第十四章 第二話 廃棄の行方と、暴かれる暗号
処分されたという古本の捜索は、俺の予想通り、案外簡単に片が付いた。
古本屋の店主から聞いた古紙回収の業者を辿り、中区にある集積所を訪ねたところ、廃棄本の束のなかに、目的の小説がそのまま残されていたのだ。
少々のチップを支払って手に入れたその一冊を抱え、俺はアパートの自室へと戻った。
上着をベッドに放り投げ、俺は注意深く、手に入れた短編集のページをめくった。
土屋さんの言葉通り、中の書き込みは異様なものだった。
第3編に収録されている、建築現場での転落事故を装った完全犯罪のトリック のページ。
その余白や前後を埋めるように、びっしりと細かな文字や数字が並んでいる。
他のページにも、暗号が書き込まれており、本全体が何かの記録のようになっていた。
作中の被害者の名前の横には、赤ペンで『H・K』と小さく書き込まれていた。
5年前に現場で亡くなったという、小林元さんの頭文字だ。
さらに、トリックを実行するための日付や、現場の監視カメラの死角となる位置のメモの横には、『〇ST』という暗号のようなアルファベットが添えられていた。
(……〇ST。何の略だ?)
俺はノートパソコンを立ち上げ、ネットの検索エンジンや役所の公開データ、地元の建築ニュースの過去ログをあちこち調べ回った。
5年前、この地区の地元の建設会社が関わっていた、大きな建築プロジェクトの情報を一つずつ洗い出していく。
地道に文字を追い、過去のパズルを組み立てていくうちに、俺の脳細胞が一つの真相を弾き出した。
『〇ST』とは、5年前に小林さんが担当していた巨大プロジェクト――『〇〇区新庁舎』の略称だったのだ。
当時のデータや市議会の議事録を精査していくと、裏に隠された不審な点がいくつも浮かび上がってきた。
新庁舎の建設にあたり、土屋さんの勤める建設会社と、地元の有力な市議会議員との間で、総額数千万円にのぼる不自然な裏金が作られていた形跡があった。
そして、その工事における落札価格に対して、実際の工事費用が不自然なほど少ないという金銭的な矛盾に、現場で金銭管理を担当していたことで気が付いてしまったのが、小林元さんだったのではないか。
(事故死に見せかけた、口封じの殺人……)
背筋に冷たいものが伝わる。
おそらく当時、市議会議員と懇意にしていた専務が、このミステリー小説の余白を利用して、裏金作りから始まったすべての日付、不正の全貌、そして証拠の隠し場所までを、誰にも分からないよう暗号化して書き残していたのだろう。
この本そのものが、5年前の事件にまつわる、すべての真実を記録した備忘録だったのだ。
わからなかった他の暗号をよく見ると、日付のような数字や、具体的な場所を示すかのような文字列が、まだいくつか残されている。
俺は手帳にすべての事実を書き留めると、次のステップへと向けて静かに思考を巡らせるのだった。




