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オープン・ザ・メアリー・スー


 骸を斬る。

 ナイの刀を受け止める。


 この町――この世界の残影は強すぎた。


 ナイの剣の道に反するような破天荒解の斬撃の数々より、骸の兵たちの方がよっぽどしっかり綺麗な太刀筋をしている。そこにどんな理由があるのかは今は分からない。数も技量もあって防戦一方になる。小説家としての技能以外が余人以下程しかない小日向がこうも多対一で戦えているのは彼の持つ様々な神器あってのことだ。


「まさか、骸骨兵を操るとはな、死したる者は私の専売特許だと思っていたが、っと!」


「江戸を紡ぎ出した死屍累々を忘れることなかれ! 戦国を明けての世、それが江戸なら、そこに息づく死霊はもちろん、落ち武者よ!」


 魔鎌があって、邪眼があって、魔剣がある。けれども、それを振るう力は徐々にすり減りつつある。正々堂々とどこか不確定に制限した力だけで乗り越えるのは辛苦である。


「ウォォォォン!」


 骸兵の一体が獣のように吠えて、その牙の如き刀を死角から斬り上げた。


「ッ!」


 鮮血が飛ぶ。

 骨にまでは届かずとも、引き下がる歩幅を崩されるのには十分な一撃。

 小日向は苦悶の顔を浮かべ、たまらず意識を逸らせてしまう。戦いに身を置いていたのならいざ知らず、小日向はこの状況に強化されただけの小説家。戦闘の恐怖、激痛、狂気に心を砕かれそうになるのはほぼ必然。

 いくら聡明そうに振舞っても、激痛に耐えられる体になったわけではないということだった。


 そして、ナイはそこを見計らって、必殺の一撃を繰り出す。


「そこッ! 確実に臓腑をぶち抜け! 妄刀夢国ッ!」


 カワセミの着水のように鋭く駆けた刀は見事に小日向の大剣を潜り抜け、あばらを砕き、心臓を穿った。


 行き場を――生き場をなくした大剣は腕から落ちて、地面に刺さる。

 続くように次々と骸兵たちの刀も花を咲かせるように小日向を全方向から貫いた。


「ぐはッ……感服だ、素晴らしい。こんなにも何度も、何度も殺されては癖になってしまいそうだ……気に入ったよ!」


 無数の刀に貫かれ、磔刑のように浮いている彼が口元から血を垂れ流す。しかし、その口角は歪み、見下ろす姿はナイのよく知る神のように見える。


 彼は何処までも不利だったはず。


 いや、形勢逆転どころか、これはチェックメイト。そのはずなのに、全身をいがぐりのようにされてなお、浮かれたようにそう言う。


「はぁ、はぁ……ながらえすぎだし、しゃべりすぎだっつーの!」


 もう一刀。今度は頭蓋に打ち込もうと、引き絞り刺す。頭の中を一瞬何か不安がよぎったが、すぐにナイの背後の暗がりへと消えて、融け消えた。


 唇を噛んで、刀を思い切り。



 パンッ! パァンッ!



「――ッはァ……!?」


 轟音。砲の音。

 ナイが穿とうとしたところで、小日向の右手からはじけるような鉄音が轟いた。


 ナイの動きが止まる。

 驚いたように目を見開き、息を漏らして、よろめく。


「死を回せ――『黒き獣(チェルノボーグ)』。卑怯、だったかな?正々堂々というのには少し抵触してしまったかもしれない。でも、許してくれ給えよ。どうせ君の展開したこの懐かしい世界も、もう死者としてあの世、我が冥府へと送られるのだから」


 左脇腹がじんわりと灼熱を帯びていく。

 激痛がナイの脳を一気に駆け抜けた。


 撃たれたのだ。


 貫通している。背の方も血が滲みだしている。

 土ぼこりに汚れたメイドのエプロンが更に赤黒く色づき、汚れていく。


「銃とか、マジ無理……!」


 全身にみなぎっていく疲労と激痛がナイの内側に蜘蛛の巣状に広がっていき、ナイは脂汗と涙の入りまじった覚悟の表情を浮かべる。


 不幸中の幸いだったのは撃たれたのは一発だけ。

 もう一発は小日向の方に近づいてきていた骸兵を殺すために使われたようだ、とナイはままならない呼吸を繰り返しながら、把握する。


 一方の小日向はその体に無数の刀を刺されながら、涼しい顔でナイのことをしっかり見ていた。まるでダメージなどないように、ブレずに。さながら死なずに妄言を吐く姿は悪魔のようだった。


