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ドリーミング・メアリー・スー



 傾いた赤い空。


 カラスが鳴き始め、午後の鐘声が響き渡らんとしても良い頃合い。子供は家路につき、大人たちの姿がちらほらと。


 だがしかし、この異能世界においてその日常は有りえないもの。スノードームのように虚ろな世界でしかなく、どこまで行っても舞台装置(ステージギミック)が無機質に広がり続けているだけ。


 人のいない町、役割を失った信号機はただ赤く眼光を光らせる。


 空虚にも殺伐とした中で、注ぐ夕日は眠気を誘い、ナイは淑女のように手を口元に添えて欠伸をする。


 それから片手で長大なソレをふらふらと構えるとニヤリと小日向を嘲笑い、白亜のエプロンが掛かった胸を大きく膨らませて——


「我が名はナイ・アルーラ! 凶星の下にて輝く紅一点の才女であるぞ!」


 ——高らかに名乗りを上げた。

 同時に刀が入相の空に向けて翻り、赤く燃え上がったように魅せた。


 それにしてもおおよそ乙女らしいとか、淑女らしいとかには至らぬ不作法で品のない轟かせ方だった。


 女武将と称してやりもしたくはなるも、いでたちが完全に西洋従者のそれ。巴御前とも、佐々木累とも呼べはせず、強いてゆうならその豪胆さは北〇晶。と、自称APP18億が聞いてあきれる。


「はぁ、何の真似かな?」


 案の定小日向はソレの意味が分からず、嫌嫌そうに鎌を担いで尋ねた。声音だけが一音下がって、息を多く含んだ感じがする。


「ノリの悪い人ですね、剣豪勝負なれば名乗り上げですよ。さぁ、貴方も構えてください。そして正々堂々、質実剛健に名乗りを上げるのです!」


 レモン色の瞳いっぱいに興奮と楽しさを詰め込んで、地が湧きたっていそうな表情をしてそう言った。


 さぁさ、さぁさぁ! とナイは目を輝かせて急かす。


 小日向はそんなことするはずもないだろう、と一瞬吐き捨てそうになったが、その言葉を飲み込む。


「我が名はエルムルス、冥界より出でし黄昏の王なり……ならえばこのようなものかね?」


 敢えて小日向ではなくエルムルスと名乗る。


「うーん、ブラーボ! この厨二臭さ、小説家ならではの回りくどさ、カッコつけた黄昏! よきよきの良きです! エルムルス……デザートキャンドルと呼んでもいいですか?」


「お断りだよ。キャンドルなんて吹けば消えてしまうだろう? それより、名乗りを上げたからには残るは開戦の号令だけだ。こういうのは君のお株。まさか分からんとは言わないだろうね?」


「分かっています。お約束のアレ、ですよね」


 戦場。名乗り。戦士、否剣豪。と戦乱な並びの様式美を踏襲するならば最後の一つは言わずもがな。


 ナイもエルムルスこと小日向も、両名がその合言葉を知っていた。

 剣豪小説を書いたことがないにしろ、それはもう小説家として抗えない絶対の様式美。


 だから、二人はこの時ばかりは声を揃えてハッキリと言った。


「「いざ、尋常に勝負!」」


 こればかりは性というものか。

 本来相容れぬ世界(ジャンル)を担当するものでもやはり大枠は小説家。魂には逆らえず、ついついやってしまった。


 舞台は整った。気持ちよく開戦。


「――っと! 初手『刀飛ばし』!」


 重厚薄刃の大鎌が口を開くよりも先に、ナイの頭上に振り上げられていた三尺(90㎝)ほどの『妄刀夢国』が鋭く切り込む、のではなく――投げ飛ばされる。


「なッ!?」


 極限まで薄くした軌道を描くダーツのように軽々と刀が投擲され、小日向の鼻先を狙ったまま飛んでくる。


 ――少々驚いたが、斬り返せるな。


 ならば、荒唐無稽を正々堂々撥ね退けるまで。

 ギリギリ鎌を構えて振り下ろす時間はある。

 腰を低く落とし、担いでいた鎌の刃を空に向けて、カタパルトのように大鎌を勢いよく振るう。


 刃と刃が交わり、刀の方が吹き飛ばされる。ソレは勢いそのまま


「うわっ、速すぎ!」


 外れるならまだしも、吹き飛ばされるとは。

 ナイはその神速の一撃に舌を巻いてそう言った。


「刀は握って戦うものだと思っていたが、そういう剣術か?」


 悠長にそう言って鎌を刃が上向きになるように構える。


 ナイの表情が打算的に曇るが、一瞬にして化粧直しをしたかのように上機嫌な表情に切り替わる。

 見るとその手に夢の刀。少女が刃物を持ってルージュの塗られた唇を少し開けていると、どうしても妖艶に感じてしまう。


 そこではない。重要なのは表情よりも持っている得物。刀だ。しかも。

 ()()()()


