第二十章 第一話 古い茶封筒
休日の午前中、俺は自分の借りている六畳一間のアパートの部屋で、溜まっていた洗濯物を片付け、床の掃除を済ませていた。
一息ついて湯呑みを手に取ったところで、机の上の携帯電話が音を立てて震え出した。画面を見ると、バー『蜘蛛の巣』のママからの着信だった。
「もしもし、探偵さん? 休みの日にごめんなさいね。実は、うちの常連で近くの古いアパートの大家をやっている大河原さんという人が、人探しのことで探偵に相談したいって言っているのよ。今日の夕方、大河原さんのアパートの管理室まで顔を出せるかしら?」
ママからの打診に対し、俺は夕方の時間帯であれば問題ないと答え、面会の約束を交わして電話を切った。
約束の時間が近づき、俺は上着を羽織ってアパートを出た。
指定された古びた木造二階建てのアパートに到着し、一階の隅にある管理室のドアを叩くと、作業着を着た六十代ほどの頑固そうな男が、古びた茶封筒をテーブルの上に置いたまま待っていた。俺は大家の大河原さんに促されてパイプ椅子に腰を下ろし、詳しい話を聞くことにした。
「黒崎さん、急に呼び出してすまないな。実は、うちの部屋に住んでいた宮本勝利という八十六歳の爺さんが、数日前に部屋で孤独死したんだ。身寄りもなくてな、遺品を整理していたら、この封のしていない茶封筒が出てきたんだよ」
大河原さんは、テーブルの上に置かれていた茶封筒を俺の方へと差し出してきた。
「中には短い手紙と、見たこともない外国の金貨が1枚入っていた。宛名には『芳江』という名前だけが書かれていたんだ。俺もあまり金は出せないんだが、宮本さんの最期の遺品だ、何とかその芳江さんという人を探し出して、これを直接渡してやってほしいんだよ」
俺は大河原さんの許可を得て、封の開いた茶封筒の中身をその場で確認した。
中から出てきたのは、ヨレヨレの便箋に書かれた短い謝罪の言葉だった。工程を経て、ずっしりとした金属の重みを指先に伝える、一枚の古い金貨が姿を現した。
(アメリカのイーグル金貨……重量は1オンス、約31グラムか)
手のひらに載せると、その小さな見た目からは想像もつかないほどの確かな重厚感が伝ってくる。現在の価値にすればおよそ三十万円ほどの純金コインだ。
俺は金貨を封筒に戻すと、大河原さんを見つめて口を開いた。
「大河原さん。調査はしますが、だいぶ以前のことみたいだし絶対に見つかるとは断言できませんがそれでいいですか?」
大河原さんは頷いて、
「ああ、分かっている。昔のことは俺には分からんが、とにかく宮本さんの最期の荷物を届けてやりたいだけんだ。頼む」
「分かりました。では、その条件で調査を引き受けます」
方針が決まったところで、大河原さんに挨拶をしてアパートの管理室を出た。手帳には『宮本勝利(86)』と、探すべき『芳江』の名前を書き留めてある。
アパートの敷地を出て、薄暗くなり始めた道を歩きながら、俺はぽつりと独り言をこぼした。
「こうゆう金にならない依頼は、俺みたいな趣味でやってる探偵じゃなければ受けられないものな」
若き日の約束と、老いて残された一枚の金貨。芳江という名前は、現在は別の男性と結婚して姓が変わっている可能性が高い。俺は、二人がかつて暮らしていたという横須賀の米軍基地周辺へ向けて、最初の手がかりを掴むための具体的な手順を頭の中で組み立てるのだった。