「讃えよう。君は同じ戦士という立場に立って闘った私をここまで、追い詰めたんだ。それに人としての体は殺された、君によってな。君の剣は見たこともない技の数々だったし、単純な膂力も強かった」


 今にも崩れ落ちそうなナイは刀を地面に刺して、体の芯が折れないように精神の糸を限界まで張り詰める。


「うがぁ……ぐぁぁあ! んなふる! ふっつあーぐん!」


 吠える。奮い立たせる咆哮か。


「しぶといものだな、素人ではない才能を感じざるおえない。最初は殺したかったわけではないが、今は殺さねばならないと強く思うよ。勘違いしないで欲しいが、嫉妬ではなく、尊敬と礼儀を尽くすために、だ」


 小日向はカッコつけた台詞を吐きながら、その銃から連弾を放って骸骨兵をガラス瓶のように破砕していく。

 しかし、無数の刀が刺さっているために、ちょっとした動きでも全身の傷口から血が噴き出る。


「詰ませられる盤面で、最後の一手を出さないことを誰も紳士的とは言わないだろう。私は、君の名誉を傷つけたりしたいとは微塵も思ってない。その逆とまで言おうか。華々しく、我が神秘の一端、冥王の権限を使って、滅ぼそう」


 十数体呼び起こした亡霊武者は全部粉にされて消えてしまった。後に残ったのはフラメンコのように情熱的に殺しまわっていた小日向だけだった。

 虐殺が終わった小日向は、自身に刺さった刀を一本一本丁寧に取り除いていく。


 なんと言うことか……空の色の具合の悪さにナイはぐったりする。夜の静けさと月の狂気に照らされる大地とは自分の書いた作品なりに趣味が悪かったかもしれないと、間際に思った。


「あっそ……名誉でも、ッなんでもいいけどさぁ、私は負けそうになったら将棋盤ひっくり返して、なかったことにしちゃう派……なのよねん。是が非でも」


 恨めしそうにナイはそう呟いて、震える足腰を最後の力を振り絞って立ち上げさせる。

 

 重々しくその銃口からは紫煙が伸びていた。


 とうとう遠距離武器か。


 脇腹を撃ち抜かれた状態で、ナイからしてみれば、逃げる機会を失ったのに同じ。それでも、秘策は、ある。


「その意地汚さ、その生への執着心が君を素晴らしい剣士に変えたのだろうね。そんな生きたいと願う戦士の命を私の手でむしり取れることを少しだけ光栄に思うよ。では、冥界をお見せしよう」


 そう言う彼の姿は特別な黒装束も相まって、悪魔のようだった。滴っていた血は止まり、その足元には刀の残骸たちが転がるばかり。


 ナイはその様子を、目を氷柱のように尖らせながら睨みつけた。


「ま、だよ……まだ、終わっちゃいないッ!」


 刀を握って一歩前に。ふらりと足が崩れそうでも、ナイは踏ん張った。


 仕方ない、こうなったらこの大江戸幻夢境にある全ての人、魔獣、神、リソースをつぎ込んででも!


