第十一章 第三話 本堂の夜桜と、明かされる微笑み
深夜。俺はいつものようにおばあちゃんの斜め後ろにつき、静かに『護衛』を続けていた。
だが、今夜の目的地はこれまでとは違う。俺の誘導もあって、おばあちゃんの手を引きながらたどり着いたのは、地元の古いお寺だった。
昼間の調査で、住職にはあらかじめ事情を話し、鍵を開けておいてもらっていた。
夏祭りを控えた静まり返る境内のなか、俺はおばあちゃんを連れて、薄暗い本堂の奥へと足を踏み入れた。
「紘一さん、ここは……」
「フッ、純子さん。よく見てごらん」
俺はスマートフォンのライトをそっとかざし、暗闇の奥に眠るその場所を照らし出した。
光のなかに燦然と浮かび上がったのは、畳数枚分はあろうかという、一対の巨大な金屏風だった。
そこには、純金と鮮やかな墨絵で描かれた、息を呑むほど美しい、満開の夜桜が咲き誇っていた。
「ああ……」
おばあちゃんの口から、小さな、震えるような吐息が漏れた。
黄金色に輝く満開の夜桜の屏風を前に、俺たちは並んで静かに立ち尽くした。
冷房のない本堂のなかに漂う、真夏の重たい熱気。
昭和のあの夜、お祭りの人混みのなかで、亡きご主人が「綺麗だろ」と彼女の手を引いて見せた、二人だけの本物の景色が、今まさに時を超えてドーンと目の前に蘇っていたのだ。
おばあちゃんは感無量といった様子で巨大な夜桜を見つめ、俺もまた、そのあまりに美しい情景に、ただただ言葉を失って感動していた。
しばらくの間、二人の静かな後ろ姿だけが、暗闇の金屏風の前に佇んでいた。
やがて、深く満足したおばあちゃんは、どこか少女のような澄んだ目で俺を振り返り、上品に微笑んだ。
「紘一さん……。いえ、探偵さん。こんな年寄りの我がままに、毎晩付き合ってくれてありがとうね」
「え……っ!?」
俺は文字通り、その場に凍りついた。心臓が跳ね上がる。
「え、いつから……いつから俺が、ご主人じゃないって気が付いていたんですか?」
おばあちゃんはクスッと小さくおちゃめに笑うと、じつに楽しそうに言った。
「あら、初めからよ。家の者から、私の『付き添い』を頼まれたんでしょ? それに……私のあの人は、もっと男前だったもの」
「ガーン……っ!!」
頭のなかで、凄まじい衝撃音が鳴り響いた。
(――って、オイ!!! 初めからバレてたのかよ! しかも、俺の顔に対する身も蓋もない直球のツッコミってなんだよ!!)
探偵としてのプライドも、大人の男の魅力への微かな期待も、すべてが一瞬にして木っ端微塵に吹き飛んだ。
俺は自分の顔の造形に激しく落ち込みながらも、一枚上手だったおばあちゃんのあまりにも優しい包容力に、ただただ脱帽するしかなかったのだった。




