第十六章 第四話 長い年月が変えたものと、変わらない優しさ
スナック『蜘蛛の巣』の奥のボックス席で、俺は竜司さんと再び顔を合わせていた。
テーブルの上には、竜司さんが大切に持っていた、あの色褪せた写真が置かれていた。
「……どうでしたか、黒崎さん。ヨーコは見つかりましたか?」
竜司さんはウイスキーのグラスを握りしめ、俺の言葉を待っていた。
俺はポケットから事前に用意していた一枚のメモを取り出し、テーブルの上へと滑らせた。
「調査の結果を報告します。……ヨーコさんは、今から8年前に、病気で亡くなっていました。これは、彼女が無縁墓地の場所です」
俺は声を低く落とし、陽葵さんから託された嘘を、ただ淡々と告げた。
「今の私には、夫と子供がいます。あの人には、会えません。ヨーコは死んだと、この世にはもういないと彼に伝えてください」という、彼女のあのラウンジでの揺るぎない眼差しが、俺の脳裏をかすめていた。
俺の言葉を聞いた瞬間、竜司さんの体が、一瞬だけ硬く強張った。
だが、男は声をあげることもなく、じっとテーブルの上の古い写真と、俺の渡したメモを見つめていた。
暫くそうした後、少しだけ顔を上げ俺のネクタイのあたりを見つめながら、
「病気で死んだ……ヨーコがそう伝えてくれと?」
「いや……」
「それなら彼女は今は幸せを掴んだんですね、今更俺が心配する必要はない?」
「……」
竜司さんは俺の目をじっと見て、そしてフッと息を吐いた。
「分かりました。……ありがとうございます。これで、ようやく俺のなかの10年にも、区切りがつきます」
竜司さんはあらかじめ用意されていた封筒をテーブルの上に置いた。
長い月日が変えてしまった多くのことを、竜司さんはすべて受け入れ去っていった。
竜司さんが残していった封筒をポケットにしまい、俺は一人、カウンター席へと移動した。
ママが新しく注いでくれたウイスキーを口に含む。
今夜は歩いて部屋まで帰ろう、この無力感を紛らわすために。
*
後日 蜘蛛の巣のママから俺宛に、海苔巻きの寿司折が届いてると連絡が来た。
竜司さんはまた、寿司屋に就職して修業を始めたらしい。 少し形の崩れたその海苔巻きは、何故かほろ苦く、けれどとても優しい味がした。
(第十六章・完)




