第十六章 第二話 符合のパズルと、拒絶の回線
消えたヨーコの足取りを掴むため、俺は夜の横浜の街を再び歩き回った。
当時の本牧周辺の飲食店や、彼女が事件後に転々と変えて働いていたという中区のスナックのつながりを、古い名簿や人脈を頼りにひとつずつ事務的に辿っていく。簡単に答えが出るような調査ではなかったが、3軒目のバーの店主から、ようやく当時のヨーコを知る同僚の女性の連絡先を聞き出すことができた。
駅近くの喫茶店でその女性と会い、俺は竜司さんから預かった写真を見せた。女性は懐かしそうに目を細め、当時の記憶をぽつぽつと語り始めた。
「ヨーコね……。あの子、お店のお客じゃない人と仲良くなって、そのまま夜の仕事を上がったのよ。確か、テレビにもたまに出ているような、偉い評論家の人だって噂されてたわ」
貴重な証言だった。俺は礼を言って店を出ると、アパートの自室へと戻り、ノートパソコンを立ち上げた。
ネットの検索エンジンに「評論家」のキーワードを打ち込み、横浜周辺に縁のある人物を洗い出していく。やがて、テレビの討論番組などにも出演している高名な経済評論家、桐谷博の名前がヒットした。
彼のプライベートに関する過去のインタビュー記事を閲覧すると、そこには夫婦で並んで微笑む写真が掲載されていた。
そこに写っていた妻の姿は、高級な衣服を身に纏い、真っ赤な牡丹のように華やかで豪華なオーラを放つ女性だった。あか抜けないヨーコのイメージとは全く違う、洗練された別人がそこにいた、俺は一瞬、人違いだったかとがっかりした。
だが、画面を拡大し、その女性の細部を注意深く観察していたとき、俺の指先がピタリと止まった。
品よく微笑む彼女の口元。
笑ったときに左の頬にできるかすかなえくぼ、そして唇の隙間からわずかに覗く八重歯の形。それが、手元にある写真に写る少女の特徴と一致していた。
さらに、名簿のデータが脳内で繋がった。
彼女の現在の名前は、桐谷陽葵。
クラブでの源氏名「ヨーコ」は、本名である「陽葵」の漢字から一文字取ったものだったのだ。
整形して顔を変え、本名に戻してエリート評論家の妻という座を掴み取っていた。これが、俺の掴んだ客観的な事実だった。
俺は調べた連絡先を頼りに、桐谷陽葵の元へと電話を入れた。
『……どちら様ですか。そんな名前の人は知りません。人違いです。切りますよ』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、冷たく突き放すような大人の女性の声だった。はじめは完全に否定された。
だが、俺は慌てることなく、淡々と、これまでに掴んだ事実(えくぼ、八重歯、本名の一致、そして夜の街での聞き込みルート)を事務的に告げた。これ以上の調査を進めれば、必然的に夫や周囲の耳に入ることになるという冷徹な現実を、静かに伝える。
受話器の向こうで、長い沈黙が流れた。
やがて、張り詰めたような細い息を吐き出す音が聞こえ、彼女は静かに言った。
『……竜司さんには、絶対に知らせないと約束して。……場所を指定するから、一人で来て』
彼女が折れた瞬間だった。
俺は手帳に指定された静かなホテルのラウンジの場所を書き留めると、受話器を置き彼女の話した言葉の意味を考えるのだった。




