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第十九章 第三話 元妻の主張

俺は、二人目の夫だった矢野泰造さんの元妻に会うため、指定された喫茶店へと足を運んだ。


席に着くなり、元妻は激しい口調で、矢野みどりさんへの罵詈雑言を並べ立て始めた。


「あのみどりって女はね、私たちの平穏だった家庭に金目当てで踏み込んできて、夫を奪ったのよ! あんな毒婦、絶対に許せないわ!」


彼女はみどりさんへの敵意を剥き出しにして捲し立てたが、俺はその話をノートに書き留めながら、ある違和感を覚えていた。これだけ金目当てだと騒ぎ立てる割に、近隣の噂で出ていた「保険金を巡る泥沼のトラブル」の件には、なぜか自分からは一切触れようとしないのだ。その不自然な沈黙が、俺の頭の中に引っかかりとして残った。


昨日訪ねた一人目の夫、佐藤健一さんの実家でも、俺は理由の分からない引っかかりを覚えていた。もう何年も経っているのに、大げさに涙を流し、ことさら感謝の言葉を重ねる両親の態度が、どこか嘘くさく感じられたのだ。


二つの異なる違和感を抱えたまま、俺はみどりさんの過去の足跡を調べるため、かつて彼女が働いていたという横浜の夜の街の酒場へと足を伸ばした。


カウンターの向こうで当時を知る人物からいくつかの話を聞くうちに、今回の背景がぼんやり見えてきた気がした。


得られた情報は二つあった。一つは、一人目の夫の闘病当時、その実家側は「もう長く持たない息子に金はかけられない」とみどりさんからの治療費の援助要請を冷たく突っぱねていたという事実。

もう一つは、二人目の夫の元妻が、みどりさんと夫が出会うよりもずっと前から、ダンス教室の若い講師と不倫をしてドロドロの離婚話になっていたという事実だった。


実家の両親の過剰な涙は、長く持たない息子を冷酷に突き放した過去の罪悪感を隠すためだったのではないか。底冷えするような人間のエゴが、情報の隙間から覗いているようだった。


俺はそれらの証言の裏付けを取るため、酒場で聞いたダンス教室へと向かい、若い講師の男の元へと赴いた。

突然の訪問に男はひどく嫌そうな顔を隠そうともせず、面倒くさそうにこちらをあしらうように口を開いた。


「お互い遊びだったのに、僕とのことがバレて、離婚するしないで結構長い間もめたらしいけど結局あの奥さん無一文で追い出されたら、今度は僕に責任とれとか言い出してさ、本当しつこくてまいったよ」


悪びれもせずにおどける男の態度から分かったのは、元妻の言う「平穏な家庭」などとっくに崩壊しており、みどりさんと出会う前からすでに不貞行為による離婚話が出ていたという事実だけだった。


俺は一度思考を巡らせた。


(まず、一人目の健一さんの時だ。実家の人間は長く持たない息子に金をかけないと突っぱねた。看病に疲れた実家側が、早く終わらせるために手を下した可能性はないだろうか。……そして、二人目の泰造さんの事故は、自分の浮気が原因の離婚で一銭も貰えずに追い出された元妻が、元夫の再婚生活への激しい嫉妬と逆恨みから、何らかの関与が有った可能性も出て来る)


みどりさんが犯人だという世間の噂の裏側で、実家側の犯行、あるいは元妻側の犯行という、別の可能性も出て来る。


だが、いずれの死亡事案も、警察や保険会社が客観的な調査の末に事件性を否定しているのも事実だった。

俺は手帳に集まったバラバラの証言をじっと見つめ、情報の霧の奥にある本当の着地点を見極めるため、全てのデータを整理し直すのだった。


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