第十五章 第二話 迷宮の包囲網と、路地裏の遭遇
犯人の情報を掴むための、地道な捜査が始まった。
アナログ電波の到達距離という技術的な制約から、盗聴の電波を受信している人間は、貴子さんのマンションの半径200メートル以内に潜んでいる可能性が高い。
受信機を仕込んだ部屋を近くに借りているか、あるいは機材を積んだ車を周辺のどこかに停めているはずだった。部屋を特定するのは難しいため、俺はまず駐車場や不審な車に的を絞って、周辺のしらみつぶしの捜査を開始した。
事前に貴子さんへその方針を伝えたとき、彼女は不思議そうに小首を傾げていた。
「車、ですか。あの人がそんな大がかりな機材を用意して、一人で動き回るだけの行動力があるとは思えませんけど……。あの人根っからの文系ですし、普段からあまり目立つタイプの方ではありませんから」
悪気のない、だが明確に相手を枠にはめて見下ろしている冷たい響きが、その言葉には混ざっていた。
だが、あの喫茶店での不審な男との接触を見た以上、森山の背後にプロが隠れている可能性がある。俺は彼女の言葉を頭の隅に置きつつ、外へと足を動かした。
1週間ほど連夜見回りをしたが、現実はそう簡単にはいかなかった。
コインパーキングや月極の駐車場、路上駐車の車まであちこち歩き回って目を光らせたが、不審な車両は見つからない。
夜の闇のなか、足だけを酷使する時間が過ぎていく。
俺はすっかり途方に暮れ、近くの公園のベンチにどさりと腰を下ろした。
次はどうしたものかと、手帳を開いて周辺の地図を眺めながら考えていた、まさにその時だった。
「――にゃあ」
足元から聞こえた低い声に顔を上げると、そこには見覚えのある一匹の野良猫が立っていた。
かつて、俺が必死に捕まえた、あの街の裏通りを仕切るボス猫だった。
猫は俺の目の前に佇み、しばらくの間、俺の困り果てた顔をじっと見つめていた。
よく見ると、あいつの耳の先端には去勢手術済みのサインであるVカットが施されている。やれやれと言わんばかりに背を向け、スタスタと歩き始めた。
あたかも「付いてこい」と言っているかのような足取りだった。
張り込みも手詰まりだった俺は、その小さな背中をなんとなく追いかけてみることにした。
猫は人間の目が届かないような細い路地裏や、建物の隙間のルートを通り、静かに進んでいく。
十分ほど歩いたところで、ボス猫はぴたりと足を止め、振り返って俺に短く鳴いた。
そこは、大通りからは見えにくい、建物の陰に隠れた薄暗い空き地の隅だった。
猫の視線の先を見ると、そこに一台の目立たないセダンがひっそりと停められているのが目に入った。
息を潜めて車の中を覗き込む。
運転席のシートを深く倒し、ヘッドホンを耳に当てて必死にノートパソコンの画面を睨みつけている男の横顔があった。
森山隆だった。
(これは、あれか? 拳で語り合った男だけがわかる友情ってやつか)などと考えてる場合じゃない。
(ありがとうねボス猫)
俺は物陰に身を潜めながら、静かに奴の様子を窺うのだった。




