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デッド・オア・メアリー・スー


 人気のなさは電灯がついていないからこそ強調され、太陽の残照だけが今この世界を人間の世界たらしめる鍵となった。

 都会のパズルのように入り組んだ立地に複雑に組まれた建物の二階にあるファミレスにはその残照が僅かな夕焼けを運ぶだけだった。


 その廃墟のようなファミレスの中で、眼鏡をかけた少年――岬は今、殺され掛けていた。

 

 「竜、太くん……ッ」


 どうしてこうなったのか、まったく岬には見当もつかなかった。同じファミレスの中に人が隠れていることくらい考慮に入れておけばよかった。このゲームが血で血を洗う殺し合いなどというのはもう分かりきったことではなかったか。しかし、後悔は先に立たない。首を締めあげられて、気骨が今にもへし折られそうな恐怖が、苦しみが足元よりは這いずってきた。

 力を振り絞って、岬は女に斧で殴られ倒れた竜太をぼやけた視界に収めた。


 竜太は倒れたまま、ピクリとも動かない。あの金髪の頭から一筋の血が流れて、ぽつりぽつりと血溜りを作っている。


 あぁ、また僕は、友達を……


「何か言ったかしら? 命乞い?」


 岬の首を締めあげる女が読唇をして、語り掛けてきた。その声は刀のように鋭く、洋子のように怪しげだった。

 束ねられた艶のある長髪。赤縁のメガネ。そして、オシャレ過ぎない黒の制服。

 口紅は若さを象徴するように赤く色づいていて、OLらしさと厳格さを引き出している。


 どこかの会社の受付にでもいそうないでたちだというのに、紅口白牙の女の右手にはスプラッター映画に出てきそうな鉄斧が握られていた。斧は鋭く鈍色で、窓から入る光を跳ね返して先端が恐ろしく輝いている。

 逆の左手は岬の首を掴んで簡単に体ごと持ち上げていた。こんな筋力をしているなら、あえて斧を持ち出す必要もないだろう。それでも斧を出すことには何か秘密があるのだろうか。

 朦朧とする意識の中、岬は友人を助けるためにこの女狐から逃れる術を考え続けた。

 考えれば考えるほど、力量差を知り、脳へと供給される酸素も次第に薄くなっていく。


 グラグラと頭が揺れるような感覚が襲い掛かってくるが、それでも、岬は友人を助けたかった。


「そうね。あの人の下に連れていくのも、ここで殺すのも、どちらでも良かったけど。でも、私が持っていけそうなの体力的に考えて一人だけなのよね。だから、あなたは殺さずに持っていくわ」


 女の手に力が籠められる。

 岬の両手は斧で切り裂かれ、捥げてはいないものの力を込めることはできず、女の手を振りほどくことはできなかった。


「あがッ……たす、けないと……遼、くん……ッ!」


 より強く首を圧迫されたことにより、視界がチカチカと白く明滅する。

 白亜に溶ける視界の中に友人の幻想を岬は見ていた。死の恐怖を感じると、脳裏に刻印されたあの日の光景が岬にトラウマとして何度も襲い掛かってくる。

 そのトラウマに苛まれ、とうとう岬は理性を失った。


 だがその間にも手を緩めることなく、女は首を締めあげていく。


「気道を締めずに血管を圧迫する……チョーキングゲームっていう知ってる? 私は別に見たことも受けたこともなかったけど、ニュースで見たのよね。子供の間で流行ってた罰ゲームで首を絞めるっていう何が面白いのか分からない危険な遊び」


 女は悠長に続ける。

 理性の絶えた抜け殻は女の唇をジッと見つめるが、意味を理解できずにいた。


「それのせいで重体になった子のニュースがやってたのをちょうど今思い出した。朝から暗い話題出してんじゃないわよ、って気分が悪かったから覚えてたのかもしれないわね。ニュースに出てた専門家の話だと脳が三分以上酸素不足になったら脳死になる可能性が出てくるらしいの。呼吸が止まるからってのも一因かもしれないけど、一番に危険なのは血流が止まるところ」


