第十一章 第四話 夏の幻影と、知られざる護衛
あの夜のお寺での出来事を境に、純子おばあちゃんは深く満足したのか、夜中に家を抜け出すことは一切なくなった。
無事にお役御免となった俺は、息子の嫁の加奈子さんから「本当にお世話になりました」と深い感謝を受け取り、今回の『見守り』の任務をすべて完了した。
それから数週間が経った、7月の終わり。
俺はスナック『蜘蛛の巣』のカウンターに座り、冷たいウイスキーのグラスを傾けていた。
あの金屏風の前で佇んだ、二人の後ろ姿。おばあちゃんが最後に残した優しい微笑みと、身も蓋もない直球の言葉を思い返し、俺の口からはぽつりと、独り言が漏れていた。
「でも、あの夜桜は見事だったなー」
俺は知る由もなかったが、おばあちゃんの『護衛』として毎夜お寺の境内の暗がりを歩いていた俺の姿が、思わぬ波紋を呼んでいたらしい。
実はあの当時、お寺の境内では、テキヤの縄張りを巡って例の『谷口組』と揉めていたハグレ組織の連中が夜な夜な集まっていたらしい。
しかし、毎夜歩き回っている俺を見た連中が、前回の事件の噂から「谷口組の親分が送り込んできた本物の刺客が、シマの視察に来た」と勝手に勘違いし、恐怖のあまり一斉に退散して縄張り争いが消滅していたというのだ。
そんな裏社会の劇的な動きが有ったとは露ほども知らないまま、俺はただ静かに、自分がやり遂げた「おばあちゃんとの小さな夜のデート」の優しい余韻だけを胸に、ゆっくりとグラスを傾ける。
そして、俺はまた新たな事件に思いを馳せるのだった。
(第十一章・完)




