第十四章 第一話 古本屋のメモ書きと、妙な依頼
週末の夜。俺はスナック『蜘蛛の巣』のいつものカウンター席で、ウイスキーのグラスを傾けていた。
夏の終わりを感じながら飲む酒は悪くない。
ママが常連客からの頼まれごとで、俺に一人の男を紹介してきたのは、ちょうどグラスが空になったタイミングだった。
「土屋直樹です。地元の建設会社で、今は本社の資料管理をしています」
紹介された土屋さんは、50歳という年齢らしい、落ち着いた渋い雰囲気を纏った人だった。
だが、その表情にはどこか深い哀愁のようなものが張り付いている。
差し出された名刺を受け取りながら、俺は低いトーンで応じた。
「黒崎です。それで、俺にどのようなご依頼でしょうか?」
裏社会の厄介事ならお断りだ、と内心で身構えていた俺に、土屋さんが切り出したのは、拍子抜けするほど地味で平和な内容だった。
「ある、古本を探していただきたいんです。それも、中に色々とメモ書きが残されている、処分予定だったキズモノの小説を」
土屋さんの話によると、彼は5年前まで現場の責任者を務めていたが、当時自分の右腕だった優秀な部下の小林元さん(当時32歳)が、担当していた建築現場での転落事故で亡くなってしまったのだという。
土屋さんは当時の上司である専務にすべての責任を押し付けられる形で現場を去り、本社の資料室という閑職へ追いやられてしまった。
当時、専務のオフィスに呼ばれて配置換えを言い渡された際、部屋の隅に同じタイトルの本が4〜5冊ほど平積みされていたのが、ずっと妙に記憶に残っていたのだそうだ。
「先日、たまたま立ち寄った古本屋でその本のタイトルを見かけましてね。気になって手に取ってみたんです。5つの短編が収録された、完全犯罪のミステリー小説でした」
だが、その古本屋にあった本は、ページの中にびっしりとペンで奇妙な書き込みがされており、売り物にならないからとキズモノで処分される予定だった。
その時は目的の建築関係の本を探していたためそのまま帰宅したそうだが、後からどうしても気になり、翌日もう一度古本屋を訪ねた時には、すでに処分されてしまったと言われたらしい。
「書き込みのあったページには、当時の小林の転落事故と酷く似た、事故を装った犯罪のトリックが書かれていました。さらに、作中の被害者の名前の横には、亡くなった部下の小林元さんのイニシャルと同じ『H・K』と小さく書き込まれており、建築施設の横には『〇ST』という暗号のような文字もあったんです」
もしや、あの事故と何か関係があるかもしれない。
土屋さんは静かに拳を握りしめながら、俺を真っ直ぐに見つめた。
「分かりました。まずはその、処分されたという古本の行方を追ってみみます」
ヤバい奴らと接触する危険もない、ただの古本探しだ。
懐の寂しかった俺は、二つ返事で依頼を引き受けた。
翌朝、俺は土屋さんから聞いたその古本屋へと向かい、店主から廃棄ルートや古紙回収の業者の情報を聞き出すための、気楽な捜索を開始するのだった。