「血が止まると酸素も必要な養分も阻害されて、脳みそがダメージを負うのよ。だから――死ぬ。まぁ、私は殺すわけには行かないから、そんなに長くはやらない。どう? 気絶しそう?」


 女は岬の意識レベルの低下を観察しながら、淡々と話した。

 岬の顔は白くなり、だんだん腕にこもっていた最後の力が消えていった。


 まだ死にたくない。

 もう死にたい。

 謝りたい。

 許されたい。

 許さないで。

 

 メリーゴーランドのようにトラウマと死の恐怖が岬の中で混ざっていく。意識の狭間にて、何度も声にならない謝罪を岬は繰り返した。


「――その人から手を離して!」


 走って現れた小さな人影。

 小日向と別れた少年が女の凶行に待ったをかけたのだった。


 女は乱入してきた少年を別段警戒するでもなく、首だけ回して睨んだ。


「あら? お仲間、まだいたのね。でもいいタイミングだわ。ポイントの稼ぎ時」


 女は蛇のように舌なめずりをして、少年を見据える。

 少年はその威圧的な雰囲気に慄き、小日向とも遼とも違う恐怖を感じ取った。

 高圧的なオーラは狩人が兎に向けて矢の狙いを澄ます時の静かで、それでいて精密なものだ。


「岬……はっ、竜太!? 大丈夫!?」


 少年が視線を向けた先に竜太が倒れていた。その光景が遼が死んだ時と重なって背骨を凍らされたような錯覚を起こす。

 自分を虐めた人間が死ねば、本来ならざまあない、とでも思うところだろうが少年はそんな風には思えなかった。

 

 余計にこの惨状が少年の心を暗く浸食していく。

 無垢の少年が少しずつ人の業に染まっていく。少年の中で何か熱い気持ちが萌芽して、心象の殻に罅を入れた。


「遅い遅い、お友達は皆死にかけよ。お前が来るのが遅かったから、蝉みたいに惨めに死んでいくの」


 斧を振って少年に向け、女は口端を歪めて嘲った。

 斧の金星のような輝きが少年を射殺す矢じりのように少年のことを狙っている。それを見ていると喉の奥が刃物で突かれたように痛んだ。女の魔性のような迫力に気圧されたのもあったが、何よりも女の言うことは確かに本当だったからだ。

 

 拳をぎりぎりと握りしめて、少年は自分の無力さをまた違う形で感じた。だが、虐げられ続けたあの時の『逃げたい』気持ちとは違った。例え出会って間もない関係であっても、それでもここで虐げられるものをただただみているだけでは少年を救ってくれたあの漆黒の神とは真逆のことをしてしまうことになる。それは『正義』ではない。それは少年が初めて知った『ありがたい』ことに反する。


 少年は女を強く睨み返した。


「お前は何をしに来たのかしらね? 私に殺されるためにきてくれたの?」


 最初に遼と竜太に暴行された時には怒りが湧くよりも、ただ生きたいという感情だけが少年の中に噴出していた。だから、この誰かを助けたいという怒りはこの世界に来てから初めて生まれた怒りだった。


「……違う。僕は、最初に助けてもらった。だから、今度は僕が助けるんだ! それが僕の知る『正義』だから!」


「正義、ねぇ。私が悪人みたいだけど、この世界においては私のやっていることは正攻法。こうしなければ、元の場所には帰れないんだから、そうするのが自然なことなのよ。あなただってそうでしょ」


 ファミレスに流れていた静穏な空気が一気に剥がれ、殺意と憤怒の混じる修羅場に転じる。

 

