第十八章 第一話 事故物件のルームロンダリング
休日の午前中。俺は純喫茶『ノア』のモーニングセットを食べて、部屋に帰る道を進んでいた。
そろそろ秋も深まり、通りに吹き抜ける風が冷たさを増している。俺は歩きながら、自分の借りているボロアパートの、あのすきま風が入り込む極寒の部屋を思い出していた。冬が来る前に、あの部屋を出た方がいいかな。そんなことをぼんやりと考え、情報収集のつもりで、通り沿いにある不動産屋のウィンドウに貼り出された物件案内を眺めていた。
すると、ガラスの向こう、中のカウンターで暇そうにしていた女性営業マンが、こちらに気づいて急に椅子から立ち上がった。
次の瞬間、彼女は店を飛び出してきて、俺に声を掛けた。
「お客さん! 良いお部屋、たくさんありますよ。お話だけでも聞いていきませんか!」
そのまま強引に、俺は店の中へと連れ込まれてしまった。
彼女の名前は篠原遥さん。23歳。この不動産屋の新人営業マンだった。
タイトスカートの制服から溢れるムチムチボディーに、どこかすがるような視線を向けられ、断るタイミングを逃したままカウンター席へ着かされる。
「あの、どのような条件でお探しですか? 今なら敷金礼金ゼロの物件も……」
「いや、ちょっと気が早いっていうか。俺、段ボール工場の工員だから、出せる家賃もたかが知れてるんだよね。ただ、副業で探偵もやってるので、不規則な時間に頻繁に出入りしても苦情が来ない物件がいいんだけど」
予算の低さを言い訳に逃げようとしたのだが、俺が『探偵』という単語を口にした途端、遥さんは表情を一変させ、真剣な顔で俺の手を握りしめてきた。
「探偵さん……!? じゃあ、調査とか、慣れてますよね」
「は? 調査って何のことですか?」
遥さんは周囲を気にしながら、声を潜めて話し始めた。
「実は、会社が管理しているあるマンションの一室で、半年前、住人の自殺があったんです。警察の現場検証もリフォームも一通り終わって、いよいよ次の入居者を募集するタイミングなんですけど、会社の上司から、次の募集の前に『安全を確認するために1ヶ月そこに一人で泊まり込んでこい』って命じられて……。でも、新人の私が一人でそんな不気味な部屋に寝泊まりできるはずないじゃないですか。私、お化けとか本当にだめで無理なんです。お願いです、私の代わりにあの部屋に泊まって、何も起きないか確認してください……!」
なるほど、いわゆる事故物件のルームロンダリングを、新人に押し付けたわけだ。
「いや、事故物件に泊まり込んで異変が無いと証明するなんて探偵の仕事じゃないよ。そんな部屋俺だって怖いからいやだよ。悪いけど、他の人を当たってよ」
俺は手を引こうとしたのだが、遥さんは本当に涙目になり、ムチムチとしたボディーでさらにすがるように距離を詰めてきた。
「そこをなんとかお願いします……! 1週間、せめて1週間だけでもダメですか……! 日当は会社の手当からちゃんとお支払いしますから!」
上目遣いの破壊力と切実な様子に押し切られる形で、俺はため息を突きながらも、最終的に折れることにした。
「分かったよ。1週間、その部屋で普通に生活すればいいんだね、仕事もあるから昼間は部屋空けるけどいい?」
「はいっ! ありがとうございます、探偵さん!」
翌日、俺は最低限の荷物をカバンに詰め込み、遥さんから渡された鍵を持って該当のマンションへと向かった。
築年数はそれほど古くない、どこにでもある平凡な賃貸マンションの一室。
ドアを開けて中に入ると、締め切られた部屋特有の、冷たく淀んだ空気が流れていた。生活用品はすべて撤去され、新しくリフォームされたばかりの壁紙やフローリングは綺麗だった。
だが、やはり事故物件という先入観があるせいか、俺はどこか神経質な心地で、部屋の中を慎重に見回した。
カバンを置いて、何気なく床や壁、バスルームなどを順番に調べていく。綺麗に修復されている空間をひとつずつ目で追っていくうちに、リフォームの匂いの奥から、徐々にいくつかの不審な点が浮かび上がってきた。