「剣術ってほど素晴らしいものじゃないわよ」


 ナイは答えてすぐ二刀を擦り合わせて、後ろ脚に力を込めた。

 ×字に構えたそれで全てを否定し、切り刻まんとナイは力強く疾走する。


「文字通りただの付け焼刃!」


 ナイの斬撃が今度は舞を踊るように交互に繰り返し流れてくる。

 小日向はそれを鎌で軽く当てていなしつつも一歩も引かない。


 火花が飛び散るように鉄と鉄の弾ける音が弾丸のように降り注ぐ。


「付け焼刃にしては素晴らしいんじゃないか、少しは記憶に残りそうだ!」


 片の一撃が過ぎ去り、追撃の片が旋回してきたタイミングで小日向は鎌を切り返して、ずん、と超低姿勢を取る。そのまま鎌を燕の滑空のように滑らせて脚を切り落とそうと狙う。


「うわっと!」


 ナイはそれを縄跳びでも飛ぶように飛び越え、持った二刀をそのまま振りかざす。


「上々! 覚えたところで意味はなし! 『番外二刀』!」


 今度のナイはその番外である二刀を投げるのではなく、宮本武蔵よろしく二刀流の如くして斬りかかってくる。宙を浮きながら――出鱈目な太刀筋とでも言おうか、その斬撃がどこからやってくるのか分からないほど刀の重心はブレていた。


 しかし小日向はジッとしたからその一撃がどう入るのかを目で追っていた。



「斬り咲けェェェッ!!!」



 上からの叩きつけるような攻撃が両袈裟斬りとでも言えばいいのか、そういう風に肩から斜めに入らんとした。


 小日向は鎌での応戦を試みる。大鎌の幅的に小日向が薙ぐだけでもナイの両刀とも薙ぎ払える。小日向としては少々体に無理をさせるが、秒読みの争いにためらいはない。こうなってからは小日向の身のこなしが10倍は軽い。


 筋肉が馬鹿になるのを承知で腕と体幹を対応できる位置にまで持ち上げる。

 鎌が三日月が地から天へと廻るように大ぶりの軌道を描き、そのまま――斬ッ!


 軽く胴元ごと、ナイが横一文字に遼を両断したときと同じように真っ二つにする気で斬った――が。


 パキンッ!



「………は?」


 ひび割れた鉄の悲鳴が聞こえる。途端軽くなり手ごたえが消える鎌。力の伝導先が潰えて、空振り距離寸法が狂う。


 驚きに不意を撃たれたのは、小日向だった。


「どうして、()()()()()()()()()()()()()


 冥府より天(アナゲ二メノス)剥がす鎌(・ハルパー)の刃が綺麗に垂直に両断されている。曲線を描く鎌に対して垂直と言うのも野暮かもしれないが、とにかく刃の中腹からすっぱりと先が折れて、落ちてしまっていた。


「いいリアクション!」


 何故? どうして? いつ? どうやって?


 武芸の達人ではないただ強いだけの小日向には判断できない。ただスキルによって生み出された神器が破壊されたのならば、それは()()()()のスキルによってのことだろう。そこまでしか予測はできない。


「首は頂いたッ! 『煌めく宝石の印(ダイヤスート)』ッ!」


 よろめいた小日向の隙を武闘家のナイは見逃さない。猛禽類が獲物を狩る時のように、獰猛にそれでいて必殺。



 ――どうして『冥府にて時は闇となるエクリーポ・ヴァシリアス』、時空制御能力が使えなかった……?



