第十九章 第二話 託児所の夕暮れ
翌日、俺は口佐賀さんから、団地内で集まった主婦たちの噂話をまとめたメモを受け取った。
実際に子供を預けている親からは「よく面倒を見てもらっている」という好意的な証言もある。だが、それ以上に目立つのは、保険金殺人の噂を心配している親たちの動揺や、当事者ではないのに面白がって騒ぎ立てている関係のない人間の雑音だった。水商売上がりで金に汚いという偏見が、話を大きくしているようだった。
送り迎えの時間帯に合わせて、俺は矢野みどりさんの経営する託児所へと向かった。
夕暮れ時の託児所を、俺は周囲の目を惹かない場所からじっくりと観察した。
大きな窓の向こうでは、見た目や化粧が少し派手な矢野みどりさんが、実に手際よく子供たちの世話をこなしていた。預けられている子供たちは、屈託のない笑顔で彼女に懐いており、室内には明るい笑い声が響いている。親たちが迎えに来た際も、みどりさんは一人ひとりの様子を丁寧に伝えていた。
託児所の現状を確認した俺は、次の目的地である、一人目の夫だった佐藤健一さんの実家へと足を運んだ。
出迎えてくれた健一さんの両親は、訪問の目的を告げると、リビングのソファで当時の思い出を語り始めた。
「健一はもともと病弱な子で、結婚してすぐに病気が悪化してしまったんです。みどりさんは、あの子の闘病を本当に身を粉にして支えてくれました。苦労ばかりさせてしまって、私たちはあの子に本当に感謝しているんです」
母親は目元をハンカチで拭い、父親も深く頷きながら涙を流していた。
だが、彼らの言葉をノートに書き留めながら、俺の胸の中に理由の分からない引っかかりが生まれた。
もう何年も経っているのに、大げさに涙を流し、ことさら感謝の言葉を重ねる両親の態度に、どこか不自然な過剰さを感じたのだ。息子を想う親の涙にしては、何かが嘘くさく感じられた。
(感謝していると言いながら、彼女が一人で多額の治療費の借金を背負って夜の街で苦労していた時、この実家は何をしていたんだろうか)
その違和感を残したまま次に、みどりさんの過去の足跡を調べるため、夜の街へと向かう準備を始めるのだった。




