メイド・オブ・メアリー・スー
「んふ……ん、ぷはっ! あーはははっははは! なんだこの女!? あははっはー!」
メイド少女のピタゴラスイッチのような大転倒ぶりに遼は笑いすぎて半分過呼吸になりながらテーブルをバシバシと叩く。
しばらくもせずに轟沈したメイド少女が金糸束の如き髪を掻き分けながらよろよろと二足歩行ならぬ、二足立ちをした。
そして、従者とはかけ離れた宝玉の美顔を面に上げ、誇張しきった悲痛な嘆きを唱える。
「いった~い!」
目じりに幼児のように握りしめた拳を持ってきて、滑稽なことに泣きまねである。
「か弱い乙女が天から、もとい店外から降ってきたというのに出迎えの挨拶は角砂糖!? 不思議の国のアリスよりもラピュタ的な扱いをしてくださいよ! 親方空からメイドコスのAPP18億ぐらいありそうな少女がーって! もう!」
唖然。
フルドライブのハイテンション。温度差でできた壁に少年たちは四苦八苦と思考を巡らせるが、すぐに真面目に相手していい相手ではないと決定したのであった。
「メイク台無しなんでお色直しの時間を要求しまーす! あ、時間はそんなにかからないんで、プリキュアの変身シーンみたいなもんだから!」
顔に着いたチーズを手でメイドとは思えぬ粗雑さでこそぎ取り、パッパッとコスプレ衣装となり果てたメイド服を適当に払った。
メイド少女は意外なことに申告通りAPP18(億)と本当に思ってしまいそうな美人顔。
街角でふと出くわした時にはしばらく目に追ってしまうような印象だった。
メイド服は多くの人がイメージする白と黒を基調とした清潔感と貞淑さを兼ね備えたものでありながら、膝上にかからないくらい短く、少女の天真爛漫さもあってメイドらしさは全くなかった。
「君は一体何なんだね? あまり近寄るんじゃないぞ、私の苦手とする人種だ……ギャルは君の方が得意だろう? 適材適所、相手しといてくれ」
「これが得意なやついるんか……?」
眩暈がすると言いたげに目元を抑えて小日向は視界にメイド少女を映さないようにした。サイケデリックカラーというわけじゃないのに、このメイドは少年の目から見ていても目をそむけたくなる派手さがある。
「誰がギャルじゃい! どー見ても、愛くるしい美少女メイドでしょうが!」
派手さ。というより姦しさ。
誇張されたコミックのように一言一言に刺々しい吹き出しが枠とられ、三色スポットライトと様々なSEが彼女の一挙手一投足全てを飾り立てているようなそんな錯覚さえ起こしそうだ。
「愛くるしいっつーか、息苦しいっつーか。てか、誰だし」
「はぁ? 自己紹介を邪魔したのはあんたらでしょ! まぁ、ご所望ならもう一度しますよ。んっん、それでは改めてリテイク。私はナイ・アルーラ!」
「気軽にナイちゃんと呼んでくださいね?」
「一度も呼ぶこと無さそーだな」
「私も呼ばす気は到底ありませんけど! 私の狩りを邪魔することそれ即ち悪。属性的に正義よりのナイちゃんは悪は切らねばなりません! デッドオアダイ! ハラキリ・オア・ウチクビ!」
眩暈のしそうな程意味不明という添加物が盛り付けられたハイテンションな怪文に頭を抱えたくなる。
「日本語で話せや、電波メイド。脳みそマインスイーパーか?」
「誰がマインスイーパーか! 初対面の人にずけずけ言うだなんてマナーがなってないんじゃないかしら?」
「店の中に窓から入ってくるのも、どうなの?」
遼に変わって少年はごく自然に思ったことを口にした。別段煽るつもりも攻めるつもりもなかったのだが、捻じれたメイド少女には正論がよく効いたらしく返答は軽く感動詞でごまかした。
「わー☆ 自分より圧倒的に年下な少年から正論を投げられてしまったわ! ッチィ! 言葉による争いは醜いし、ここは平和的に暴力で虐殺しやすわよ!」
