第十五章 第一話 盗聴の周波数と、不審な接触
週末の夜。俺はアパートの六畳一間で、ノートパソコンの画面を眺めていた。
ネットのブラウザを開き、最新のデジタル探偵グッズの専門サイトを物色する。
高性能な盗聴発見器や、赤外線暗視カメラのスペックを眺めながら、俺はぽつりと呟いた。
(マーロウの時代には、こんな便利なものは無かったよなー……)
尾行と張り込みが調査の基本だが、現代の探偵業はこうした電子機器の知識も必要になってくる。そんなオタクじみた思考に浸っていた、まさにその時だった。
画面の横に置いていたスマートフォンが、けたたましく震え始めた。
画面に表示されたのは、見知らぬ番号からの着信だった。通話ボタンを押して耳に当てると、受話器の向こうから、どこか知性的だが怯えた様子の女性の声が聞こえてきた。
「……黒崎探偵事務所でしょうか。松本貴子と申します。製薬会社の新薬研究室で研究員をしているのですが、ある調査をお願いしたくてお電話いたしました」
貴子さんの相談は、最近自宅のマンションで奇妙な電波障害が起きている、というものだった。
テレビの映りが不自然に乱れたり、スマートフォンの通話に奇妙なノイズが入ったりするらしい。新薬の研究員という職業柄、機密データの盗聴や盗撮の心配があるため、まずは部屋を調べてほしいという内容だった。さらに、もし何か発見した場合は、その犯人を特定してほしいとも言われた。
「犯人の目星として、一ヶ月前に別れた元カレが怪しいと思っているんです。同じ会社の総務部に勤めている、森山隆(32歳)という人なのですが……」
別れ話がかなり揉めたらしく、それ以来、付きまとわれているような気配を感じるのだという。
俺は「分かりました。まずは明日にでも、お部屋の調査から始めましょう」と応じ、依頼を受けることにした。
翌日、貴子さんのマンションの部屋を訪れた俺は、昨日ネットで見ていたのと同じような仕様の探偵用電波探知機を取り出し、壁のコンセントや家電の隙間を慎重にスキャンしていった。
機器が不快な電子音を立てたのは、リビングの飾り棚の裏と、寝室の時計の内部だった。
「……ありました。盗聴器と、カモフラージュされた監視カメラです」
現物を目の当たりにした貴子さんは息を呑み、顔を真っ青にさせた。
総務部という、社内の備品やセキュリティにアクセスしやすい森山なら、付き合っていた当時に合鍵を作って仕込むことは十分に可能だ。
俺は貴子さんに、いつも通り生活を続けてもらいつつ、容疑者である森山隆の尾行を開始した。
会社を出た森山を慎重に追う。奴は真っ直ぐ自宅へ帰る風でもなく、横浜駅近くの少し寂れた喫茶店へと入っていった。
俺は少し離れた席から奴の様子を窺った。
しばらくすると、スーツを着た、だが目つきの鋭い不審な男が森山の席へと近づき、向かい側に腰掛けた。
男は周囲を警戒しながら、森山に何かを囁き、小さな封筒を手渡した。森山は怯えたような表情でそれを受け取り、何度も頭を下げている。
ただの未練がましいストーカーの犯行にしては、あの不審な男の存在は明らかに異質だった。
製薬会社の新薬データ。その言葉が、俺の脳裏に不穏な影を落とする。
だが、現時点ではあの男との接触以外に、森山が盗聴に関わっているという決定的な証拠は何もない。
俺は店を出た森山の後ろ姿を見送りながら、現時点で森山以外の可能性も捨てきれないので、何か別の方法を考えようと頭を巡らせるのだった。




