような粒子が集まり、一つの刀の姿を為していく。

 チェレンコフ光のような鮮やかな青輝をその刀身に纏わせて、それはどこか妄刀夢国の面影を感じさせる形状をしていた。


 そう、三柱の神々他一柱の外神によって練られた大江戸最強の刀。章の題になるほど世界観に食い込んだそれだけ重要な(ファクター)


 『妄刀夢国・神田明神』


 空に対する穿ちの神刀の神気は凄まじく、地を青く輝かせ、民家をその青い炎で焼きなおしていく。大火事でも起きたかのように地に満ちた江戸の家屋は蒼炎の狼煙を上げていった。


「頼んだよぉ、夢国ちゃん! 本気出すときよ、最大限まで強化、ならぬ神格化したあんたなら――厄災を跳ねのけられるはずよ!」


 ナイは『妄刀夢国・神田明神』を振り上げて、もう突破してくるだろう燃え上がりながら飛来する巨星と視線を結んだ。


 パァンッ!


 鋼鉄の弾ける音。


「ッグ!」


 流れてきた弾丸をナイはその身で受ける。

 右足の内側を穿ち、血を零す。さりとて、仁王立ちの姿勢を止めることはしなかった。

 小日向がナイの危険性に感づいて、引き金を引いたのだ。しかし、ナイは倒れもせず、彼の方を見向きもしない。小日向は構え続ける精神性に気圧されていた。


「もう休め、君の英雄譚は相応しい終わりを迎えるべきなのだよ」


 パァンッ!パァンッ!


 続けて二発。

 右肩と左下の肋骨を穿つ。流石のナイも構える手を震えさせ、膝を突きそうになる。


(私は折れない。私は認めない。私は諦めない。どれほどの不可能であろうとも、それを笑って乗り越えることこそが――生きる意味なのだからッ!)


 剛力を神刀に込め続け、来る時の夢を須臾の間に何千と夢視た。


「最後の最後まで足掻くとは、素晴らしくも泥のようだ——深く、身の一片すら残さず灰燼に帰せ!」


 足掻く姿に小日向は得も言えぬ感情に襲われた。

 褒め言葉のようにも、罵倒のようにも聞こえるような小日向の言葉とともに巨星は瞬き、境界となっていたクローバーの境界面を突き抜けて、落ちた。


 刹那。


 音を超えて、光となった終末の星を、ナイは白昼の正夢にて見極めた。裁く相手の真の姿、真の座標を。


「『神田明神――厄災総鎮守』」


 雫滴り、神威の炯然が立ち上った。






厄災総鎮守。

それはあらゆる災害を鎮める対災害抑制力。


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