第十章 第四話 テキヤの掟と、果てなき後悔
あの緊迫した客間でのやり取りから、数週間が経った。
横浜の街は、いつもと変わらない穏やかな日常を取り戻していた。だが、俺は耳の早い夜の街の住人たちから、ある背筋も凍るような噂を耳にしていた。
あの日、俺とかおりを襲ってきたあの敵対組織が、ある日を境に、本当に「音もなくこの世から消え去った」のだという。
事務所の摘発、幹部たちの失踪、組織の完全なる瓦解――。
谷口組の親分が静かに、だが徹底的に下したという「落とし前」の全貌を知ったとき、俺は自分の部屋のデスクで、ただただ愕然とするしかなかった。
(……あ、あんな恐ろしい親分に向かって、俺は一体何を上から目線で意見しちまったんだ……っ!!)
脳裏に蘇るのは、あの客間で「彼女の自由をもう少し尊重してやっては〜」などと格好をつけてのたまった、自分のあまりにも世間知らずで偉そうなマヌケ面だ。
親分がその気になれば、敵の組織と一緒に俺の身柄だって、今頃どこかへ跡形もなく消し飛ばされていたに違いないのだ。
「う、うわああああああああっ……!!!」
アパートの六畳一間、布団のなかに潜り込んだ瞬間、俺は頭から毛布を被り、全身から吹き出す冷や汗と共に猛烈にのたうち回った。
本当の裏社会の恐ろしさを完全に自覚した今の俺は、あの夜の万能感あふれる勘違い探偵の影すらなく、ただただ己の軽率な大口を呪うだけの小心者に戻っていた。親分がかおりの自由を認めてくれたかどうかを確かめる勇気などない。伸びきったパンツのゴムは何の支えにもなってくれない。
4月の暖かくなってきた部屋で俺はガタガガ震えながら次の事件に思いを馳せるのだった。
(第十章・完)




