第十四章 第四話 資料室の静寂と、晴れゆく五年の霧
深夜。本社ビルの一角は、深い静寂に包まれていた。
俺はビルの外の暗がりに身を潜め、周囲の様子をじっと見守っていた。
今回の作戦に、部外者である俺の直接的な出番はない。夜間の資料室の鍵を持ち、誰にも怪しまれずに中に入れるのは、管理者である土屋さんただ一人だからだ。悪党どもにこちらの動きを察知されないためにも、俺が中へ入るわけにはいかなかった。
ビルの3階、資料室の窓に一瞬だけ小さな光が灯り、すぐに消えた。土屋さんが中へ入った合図だった。
古本の書き込みから解読した暗号――【3FSS・No24】。
3階の資料室、その最奥にある24番の保管棚。
土屋さんは今、その棚の奥深くに眠る5年前の真実と対峙しているはずだった。
専務が議員を脅すためにひそかに隠匿していた、数千万円にのぼる裏金の送金記録、そして二重帳簿の数々。
それから十数分が経った頃、ビルの裏口から、一つの影が静かに外へと出てきた。
足早にこちらへと近づいてくる土屋さんの手には、厚みのある古い茶封筒がしっかりと握られていた。その引き締まった表情を見ただけで、現物の確保に成功したのだと分かった。
「黒崎さん。……ありました。すべて、この中に」
「お疲れ様でした。これで、証拠が揃いましたね」
俺たちはその足で、事前に連絡を入れていた警察の信頼できる窓口へと向かった。
手に入れた裏金の送金記録などの証拠、あのすべての真実が書き込まれた古本の原本を静かに提出し、通報を済ませた。
数日後。
地元のニュースは、建築会社と市議会議員による巨額の裏金不正事件の報道で一色となった。
懇意にしていた議員とともに、当時の専務が警察に連行される映像がテレビの画面に映し出されている。古本から始まった依頼が、思いのほか大事件になってしまった。
*
週末の夜。俺はスナック『蜘蛛の巣』のカウンター席にいた。
そこへ、すっきりと晴れやかな顔をした土屋さんが店に入ってきた。
真面目に勤めてきた現場を不当に奪われ、専務の横暴に5年間も耐え忍んできた彼から、「黒崎さん、本当にありがとうございました。これでようやく、小林の墓前に良い報告ができます」と、深い感謝の言葉を受け取った。
土屋さんが店を出て行った後、俺はカウンターの上に残された、あの役目を終えた短編集の古本のコピー用紙を静かに見つめた。
ママが新しく注いでくれたウイスキーを口に含む。
小林さんの死が事故だったのか殺人だったのかは、これからの警察の捜査が明らかにしてくれるだろう。殺人事件の捜査なんて、俺の守備範囲の外だ。
俺は、秋の気配がもうそこまで来ているのを感じながら静かにグラスを傾けるのだった。
(第十四章・完)