 だが、それが間に合わないというように、蒼炎の満月が黒く染まっていく。赤黒く、血のように。


 月が満ちた盃のように禍々しさで潤うと、その輪郭が重圧に耐えきれない陶器のようにひび割れ、周囲の空間も砕けようとしていた。


「『回復(ヒール)』……アレは我が冥府の一片。死の先達。本当の冥界ではないにしろ、この一撃に込めるには十分な量だ。制限解除。冥府装填」


 砕かれた天空の隙間から悍ましい黒霧が、オーロラのように、淡く、悶えながら降臨してくる。死した魂のように荘厳に、音もなく地に堕ちていく。

 熱のない無機質な暗澹の可視実体。冥府の一部にして、世界の魂を奪う死神。

 渦を巻きながら、ヴェールのように薄くなって、小日向に覆いかぶさっていく。

 解かれた暗黒がリボルバーに吸い込まれ、紫紺の銀河が如く輝く。


「輪廻を回す六度の凶弾。六度目にして魂は破壊され、転生の道を外れる。二度と生まれることがないように」


 唱えて、リボルバーの撃鉄をもたげる。


 すると、砕け落ちそうな暗空の一点、彼岸の汚濁に満ちた月が、暴徒の手で無意味に破られたステンドグラスのように、空間の破片をまき散らして悲しげに砕けた。

 空間が破れる音は本当にガラスのようで、象徴的だった蒼月さえも、卵を潰すように簡単に散らされた。

 恐怖はそれだけにとどまらず、口を開けた虚空から胎動するように何かが見える。


「一体その中から、何が出てくるってのよ……?」


 虚空から混沌の波と流転する紫電が姿を覗かせる。雷撃の音、轟く死の合唱、パイプオルガンのような高音が大江戸を揺るがせた。

 大江戸幻夢境の主人公を体現するナイには肌で、骨の髄で、脳の底で分かった。


 終末が始まる。

 世界が終わる。


 一人の人の器には収まりきらないはずの膨大過ぎる力が世界を押しつぶす。

 キリキリと空間が歪み、重圧だけで『江戸城』を含め、全ての建物が潰れそうであり、恐怖を知る生命はその比でない。


「遺言はあるかな? 武骨な女侍よ」


 リボルバーを向けては、引き金に指を掛ける。かろうじて残っていた骸兵たちは一気に切りかかろうとするも、絹を裂いたような黒きヴェールが亡霊のように揺蕩っては、その斬撃を阻み、骸を包み溶かした。


 窮地というのは幾度となく立ってきた。しかし、これは例えるなら地球を滅亡させる隕石を目の前にしているようだ。勝てる見込みも、逃げ切れる見込みも絶望的なんて甘い言葉では表すに相応しくない。


 絶望そのものだ。


 とて、ナイは刀を構える。負けるとしても、構える。


「遺言? そんなもの……一切ありません。だって死ぬ気なんて更々ないんですもの」


 自信ありげに、鼻を鳴らして、エプロンの掛かった胸を張って、そう言った。

 実際はこの状況で生き残るのなんて、不可能だと思っている。けど、だからここで素直に首を出すだなんて、そんなの無様で悔しすぎる。


 ナイはこの世界があとどのくらいで破壊されるか、破壊される前に何ができるかを考えた。できることは確実でないにしろ二つ。それをするほか、後戻りなんてましてない。


 呼吸を整え、完全に止血できていないのを悟りながら、静かにされど、声が響くように喉を開いてはっきりと言う。


「良いッ? 腹痛いけど、これだけは言っとくわよ」


 覇気を込める。


 呼応するように江戸の街並みが顔つきを変える。


「美女が自ら死ぬのはね、愛すべき人のためと自業自得で身を滅ぼした時だけよ。あんたみたいな天日干しされた昆布野郎が、かってに宣ってる死なんて一切認めるわけがないでしょ! バーカッ!」


 突っぱねての言葉を吐いてはすぐに、その刀を大きく、避雷針のように天に向けて掲げる。

 切先だけが暗黒と混沌に包まれた大江戸の中で、船の道行きを教える灯台のように光を放っていた。


「素晴らしいな」


 感動も怒りもしなかった小日向は礼賛を済ませると、リボルバーの照準をナイの心臓に定めた。


「さぁ、大量絶滅を見るといい、これにて終幕だ。そして、星が再生成されるまでの短い寸劇をご覧あれ、『冥王代より、天降の星チェルノボーグ・インパクト』」


 円形に空いた虚空が歪む。

 それは破砕された空間が元の一枚絵になろうと萎縮したかのようだった。けれど、縫い合わせることはできず、異空の咢はその腐ったように膨れ上がった『中身』を見せつける。

 『中身』が、紫電迸るモザイク雲が、坩堝をかき混ぜられたように虚空の中央に澱んで溜まる。

 

 『中身』はまるで一つの恒星の誕生を再現するように、水素ガスの溜まった銀河のようにも、星が寿命を全うした超新星爆発のようにも、幾重に姿を変え、エネルギーを変遷させる。


 収束し、反発し、融合し、統合され、やがて一つの星へと至る。

 星を殺す凶星。まさしく世界を殺す死神。

 混沌が変生したのは、巨大隕石そのものだった。


チェルノボーグインパクトは惑星級の相手を殺せる威力があるので、裏を返すとナイちゃんのスキルによる異界じゃなかったらほぼ自分も宇宙の藻屑に。地球(偽)上だったら流石に使えないから、出すとしたら自滅覚悟。

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