 心内で焦るよりも早く、鉄が骨を打った。


 両肩に妄刀夢国が叩きつけられる。


「ッ!」


 ただそれは斬るという行為ではなく、そのまま本当に叩きつけているだけだった。両肩を砕かれたとはいえ、小日向に肉を断たれた感覚はない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、と小日向は死をまじかにしながらそう思う。


 しかし、次の瞬間――


「ふふ、ここまでお相手感謝感激雨乱射ですわ! よーく見るとあなた私のタイプに0.2点くらい近い方でした。およよ、そんな方を殺すなんて悔やまれる! これがロミジュリ!?」


「どのあたりがロミジュリに見えたんだ」


「シャラップ! 恋に飢えたビースト系乙女は目が有っちゃうだけでロミジュリを展開しちゃうんだゾ☆! てなわけで死んで私のロミオくん」


「ジュリエット――シェイクスピアよりマル・キ・ド・サドの方がお似合いだよ」

 

 腕も上がらぬ殺され掛けにも関わらずへりくだらない小日向の皮肉にナイは苛立ったように眉間に皺を作って、小日向の顔を蹴り飛ばした。


「バーカ、地獄に落ちろ」


 小日向の双肩にかかる両刀の先端から鮮烈に赤き輝きが放たれた。血のように赤い、というよりかはルビーだ。宝石の中から光が乱反射して輝きを増したような美しい閃光だった。


 その眩さの中で小日向は視界の端に捕捉した。


「どういう――ダイヤ……?」


 ダイヤマークだ。トランプのスートの一つ。宝石や財を表すとされるそのマークが仮にも日本刀に刻まれている。メイドと刀という和洋折衷なキャラクター性を受け入れることが未だ喉に引っかかる小骨のような思いなのに、刀すら『カタナ』と表記しそうな偽物なのか。


 ともかく反撃(カウンター)をしなければ、と折れた鎌をなおも小日向は振り回そうとする。


 だが、今度は鎌を振り上げる暇も与えず——刀が爆発した。


 (よもやこんなところで――)




 ボンッッ!!




 肩より上、頭部が吹っ飛び出来の悪い人形のような頸椎がでろりと露出する。大事な頭部に血を巡らせている首の血管たちは頭部を喪失したことに発狂するかの如く血潮を噴き出す。


 牛酪(バター)のような固形油のような音、崩れて正座の形をする頭のない骸。


 エルムルス――小日向一が死亡した瞬間だった。


「――イエース! フェイタリティ! スキルなんて当てにできないとは思ってましたが、えぇ武器だけは頼りになりますね」


「必要なのはそう、武器。いつだって人は扱える武器持っていなければならなかったのです。刀を、可愛さを、狡猾さを、このように。仮初の力だけで勝てるわけがないでしょう。ぶっちゃければ、自分が強くなったわけでもないのに過信するだなんて愚かですよねー!」


