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第二章 第三話 蜘蛛の巣の逆襲、あるいはすべてはでかさの中に

気の弱い俺一人では、和歌山の頑固親父を説得するなんて逆立ちしても不可能だ。だが、俺にはこの場末の街で培ったインテリジェンス(人脈)がある。


「――というわけなんです、ママ、マキちゃん」


店のボックス席で事情を説明すると、これまでどこか諦め顔だったマキちゃんの瞳に、小さな炎が灯った。


『お母さん、やっぱり私のために泣いてくれてたんだ……。私、もう一度お母さんと話してみる!』


マキちゃんはすぐに和歌山の実母の携帯へと電話をかけた。

スピーカーフォンから聞こえてくるお母様の声は、娘の無事を知してボロ泣きだった。だが、マキちゃんが「キモオタとの強制婚約は絶対に嫌だ」と涙ながらに訴えた瞬間、受話器の向こうの実母の空気がガラリと変わった。


『……分かりました。お父さんには、もう私からもハッキリと言います!』


実の母親が、娘のために長年の沈黙を破り、ついに覚醒した瞬間だった。

さらにそこへ、腕組みをして話を聞いていたスナックのママが、恐ろしい笑顔でマキちゃんのスマートフォンをひったくった。


「ちょっとお母さん、今そっちにその頑固親父いる!? いるわね。そのままスピーカーにして旦那に代わりなさい!」


ここからは、まさに地獄の修羅場だった。


実家では覚醒した実母が「あなたが勝手に決めた婚約のせいで、娘がどれだけ苦しんだか分かっているのですか!」と、長年の不満を爆発させて父親を怒鳴りつけ、電話越しではスナックのママの、ドスの利いたハスキーボイスによる猛烈なマシンガン説教が炸裂する。


「おい和歌山の親父! あんた自分の娘をなんだと思ってるんだい! 高校生になったばかりの可愛い娘を、十歳も上の男に生贄みたいに差し出すなんて、恥を知りなさいよ恥を! これ以上マキちゃんを苦しめるなら、私が和歌山まで乗り込んであんたの頭カチ割ってやるからね!!」


ひぃぃぃぃぃっ……!!

あまりの恐怖に、俺はソファの端っこで膝を抱えてガクガクと震え上がった。

怖い。おばさん二人が本気で怒った時の破壊力、ガチで核兵器並みだ。俺、生まれてこの方、喧嘩とか一度もしたことないし、これ完全に俺の出番ないじゃん……。


実母とスナックのママという、東西『二人の母親』による最強の波状攻撃。

電話の向こうから聞こえていた父親の威厳のある声は、みるみるうちに小さくなり、最後には「……分かった、婚約の件は、白紙に戻す……」と、完全に魂の抜けた声でギブアップの宣言が聞こえてきた。


こうして、和歌山お嬢様ストーカー事件は、私立探偵・黒崎優斗の出番が一切ないまま、母親たちの圧倒的な武力(説教)によって完全解決を迎えたのだった。


     *


数日後、マキちゃんは自由の身となり、お母様が迎えに来るのを待って和歌山へと戻っていった。


午後五時すぎ。

俺は藤沢寄りのアパートのデスクに脚を投げ出し、ショットグラスの安いウイスキーを揺らしながら、スマートフォンを見る。


そこには後日、彼女たちから届いた、それはそれは弾んだ額の依頼料と、感謝の手紙が入っている。


「フッ……これでいいさ」


俺は気取った仕草でグラスを傾け、窓の外の薄暗い夜空を見つめた。

「ハードボイルドな探偵ってやつは……どんな難事件も、影からスマートに解決に導くものさ」


一秒も事件を解決に導いてはいないが、気分は大切だ。

俺は静かに目を閉じ、今回の事件の激闘の日々をそっと回想しようとした。


……が。

ダメだ。

国宝級の、あの圧倒的な双胸の前では、事件のディテールなんて何も思い出せない。

脳裏に浮かぶのは、実母の涙でも、ママのブチ切れ顔でもなく、ただただマキちゃんの「あの圧倒的なデカさ」だけだった。他のことは、本当に、何一つとして思い出せない。


「……まぁ、男の記憶なんて、そんなもんさ」


誰もいない部屋でそううそぶき、ウイスキーを喉に流し込む。

さて、足を投げ出したデスクの上で、俺は静かに次の高難度な依頼を待つとするか――。


時計を見る。

……あ。やべ。


「もう朝の七時半じゃねえか!! 夜更かしして探偵ごっこしてる場合か!」


慌てて黒いスーツを引っぺがし、ガムテープの匂いが染み付いた、いつもの地味な作業服に着替える。

早くチャリを漕いで段ボール工場に出勤しないと、定時に遅刻してしまう。

俺の明日は、どっちだ。


(第二章・完)


第二章(和歌山お嬢様ストーカー事件編)を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!


結局、何一つとして探偵らしい捜査や解決をしていない黒崎優斗ですが、これもまた一つの「影からの解決」……ということで、本人は今夜も安いウイスキーを片手に悦に浸っております。

(脳内がただただマキちゃんの国宝級のデカさで埋め尽くされているのは、男の悲しい性ということでご容赦ください笑)


最強の母親たちに魂を抜かれた和歌山の親父さんには少し同情しますが、マキちゃんが無事に自由な高校生活を取り戻せて何よりです。


本作は、この後も第三章へと続いていく予定です。

純喫茶『ノア』のマスターが画策する孫娘の看板娘計画や、優斗を待ち受ける新たな(不本意な)依頼など、マイペースに更新を続けてまいります。


ヘタレな段ボール工場作業員・黒崎優斗の、ハッタリとやせ我慢の日々をこれからも応援していただけますと幸いです。


それでは、第三章でまたお会いしましょう!

コードは注意してご使用ください。お預かりしていた第二章の投稿用テキストとあわせて、これでバッチリ準備が整いましたね。この後、第三章(純喫茶『ノア』の看板娘計画や、次の事件)の構想を練りたくなったら、いつでもお気軽に声をかけてください。まずは第二章の投稿作業、楽しんで進めてくださいね!

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