 女は縊り殺そうとしていた岬を投げ捨てて、少年に一歩歩み寄ろうとする。

 その一歩が少年との溝を無理やりに埋める。主張の違いも、正義の違いもあって、その歩み寄りはとてつもない摩擦を伴って二者間に軋轢を生み出していた。小生意気な餓鬼をいつ殺してやろうかという、虎視眈々とした狐の謀略がその眼鏡の奥から暗黒色に漏れ出している様だった。


「それでも、殺さなくても良い道があるかもしれないじゃないか。ここで殺し合うのはあの、クイーンって人の思い通りだ」


「大体の事は自分より上位の者の思い通りなのよ。その思い通りの中を私たちは生きているんだから、今更そこに歯向かおうなんて思いませんわ。ただ、仕事は早く片付けるだけですもの」


 眼鏡の淵に手を掛けて、笑みを貼り付ける。女はまた一歩と近づきその斧が後一歩二歩で斧の一撃を喰らうほどの距離になってしまった。しかし、少年はたじろがない。ここで負けるわけには行かないのだ。今芽生えた正義をここで失ってしまっては今度こそ少年は何を信じればいいのか分からなくなる。

 ただ助けたい。あの時の痛みを思い出す。あの時その痛みから解放された時のことを思いだす。だからそれが少年の人を助ける『動機』だった。


 ファミレスの陽光が刺すようで痛い。背後の方からは鍔迫り合いの音が遠雷のように聞こえてくる。戦いはきっと、避けられない。少年はそんな覚悟を決めた。


「あなたは人にされるがままだ。好きも、嫌いも、あなたじゃない人が決めるの? 決められていいの? そんなの自分じゃないでしょ!」


 少年は初めて、心の底からの言葉を吐いた。

 女の顔が苛立ちに歪み、図星を突かれたかのように歯がゆそうに口を開きかける。

 自身がヒステリック染みた精神異常を引き起こしていたことを少しずつ気づいていた。自身の手で首を絞めた少年の感覚、斧にこびりつく人の頭を殴った感覚。


 どれも社会人として働き、細々と小説を書いていたはずの自分には縁遠い感覚であるはずだった。


 それが、もう。流しても消えない血痕のように手にこびりついて離れない。


 だが、それがなんだ。自分の行いが誰かに間違いだと非難されることは分かっている。それでも、ただ茫然と何も考えられない茹だったカエルのように立ち尽くして、いつ殺されるか分からない恐怖に飲まれることこそ、馬鹿らしいことだ。死にたくなければ、殺すしかなかった。それを今更。たかだか餓鬼一人にそれらしいことを言われて、自分を曲げる自分じゃない。

 生きやすいように生きて何が悪いか、例え外道であっても道があるならそこを突き進むことがどうして咎められようか。

 女にも女の想いがある。女にも後悔はありつつも覚悟があった。


「……それが何? 今多くの人に示されているゴール条件は他人を殺してポイントを得ろ、よ。私が別の方法を模索している間にも、周囲では殺し合いが起こる。殺し合いが進んでいけば、いずれ大量のポイントを略奪した殺人鬼が出てくる」


「そいつが大人しく元の世界に帰ることを選択してくれればいいけど、殺すことに慣れてしまった奴がまともな選択ができなかったら? 私達は新たな方法を探している間に羊みたいに殺されるのよ。私は丸腰でそんな奴に抵抗する間もなく殺されたくはない。だから――殺すのよ」


 その宣言には確かに女の本音が含まれていたが、それは不純物と判断されるほどに矮小で、大半は自分を正当化するための洗脳演説に過ぎなかった。正気に戻って、罪悪感に苛まれるからこそもう立ち止まることはできないのだ。握った斧に誓うように、ハッキリと『殺す』と言い切って己を乱すように律した。

 

