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私は薔薇になりたかった

窓から射し込む朝日に、鳥の鳴き声。


「ディーズ、朝よ、起きて」


微かに百合の匂いがする。

顔に影がかかっているので目を開けると、驚くほど近くにフィラ皇女がいた。

いつの間にか、女らしい曲線を描く体になっている。

だから、あの日から妙に意識してしまうようになった。


「ほら、起きて! いつも早起きなのに、今日は珍しいのね」


夜通し悩んだなんて言えるわけがない。

悩めば悩むほど、気持ちの正体に気づかざるを得なかった。


薔薇の呪縛から解けた俺は、あの人との関係を切った。

俺が有名になったために、存在に気付き、彼女は近づいてきた。

昔、心底好きだった彼女に抗えず、身体の関係を続けていたのだ。

しかし、ようやく俺は彼女とケリをつける力を手に入れた。

過去さえも精算することができ、憑き物が落ちたような気分だった。

それも、フィラのおかげだ。


「おはよう」

「おはよう、ディーズ」




****





父が戦場で首をとられた。

自ら戦場に立ち、士気をあげていたというのに。

軍事国家クラウンは、皇帝を失い戦争に負けた。


「フィラ……、あなたの幸せを望んでいたのに、力ない母でごめんなさいね」


お母様が私を涙ながらに抱きしめる。

敵国ツベルクの要求は第一継承者である私との婚姻。

皇族として覚悟していた私は、やはりと思った。

父の国が吸収されようとしている。

私は、無力だわ。


「お母様、私は大丈夫よ」


私は精一杯微笑んだのに、お母様は泣き崩れてしまった。




「すまない」

「ううん」

「すまない」

「ディーズ、ずっとそればっかり」


彼は私を強く抱きしめて、ずっと謝っていた。


「俺が戦場にいたら、防げていたかもしれない!」

「ディーズ! お願いよ、あなたがそんな調子じゃ、国民は? 政治はどうなるの? お願いだから、お父様の国を守って……」


彼は、また小さくすまないと呟いて、一筋の涙を流した。

男性の涙なのに、綺麗だと思った。

私の手を取り、口づける。


「宰相として、この国のために尽くす。フィラに誓う」

「ありがとう……」


私は、安心して国を去れる。

いずれ、ツベルクとの国交がディーズの力になるだろう。

だから大丈夫。




****




滞っていた決済が、また正常に進められていく。

フィラの嫁入りの準備もだ。


ディーズは書類を処理しながら、脳内では同時に別のことを考えていた。

このままではフィラは他の男のものになってしまう。

どうすればいい。

断ればこの国の扱いは悪化する。

そこでツベルクの資料から、諸外国の資料まで洗いざらい目を通していった。

何か策はないか。何でもいいからと、神に祈る気持ちで探した。




フィラ皇女が嫁入りに出発する当日。

ツベルクの王子が自ら出迎えに来た。

王子を客間に通すと、純白のドレスに着飾ったフィラがいた。

彼女の美しさが見事に引き立っている。


「美しい……! あなたが我が妃になってくださるなんて、とても嬉しく思います」

「残念ながら、そうはいきません」

「宰相? 何を言っている」


ディーズはいつもと変わらぬ笑みを浮かべて、王子に資料を渡した。


「この書類、ごらんください。随分金使いが荒いですね。国庫もだいぶ余裕が無いとか? そこで交渉です。あなたがフィラ皇女を手に入れて、手にするはずだった財を手に入れる手段との取り引きはいかがですか。まずは森林の資源から伝統品を売り出し、国の特産にします。特産品のモデルについて、資料はこちらです。また、こちらは木の資源が不足していますから、そちらも需要があります。我が国が特産品と木を買い取る代わりに、鉄などの資源を買っていただきます。あなたの国が求めていた資源ですよね。そして、どうやらご執心の女性がいるようですね。彼女のいる領地は貧しいために、反対もされたでしょう。ですが、あなたが彼女の領地の森林を活かし、豊かにすることで、そう難しいことではないと思います。さて、いかがですか?」


提案をされているのに、有無を言わさぬものがある。

ツベルクの事情が筒抜けになっていた。


「俺は、フィラもクラウンも諦めない」


強い決意を秘めた目に、王子は脱力した。

今度こそ、好きな女の手を離すものか。


「負けたよ。わたしも、諦められないな」


王子は芯が通ったかのような顔をして、爽やかに笑って帰っていった。

見送ってから、フィラが怒ったように詰め寄る。


「ディーズ! なんて無茶を!」

「無茶ぐらいする。ここで頑張らないと、俺は一生後悔すると思ってたから。俺は、百合が好きだよ。フィラがすぐ思い浮かぶ。妻になってほしい」



あぁ……、一生聞くことが出来ないと思っていた。

何度夢に見たかわからない言葉だ。


好きでもない男に嫁ぐのだと決めて、この気持は墓場までもっていこうと決めていた。

張り詰めていた糸が切れ、ボロボロと涙が溢れる。

涙が止まらない。化粧が崩れてるだろう。


私は彼を好きになってからずっと、彼に相応しい大人の女性になりたかった。

それこそ薔薇のような芳しい女性に。

今は、私は私でよかったと思っている。


「ディーズ! ずっと、あなたが好きだった。私をあなたのお嫁さんにして下さい」

「もちろん」


涙でぐちゃぐちゃの顔に、彼は苦笑して指で涙を拭う。

それでも止まらない涙に目尻にキスを落とす。

慈愛の込められたキスに思わず視線を上げると、彼は優しい笑みを浮かべて顔を寄せてきた。

私は自然とまぶたを閉じ、唇を重ね合わせた。

幸せで、また泣きたくなった。





軍事国家クラウン。

国を守るために、軍という力を巨大化させた国。

鉄などの資源が豊富で、武器の加工生産は大陸一だろう。

大国ツベルクとの確かな親交を手にし、国益はより豊かなものになる。

その時代の皇帝はフィラ・クラウン。

彼女の夫として公私ともに支えたのは、ディーズ・クラウン。宰相だった。

彼女らの子が、また物語を紡いでいく。

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