第十章 第一話 無地のこだわりと、偽りの依頼人
今日、俺は横浜郊外の大型衣料品店でそれとなく調査をしていた。そして、その調査結果に愕然としている。
普段から使い回しているパンツが、もう限界なのだ。ゴムが伸び、縫い目がほつれている。仕方なく買いに来たのだが、見当たらない。どこを探しても、無地のボクサーパンツが見当たらないのだ。俺はいつもこれと決めている。
だが、棚の前に立って俺が目にしたのは、どれもこれも派手な柄物ばかりだった。
「別に見せるものでもないし、無駄なこだわりだ」と他人は笑うかもしれない。「柔軟に対応することが大切」だと人は言うかもしれない。
しかし、自分の信じた道を愚直に歩くのが、ハードボイルドだと俺は思っている。たとえ、自分の大切な物を傷つけることに(チャックに挟む)なったとしてもだ。
「……もう少し、ゴムの伸びたパンツに頑張ってもらおう」
小声で呟き、少しだけ暖かくなった3月の街を、伸びきったパンツのゴムを気にしながら俺は家路を急いだ。
*
そんなある日の夜。アパートの六畳一間で、いつものようにショットグラスを傾けていると、スマートフォンの着信音が静寂を破った。
画面を見ると、見覚えのない番号だ。電話に出てみると、受話器の向こうから若い女性の声が聞こえてきた。
「あ、もしもし? 探偵の黒崎さんの事務所ですか? 私、谷口かおりって言います。渋谷の大学に通う女子大生なんですけど……」
彼女は俺の年齢を確認したあと、少しだけ声を弾ませて言った。
「数日前にスマホを失くしちゃって。一緒に探してほしいんです」
ずいぶんと平和な、日常のちょっとした困りごとだ。パンツの買い出しに失敗し、懐が寂しくなりかけていた俺に、断る理由はなかった。
翌日、待ち合わせ場所に指定された湘南の大型ショッピングモールの一角にあるカフェへと向かった。
そこで待っていた谷口かおり(20)の容姿は、じつに目を引くものだった。
暖かそうなファーの付いたキャメル色のスエードのハーフコートに、薄手のセーター。ボトムスはホットパンツに、白いロングブーツ。茶髪の髪に、かなり派手なメイクを施している。
(……まだ3月だぞ。足、絶対に寒いだろう、それ)
ぽつりと心の中でツッコミを入れたが、初対面の彼女は、俺の姿を上から下までまじまじと見つめ、小さくため息をついた。
「……まぁ、いいか。時間無いし」
(う〜ん、何だかもの凄く納得がいかない。俺の一張羅を見て、妥協したような顔をするのはやめてくれないか)
釈然としない気持ちのまま、俺たちはショッピングモールの中の捜査を開始した。
だが、モールの中を一日中歩き回ってみたものの、彼女のスマートフォンは見つからなかった。それどころか、彼女は本気でスマホを探しているようには見えなかった。
時折、怯えたように周囲の様子を気にしたり、かと思えば急に俺の腕に強く抱きついてきたりする。
(……怪しい。絶対に何か別の目的があるな)
すっきりしない違和感を抱えながらも、スマホ探しに一日付き合うという彼女との約束を終え、かおりと別れ俺がようやく家路につこうとした、その時だった。
人気のないモールの裏の路地を通りかかった瞬間、背後から足音が迫り、俺はふいに暗がりのなかへと引きずり込まれてしまったのだった。




