第十二章 第三話 灼熱の聞き込みと、見えない尻尾
かおりのセッティングにより、俺たちは横浜駅近くのファミレスで、依頼主である樋口里香さんと顔を合わせることになった。
ボックス席の向かい側には、姉を心配して不安そうな表情を浮かべた里香さんが座っている。そして俺の隣には、なぜか当然のような顔をして、小さなメモ帳にペンを構えたかおりがちょこんと座っていた。
(……なんで君が俺の隣に収まって、やる気満々でメモを取ろうとしてるんだよ)
喉まで出かかったツッコミをアイスコーヒーで強引に飲み込み、俺は里香さんから、裕子さんには内緒だという婚約者についての詳しい話を聞き出した。
里香さんから得た情報を、俺は手帳の白ページに静かに書き留めていく。
【調査対象】小栗翔太(34歳)
【会社情報】ヨーロピアンライフデザイン(自称・社長)
【事務所】横浜市中区のレンタルオフィス
【接触予定】8月4日、午後3時。みなとみらいのホテルのラウンジ。
里香さんを心配させないよう、大阪の信二君から聞いた情報はあえて伏せたまま、俺は「分かりました。まずは奴の素行を調べてみます」とだけ告げて、彼女を安心させて帰らせた。
ファミレスの席に残り、今聞いたばかりの情報を整理していると、俺の向かい側から、少しウキウキとした明るい声が降ってきた。
「さぁ、何から始める?」
*
里香が帰って、手帳を眺めながら何か考えている探偵さんに、私は明るく声をかけた。
「さぁ、何から始める?」
「え、かおりちゃんも来るのかい?」
探偵さんは、ああからさまに迷惑そうな顔をして私を見た。
「当然よ。里香の頼みだし、裕子さんが心配だもの」
「探偵の仕事なんて、地味で何も面白くないよ」
そう言って私を止めようとしたけれど、私はなんだかんだと理由をつけて、同行の許可を勝ち取ったの。
まずは小栗の事務所があるというレンタルオフィスを訪ねた。だけど、そこはすでに空き家になっているのを確認した。
探偵さんが管理会社に連絡を取り、借主の住所と電話番号を教えてもらっていたけれど、どれも虚偽のデータだったみたい。
次にヨーロピアンライフデザインの会社登記を調べてみたけれど、やっぱりそんな会社は存在しない、完全に架空の会社であることが分かった。
炎天下の中を歩き回ったので、私はちょっと休もうと探偵さんに提案して、近くの喫茶店に逃げ込んだ。冷たいジュースを飲みながら、私は息を吐く。
「ねえ探偵さん、何も見つからないね」
「調査なんてこんなもんだよ」
「これって、やっぱり結婚詐欺ってことだよね?」
「そうだね。金を渡す前になんとか小栗の情報を調べないと」
「今のところ手がかりが何もないから、オフィスの周りの聞き込みをしよう」
「ええ……まだ歩くの?」
結局、その日は陽が落ちるまで歩き回ったけれど、大した情報は得られなかった。
疲れ果てた私は、探偵さんとファミレスに入って夕食を食べることにした。
ハンバーグを口に運びながら、今日の成果について話し合っているとき、私はふと、昼間のちょっと気になることを思い出したの。
「ねえ、探偵さん。さっき管理会社の人が『先月も同じような短期契約で、関内の方のオフィスを解約した名義があった』ってボヤいてたじゃない?」
「ああ。名義は違ったが、おそらく同じグループの手口だろうな。だが、それも虚偽の名義で足取りは途絶えてる」
「ううん、そうじゃなくて。その時に解約されたっていう部屋の番号と、今回小栗が借りてた部屋の番号、どっちも全く同じ『404号室』だったのよね。これって偶然かな?」
私の言葉を聞いた瞬間、探偵さんが箸をピタリと止めた。その目が、今日一番の鋭さで光る。
「……部屋番号が、どちらも404……? 奴ら、書類の契約手続きの手間を省くために、特定の管理会社のシステムをハッキングしているか、あるいは内部に……」
探偵さんは手帳を開き、もの凄い勢いでペンを走らせ始めた。
何が何だか分からなくて途方に暮れていたはずの私たちの前に、見えない詐欺師グループの本当の尻尾が、一気に手繰り寄せられようとしていた。
(第12章・完。第13章へ続く)
今回は2章連続で 第13章に続きます。