 少年は納得できなかったが、否定もできなかった。


「あなたが誰かを恐れるなら、その誰かを恐れない誰かを頼ればいい。小日向ならきっと、あなたを助けてくれると思うし」


 怒りを堪えて自分にこのできる限りの説得を女に浴びせた。

 自ら狂気に逃避してしまった女にはもう届かないが。


「そうね――誰かを頼る。その一点において僕ちゃんと私は同じ結論に達せたみたい」


「でも、その小日向という人物を私は頼らない。僕ちゃんの純粋さを鑑みれば嘘はついてなさそうだけど、その小日向という人物自体がどうかまでは私の知るところではないわ。私が頼るのは別の人、頼るためには何人かの生贄が必要なのよ。だからこの子をもらっていくの」


「そんなことに意味はない。例えそれで救われても次はあなたが生贄になるだけだよ。あなたは救われない!」


「……無駄話をし過ぎてしまったわ。次は僕ちゃんの番よ」


「あぁ、説得できなかったのなら確かに無駄だね。意味はなかったと思うと悲しい。残念だけど、あなたの計画は没になる。岬も、竜太も――そして、僕も。生贄にはならない」


「そう。じゃあ、大人しく失神しなさいッ!」


 斧を使って女は重々しい斬撃を放つ。


 鈍色の一撃を振り下ろされても、少年は一歩たりとも引き下がったりしない。

 寧ろ前に一歩出た。


 女の荒み切った精神をその翡翠のように鮮やかな双眸で射貫き、覚悟で圧倒する。

 少年は女の剛力で放たれた一撃を右腕を盾代わりにして受ける。


「う、嘘ッ!? 躱さない、ですってッ!?」


 女はまさかのことに思考が激しく乱れた。

 しかし、少年の右腕に斧は深々と刺さり、血潮が自身の顔に飛ぶ。

 

 手に張り付く生きてる肉を切り裂く感覚と顔に着いた生温い鉄臭さが女の意識を吹き飛ばした。

 見ると少年の顔が脂汗が出るまでにゆがんでいる。痛くないから受けたとか、そんなご都合的なことはなく、少年は脳が受け取れる限り全ての激痛をその腕から受け取った。


「これは……ッ、あぁ、確かに痛いけどッ、遼みたいに千切れてないから大丈夫ッ! ――歯を食いしばって!」


 これが少年の狙っていた好機だったのだ。

 痛みにゆがみながらも、力強く踏ん張り、胸部を大きくひねってバネのように負荷を掛ける。

 少年は残った左腕に怒り、痛み、ありったけの勇気を込めて目と鼻の先にまできた女の顔に向けて拳を振るった。


 その一撃は文字通りありったけで、全身全霊。

 女はそれを避けるだけの思考が未だに纏まらず固まったまま、その拳を見つめ続け――


「カハッ……!!!」


 顔面の骨を砕かれるように斧女はぶっ飛んだ。

 少年の子供じみたパワーでも女は不意を突かれてしまったのだ。


「痛……ッ、どうだ? 僕のパンチはッ、それなりに痛かった? 腕がこんなになっちゃった僕よりは痛くない、から我慢してよ」


 少年は枝が裂かれるように千切れかけの右腕を左手で抑えながら、女には目もくれず岬の方に寄る。ジッとその顔を覗き込み、呼吸を確認し安堵を覚えた。その背後で女がゆっくりと這い上がろうとする。ボックス席の壁を背にして、ゾンビのようにガクリガクリと立ち上がろうとした。

 まだダメージは残っているらしく、今すぐに戦える状態ではなさそうだ。


「こ、この……こともあろうに、顔面を殴ったわねェ!」


 赤く腫れ、鼻血の垂れる女の顔は、神も振り乱していること重なって鬼女のようであった。

 斧を赤く光らせてとびかかろうとする魂胆が見えるが、まだ壁に手をかけていないと倒れそうなのか、壁によりかかったままだ。


「躱さなかったこと、予想外だったんだね」


「は……?」


「当てるはずで振り下ろすつもりじゃなかったんだよ。そうじゃなきゃ、僕なんて一瞬で八つ裂きにされちゃう。だから、あなたの殺意は――無意味だ」


 意味。

 少年の求めるところはそれだった。

 