 切先の爆発した妄刀夢国を死骸の肩からずるりと引き抜いて、真後ろに投げ捨てる。地面に刺さる抵抗の受けなさ具合は、最初の刀と同じようにするりと豆腐でも裂くよう。

 加えて両方とも爆発したのに、刃こぼれ一つしてなかった。爆発しても壊れぬ剣とはなんと素晴らしい鋼なのか。


 しかし、ナイにとってはそれらの特性がどうであるからとかは些末でどうでもいいことだった。


 敢えて何か策があるというわけでもなく、ただ両手を塞ぐのが嫌だったから捨てたのだ。

 この女に騎士道精神ならぬ武士道精神を求めるのは無意味だ。彼女にとって刀はただの武器で、使い捨てカイロと同じく役目が終われば不要な産物なのだから。


「あーあ、記念写真でも撮りたいけどーカメラ使えないしなー」


 刀のことなんてとうに忘れて、割れてしまった鎌の見聞を始めるもすぐに使い物にならないと判断して路上に投げ捨ててしまった。


 ひとしきり暴れ終わったし、今日はこのくらいにして根城を探したほうが良い。


 血のついたメイド服を見られれば、ナイがどんなことをしたのかは一目でバレてしまう。

 他の参加者に見つかるのは今日はもう御免だ。


 そんなことを思いながら顔面にかかった血を左手で拭ったときに気づいた、自分の左手に刻まれたポイントの数が一向に変動していない。


「ってあれ? ポイント振り込まれてないんだけど?」


トントン。


「?」


 肩を軽く指で突かれておもむろに振り返る。


 振り返らない方が良かったのかもしれない。視界の端にその一片でも入れてしまってはもう後の祭り。幾らナイと言えど悩まずにはいられない。


 銀髪をふわりと浮かせて振り向いた先にはヤツが居たのだ。

 五体満足傷一つない。黒い生地に金の装飾が施された王族のローブを着て、霜枯れ時に染まるような小日向が、そこに。


 ナイは、「ナルホドね」と言って落胆したように目じりを垂らす。


「一度殺してくれて、ありがとう」


 どうしてか礼を述べられるが全く脈絡も理由もない。特に現れたことに関しては因果逆転しているレベルである。


 死体はそこにある。であればこの人間は、このドッペルゲンガーはいったい何なのか? いやいやそんなことは重要ではない。肝心なのはここからどう切り抜けるか。


 殺しても死なない敵とは質が悪い。


 質と太刀筋の悪さでは天下一品のナイを置いといて小日向の場合はスペック自体が規格外だろう。


 ナイは「うへー」と嘆息して、さながら嫌いなピーマンがオードブル盛り合わせになって登場したかのようなムカつきを感じた。


 初日にして自分の切り札を使うまいと思っていたのは、小日向だけでなくナイもだったが、この様子では使わなければ渡り合えもしないだろう。

 早々に出し惜しみの可能性を切り捨てて虎視眈々と機会を伺う。


「もうちょっと人間体でありたかったけど、うん。これはこれで気持ちがいいよ。力が溢れてくる。だが、まぁ、二度は死にたくないな」


 その体を流れる禍々しいオーラは生命エネルギーや活力などとは遠い宇宙の果てにあるようなダークマター。障り三百といったところ。

 それだけならナイは慣れてるから良いものの、本当の意味での実力者、強者の雰囲気が鼻先を刺激した。

 

「あちゃ~、なんだ死んでから活躍するタイプの主人公だったってわけね。裏飯タイプね。もしかしなくとも、殺さなかった方が面倒ごと少なかったこれ?」


「あははは、面倒ごとだなんてそんな……いや、そうはいいつつ、どうせ面倒ごとは好きなのだろう? 君はメイドのようだし、殺し屋でもあるようだ」


「……今はあんたの面白話を聞きたい気分じゃないわ。殺したと思った相手が生き返ったら、かなり吃驚するでしょ? だからもう一度殺すわ。念入りに、ふざけず、本気で、殺す」


「殺す、か。どうしてか心が全く乱れないな。はっきり言って君のことは嫌いだったはずなのに――では、問おう。仮初であろうとも冥府の王として。君は何のために人を殺すのか?」


「何のために? 理由、意味、動機、因果……んなのあるわけないじゃーん? 機会が偶々目の前に落ちてきた。じゃあ、やろうよ。そのくらい単純。こんな機会逃せないしねー。案外このゲーム? で人殺す狂人なんてその程度にしか考えてないでしょ。面白そうなチャンスにあやかっただけだよーんってね」


「そうか……君は謳歌しているのだね。あぁ、侍にして従者にして道化たる君よ。もう君に何も問うまい。死合いだ。楽しもう、君の望み通り」


「つくづく酷い人、いや死人ね。ま、楽しみましょう! ほら、スマイル! 笑顔は大事よ! 死んでなお、ハッピーであれ!」


 太陽が地平に沈む。日没が始まった。いや、今日という日が終わった。


 ビル多きアーバンジャングルに地平などありはしないが、急速に哀愁が漂い始めた。喧騒はなく、絢爛もない。それでも東の空には早くも宵の明星が輝きだした。

 殺伐とした殺し合いのフィールドを一等級の星明りだけが、優しく包み込むように見守る。


 誰も知り得ないことだが、分からぬことだが、ナイはきっと祝福されていたことだろう。



 いるならば金星の女神とやらに。



 蜂蜜のような長髪とちょっと汚れたエプロンをホイップクリームのように渦巻かせて回ると、広がった袖口から刀が一周のうちに八本飛び出し地面に突き刺さった。


 それは正八角形。八卦を思わせる並び方。

 結界を張る“陣”を意味していた。


「では参る――八刀束ねて人を(たばか)る! いざや深層見せ給え、夢幻まほろばにて泡影を穿つ我が妄刀夢国!」


 夢幻とは無限。


 望むも望まないも一緒くたに混ぜ込まれた昏く明滅する混沌。


 その混沌たる夢を現実に混ぜ合わせることこそ夢現(ゆめうつつ)と。


 八本の夢支える柱あれば、夢幻は夢現とはならず無限であり続く。


 現れるは黄金にして悪夢の幻夢境――すなわちドリームランドである。



 【大江戸幻夢境と千の貌のメイド】




ナイちゃんは日本語技能が足りないのと、空気を読む能力が足りない代わりに身体能力と思考力が少しだけ上達しやすい人間……人間?

まぁ、今のところは……

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