首を傾けて今にも縊り殺さんとする毒を孕んだサービススマイルを張り付けてメイドは少年をターゲットロックオンする。
遼や竜太の放つ熱のある殺意ではなく、命を包み込むように展開される帳のようなソレに少年は身じろぎ一つできなかった。
殺意に衣装が呼応する。
メイド服の裾が膨らんで透明な瘴気を吐き出すように、或いは服が生きているように収縮を繰り返す。
「毒電波ババアに殺されてやる命はねーよ。そこの土留色は俺が殺す。でもってそっちのガキも必要とあらば俺が殺す。つまり予約は満杯ってこった! 一昨日来やがれ!」
遼はボクシング選手が入場するときのように闘志を宿して席を立つ。メイド少女も距離を取るように数歩下がる。それで開いた距離は丁度五メートルくらい。恋人のように目と目を合わせて見つめ合う。
出てくる言葉は愛の告白とはかけ離れたものであるが。
「失礼なパツキンだわ、ババアじゃないんだけど! まだ20代だし! 殺す予約とか、パツキンくん殺しちゃえば予約は無効っしょ。真っ二つにしてあげる」
「お前もパツキンだろうがよ。まぁ、上等だよ。ボコボコに叩っ殺すッ!」
宣誓の如き挑発文句。
そして、すぐに殺し合いは始まった。
一歩。兎の如く。メイドは仁王立ちの不動。
二歩。踏み込みは苛烈に。しかし狙いは純粋ではない。タイミングを見計らって、腕を伸ばして空席のテーブル端に置かれた小物をぶんどる。
三歩、即座に取ったものをメイドに投げつける。胡椒と塩のビンが剛速球の如く舞ったかと思ったらば、メイド少女はそれから身を守るように腕で顔をガードした。
着弾。腕に粉が飛び散る。煙幕にしては足りなくとも、一瞬視界を奪うことはできた。
戦いは刹那の勝負。遼は首めがけて鋭く細めた手刀で突く。
「貰ったッ!」
だが、それよりも速く。メイドが動いた。否。刀をとった。かわいさの欠片もない。冗談の欠片もない。
真剣。
鏡の如く輝く長刀身をどこに隠していたのか?
答えは出ず、不可解であるが遼は臆さない。例え、この身が滅びようとも一人でも多く殺すことに意義があり、それが遼の存在理由の一端を担っている。
遼の突きは止まらずも、メイド少女は刀を振り上げて、小説家らしく詠んだ。
「我が手に宿るは江戸の華。我が刀に宿るは誇大の運命――妄刀夢国」
はらり。
葉が落ちるように儚く弱い横一閃。しかし、少女の首元に迫った手刀は逸れて、崩れ落ちる。天真爛漫なだけでなし、まるで別人が出てきたように少女の瞳は明鏡止水、揺れることすらなかった。
「かはっ……!?」
一太刀を浴びてしまった遼の腹から血が噴き出る。それだけでなく、表皮の下、縦に筋がある筋肉も、背を支える骨も、全てひっくるめて一刀両断。
ドチャリ。
トマトを斬ったように身の毛のよだつ水音を立てて、遼の体は格好悪い虫のように真っ二つになった。
「弱いくせに弱さを知らなさすぎるんじゃないかしら、あなた」
「遼!?」
少年は戦慄し、遼を混乱した目で見る。
「さん付け、しやがれよ……でこすけ、が」
無惨に両断された遼は少年の方を視ない。見る余力もない。
「あぁ、遼が死んじゃうよ、真っ二つだよ! あぁ、あぁぁぁぁ!」
今の遼は砂時計の砂があとわずかのような状態。砂は全て落ち切り時間は途絶える。それでも最後の、最期の遼は絶望するでも、怒るでも、怖がるでもなく、悲しそうだった。
「ごめ……みさ、き……」
伸ばしたその手の先には何もない。彼にしか見えない砂上の楼閣。それすら失われて、遼は目を閉じて眠るように息絶えた。
「ご臨終です! 私がただのメイドだと思ったら行けませんよ! そりゃあ、もちろんハイパーメイド! 超絶美貌にして千の貌を持つ私がそんな一芸にだけ秀でるタイプなわけないじゃないですか、武芸百般、ジャパニーズカタナくらい使えるんです。あなた方雑魚い人とは違って才能溢れ出るんで~。小説家で、メイドで、剣士で、神なんて、もしかしなくてもナイちゃんって天才なのでは?」