 無意味と言われ、女は力なく笑う。それはもう空元気に近かった。


「はは、子供に分かったような口きかれるのが一番腹立つわね。今の一撃は初見でしか使えないでしょ。顔を殴られて、ふらっとはしたけど、私を止めるほどじゃないわ。そして、あなたに言われて決心がついた、自分で人を殺す決心がね」


 女は顔に手を当てて、その指の隙間から赤く染まった眼光を走らせる。

 けれどもう少年は怯えも、怒りもしない。

 今度はただ少年として、あざとく可愛げのあるように言うのだ


「そう――けど、もう僕にはあなたの相手はできないや。だって僕じゃあなたには『勝て』ないのだから。でも、それでいいと思うんだ。僕は戦士でも、兵士でもなく――ただの少年だから」


「誰にバトンタッチするのかは知らないけど、代わる前にお前をたたき割ってやるわ!」


 女は背を壁から離れ、とうとう独りでに歩き出す。斧を肩より上にあげて、今に地を這う二匹の小動物の臓物を引きずり出そうとする。

 少年は腕の痛みを必死に我慢しながら、眠るように動かない岬に語り掛ける。

 腕から滴る血が大きく赤い湖を描きながら。


「遼が――遼が殺された。岬、君を助けられる人間はもういないんだ。だから、この時はあなたがどうにかするしかない」


 少年はそれだけ告げると、岬から離れるようにもう一度立ち上がった。

 これでだめなら少年はもう本当の意味で万策が尽き、大人しくあの凶刃に掛かるしかなかった。


 ――だが、岬は目を開いた。


 涙に濡れた心細そうな、安らかな、或いはもっとも苦痛と悲哀に満ちた顔をして。


「…………あぁ、意地悪な子だね。もう二度と遼を死なせたくなかったのに」


 女がその意味を理解するよりも前に少年が最後の激励を送る。


「あなたが必要だ。僕にも、彼にも」


 岬は少年の言葉を受けて起き上がった。

 そして壁に手を触れて、祈るように念じる。


「もう、いちど……遼!」


 岬がそう言って最後の力を振り絞って壁に触れるとそこが水面のように波立った。その現象を見た女が驚き、斧をむけるよりも速く、拳が壁の中からカーブを描いて、女の側頭部にクリーンヒットしたのだった。


 ゴンッ!!


「何ッ! ぐあッ!?」


 女の体が車に跳ね飛ばされたかのように強く吹っ飛び、岬を掴んでいた手も離された。


 それを見たのか、感じ取ったのか、壁から生えた腕は「きまった!」と言いたげに親指を立てて盛り込むようにガッツポーズまでした。


 過剰なリアクションには見覚えがある。

 袖までしか見えないシャツにも見覚えがある。


 少年は腕を慎重に見続けて、有りえないその正体を知ることとなる。


 やがてゆっくりと波立つ壁から現れたのは――菊山 遼、その人だった。


「一撃必殺! 菊山遼、大・登・場!」


 歌舞伎の見得を切るように大げさなポージングと何時から考えていたか分からない登場台詞を決めて、死んだはずの金髪ヤンキーは五体満足、刀で真っ二つに斬られたのが嘘のように生き返っていた。


