第九章 第三話 道頓堀の密会と、すり替えられた本命
本条から指定されたのは、賑やかな通りから少し外れた場所にあるお好み焼き屋だった。
店内に入り、案内された席でお好み焼きを食べていると、後ろの席から小さな声で話しかけられた。
「……黒崎さん、ですか?」
振り返ることはせず、俺はそのままお好み焼きを口に運んだ。背中合わせの後ろの席に、キャップを目深に被り、サングラスをかけた上にマスクまで着用している男が座っている。
(……逆に目立つだろう、それ)
ぽつりと心の中でツッコミを入れたが、彼が今回のターゲットである本条正だった。
「田村さんから聞いています。書類を……」
俺は周囲に気付かれないよう、脇の隙間から、預かっていた封筒を背後の席へそっと差し出すようにして手渡した。
これで任務完了、あとは横浜へ帰るだけだ。そう思って息を吐いた俺に、本条は周囲を窺いながら、別の小さな封筒を後ろから差し出してきた。
「すみません、これを逆に、東京の田村さんに届けて欲しいんです」
封筒に入っているのは何か小さな固形物のようだったが、外側からは中身が何であるかは分からない。
「確かに渡してくれ」と本条に懇願され、まあ、どうせ帰り道なのだからと、俺はそれを引き受けることにした。
彼が席を立つ間際、俺は気になっていた疑問をぶつけてみた。
「なぁ、なんで一発で俺が黒崎だと分かったんだ?」
本条は少しだけ苦笑いを浮かべた。
「田村さんから、『小説の探偵がそのまま飛び出してきたような格好をしている男が行くから』って言われていましたので」
そう言い残し、彼は足早に店を出て行った。
(小説の探偵が飛び出してきたような格好……それって、どうなんだろう)
褒められているのか弄られているのか分からず、ちょっとモヤモヤした気持ちになりながらも、俺はお好み焼きを全部平らげて大阪を後にした。
*
翌日の夜。俺は田村に連絡を入れ、スナック『蜘蛛の巣』まで来てもらった。
カウンターの席で、俺は大阪の本条から預かったあの小さな封筒を田村へと手渡し、無事に報酬を受け取った。
田村はその場で封筒を開け、中身を確認して複雑な表情を浮かべた。
封筒の中に入っていたのは、一本のUSBメモリーだった。
「……黒崎、ありがとな。実は、本条からの手紙が入っていてさ。最初に大阪へ運んでもらった書類は、お前が信用できるか確認するためのダミーだったらしいんだ」
田村が言うには、本条が会社や郵送を一切信用できない状況のなかで、外部の人間であり、なおかつ田村が最も信頼できる探偵である俺のルートを使って、どうしても会社に内緒でこのメモリーを東京の田村の元へ運びたかったのだという。
メモリーの具体的な内容についてまでは、田村も教えてはくれなかった。ただ、一介の探偵の領分を遥かに超えた、何かとてつもなく重たい秘密がそこに眠っていることだけは、田村の引きつった表情から容易に察することができた。