ぐるんぐるんと刀を無邪気に無暗に振り回して、嬉しそうに早口で自分を褒めたたえる。血のついた刀を振れば、ピシャリと線を描いて血が飛ぶがそんなこともお構いなしだ。汚れも、残酷さも、そんなことは彼女の世界では些末な要素でしかない。
己を誇示する、己を着飾る。
メイドの衣装に、名のある刀。
メイド少女は決めポーズをするように小日向の眉間に向けて切先を伸ばした。
「次は――あんたよ」
「少年、こっちは私が引き受ける。未だ帰ってこないあの二人と合流するんだ。『生命感知』は今は使えないから、保証はできないがここで座ってるよりましなはずだ」
「わ、分かった。けど、遼は……もう、ダメなんだね」
「残念だが。死神であれども、完全に機能停止してしまってはもう不可能だ」
少年たちが話している間に、刀を肩より高く構えて腰を落とすナイ。痺れを切らし、二人纏めて掻っ捌こうと踏み込む。
「余所見厳禁、『燃え上がる剣の――
「おっとそこまでだ。こんな手狭なとこでは君も私も実力を発揮しずらいだろう? 遊びは外でやろうじゃないか」
席を立った小日向の手にまたあの黒く恐ろしい大鎌が虚空より抜き出される。
その大鎌を錫杖の如く窓側に向かって振るうと、かまいたちでも受けたように壁は席事吹きとび、戦場への口を開いた。
ズシィァァァァアンッ!!
色づき始めた蒼穹が姿を覗かせる。
突風が舞い込み途端に穴だらけの店内を更に凍えるように冷たくする。
「……ただの黒もやしってわけじゃないんだ~。でも、鎌って! 武器としてどーなの? フツーに刀の方が扱いやすくないかしら? それとも舐めプ?」
「鎌は浪漫武器だ。君は曲線の美的感覚というモノを持っていないのか? 鎌は神話の時代から武器として伝わり、農民たちの叛旗としても歴史の長い荘厳な業物なのだよ。決して舐めているなどではない。私のアイデンティティだ」
「うっわー……ナイちゃん的に無理なめんどくさいタイプのやつじゃん。そんなに鎌が好きなら稲穂刈りでもしてたらどう? 落ち穂拾いくらいなら手伝ってあげるよ?」
「結構……少年ここは私に任せて行きなさい。念入りに詰めさせてもらおう」
「分かった! 小日向も負けないでよ!」
小日向に言われた通り店の奥に消えていく少年。足音の残響がこの店が小日向が思っていたよりも広いことを告げた。
「負けないで……応援されるとはいつぶりのことだろう。言われるまでもないがね」
「むぅ~、貴方みたいなやせっぽっちが応援されて完璧美少女のナイちゃんが無視されるのは非常に遺憾ですよ! 子供人気は常に一番でないと!」
プンプンとこれまた大げさに頬を膨らませる。
しかしその足元には両断された遼の死体と血だまりがあるゆえに、可愛さとグロテスクのコントラストはサイコホラー映画のようだ。
小日向は冷たい溜息を吐いて、ゆっくりと歩みだす。
手練手管に攻撃してきたとしても上からねじ伏せるまで。
有りえないくらい粗暴で乱雑な考えを宿した小日向は勇壮に、風穴ぶち空けた壁に手をかけて言った。
「さて、一応知り合いが殺されてしまった私としては激昂するのがセオリーなのかもしれないが、そこまで思い出深いわけでは無い。それよりも、浪漫を笑ったことを懺悔し、後悔し、そして、絶望してくれ。さりとて私は浪漫の一撃で君を殺す」
「パードゥン?(あんだって?)」
路上戦場、メイドと死神の冷たく狂気的な戦いの蓋棺は斬って落とされた。
ナイ・アルーラ……にゃ、るーら? にゃるらと……いあ!いあ!黒きファラーオ!
さぁどうでしょうかね?(゜レ゜)