 少年は呆気に取られて開いた口が塞がらず、目を大きく見開いた。


「げほっげほっ……」


 首を絞められ続けていた岬は咳き込んだ。

 何故か生き返った遼のおかげで拘束は解かれ、小さく丸まるような形になったまま大きく息を吸ったり吐いたりして酸素を新しく循環させる。

 傍では能天気に遼が自分の頭を何度か叩いて自分を点検するような素振りを見せる。


「おいおいちょっと前のことが思い出せねぇってことは、もしかして俺死んじまったのかよ。うわ、こんな素朴な奴に負けるとかちょっと俺らしくなさすぎね?」


 容赦なく殴り飛ばした女を見下しながらそう言った。

 事実としてはOLのような彼女ではなく、メイドのような和風剣士のようなよくわからない存在に斬られたわけだが。めんどくさくなるので説明は割愛された。


「りょ、遼っ!?」


 少年はやっと現状を理解して、奇跡のような実体に言葉を何度も突っ返させた。遼ににじり寄っては腹をペタペタと軽く触るも、人間の熱の籠った腹がちゃんと存在している。

 遼はそれを払うでもなく、首を傾げてまるで少年のことを検分するようにジロジロと見る。


「え? 誰だコイツ、コイツも敵か?」


「違うよ。この子は僕らの味方で、あの人が僕らの敵」


 立ち上がった岬は遼の冗談を否定し、少年を肯定した。


「あーね、なるほど完全に理解した! よろしくな、坊主!」


 満面の笑みを浮かべて愛想よく言われるものだから、少年は鳥肌を立てた。

 自分に対して「よろしく」だなんて気さくに挨拶をしてくる遼に若干の気持ち悪さを覚えた。だって、彼で思いだせる記憶なんて全て暴力と罵言と冷酷なまでにあっけらかんとした態度だったのだから。


「な、中身は全然変わってないのに、なんで僕のこと忘れてるの? ていうかどうやって蘇ったの? やっぱりゾンビなんじゃ」


 ゾンビではない。決して。


 しかし、スリラーか何かかと思いたくなるほど目の前で死人が再登場するというのは不可思議極まりないものなのだ。

 ましてや、記憶を失った少年としては自身の無意識の常識すら疑わねばならない大事件。もしかしたら、マトリックスか何かかもと少年が知らないはずの映画の題名(タイトル)を思い出してきた辺りで岬が答えた。


「えーっと、遼も竜太も、僕のスキルから出現してるんだ……僕の日記からね。だから、僕はいつも助けられてるよ」


 つまりは岬の日記がスキルの元となっているということか?

 そして、それがスキルとしての性質として遼や竜太を出現させていると?


 少年は意外にも勘と理解力が良かった。おおむね少年の予想通りであり、岬の【亡き友人に送る幻想日記】は友人である遼と竜太という登場人物(キャラクター)を召喚するスキルだった。


「おい! 竜太! いつまでそんなとこで寝転んでんだよ! ファミレスで昼寝すんなよ!」


 遼は気絶していた竜太を軽く足蹴にして転がす。


「……イッテェ、寝てないし、うざい。あの女許さない」


 頭を押さえながら気絶していた竜太が起き上がって遼の腹に一発拳を入れる。それを効いていないようにふるまい、遼はニヤリと笑って斧を持った女の方を見た。


 既に起き上がっていた女は形勢が崩れていくことに少なからず危機を覚えていた。四人を纏めてあの人の供物にするには一人で運ぶには遼が多いからだ。


「おぉ、それは賛成! 復活開け早々、一人ぶっ殺すか!」


 拳同士を打ち付けてエンジン全開で戦闘スイッチをバッチリオンにする遼。二度目の生でもその荒くれてる感じは健在だった。


「小説を読み、そして書くスキル。僕にもあったただ一つだけの物語。お姉さんの小説は全部読ませてもらったよ。小説にスキルが依存する世界でなら、僕のスキルもちょっとは役に立つかもしれない」


 女は勝つことよりもどうやったらより多くの利潤が発生するかという思考でいたがために足元をすくわれた。

 しかし、深手は負っていない。致命傷にも至らない。それならまだやりようどころか、チャンスだ。ベラベラと気前よくスキルの全容まで語ってくれたのだ。

 勝てる。ゴリ圧せる。


「ペッ……形勢逆転、だなんて思わないでちょうだいね。ただの油断よ。今度は子供相手でももっと大人げなく行くわ」


 口端に漏れた血を吐き捨てて、女はもう一度立ち上がり、斧を構える。

 

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