第八章 第四話 戦士の夜、あるいは素面のブルース
翌日。テレビのニュースでは、昨夜の桜木町で起きた暴力団と半グレによる大がかりな抗争の様子が、ものものしい映像と共に大々的に報じられていた。
そんな世間の騒ぎを他所に、俺は横浜駅の近くにあるファミレスのボックス席にいた。
呼び出した晶子さんを待っていると、どういうわけか、彼女の親代わりという謎のポジションを獲得した口佐賀さんも一緒に現れた。
「――ちょっとあんた! 一体今までどこで何をしてたのよ! 晶子さんがどれだけ苦労して、一人で坊やを育ててきたと思ってるの!」
状況を察した口佐賀さんによる、初対面とは思えないほどの怒涛のマシンガンお説教がファミレスの店内に炸裂した。
小さくなって平謝りを繰り返す修二さんは、完全に怯えきった様子で何度も首を縦に振っていた。
「もう、あんな怖い思いをするのは御免だ……。これからは真面目に働いて、養育費もちゃんと毎月払うよ」
涙目になりながらそう誓う修二さんの姿を見て、晶子さんはほっとしたように、少しだけ穏やかな笑顔を見せてくれた。
年の瀬の慌ただしさのなか、母子の未来を守る月3万円の養育費の約束。俺の今回の任務は、これにて無事に解決を迎えたのである。
後日、晶子さんから「本当にありがとうございました」と、これまでの苦労が報われるような、少し多めの報酬が俺の口座へと振り込まれた。
*
すっかり夜も更けた、週末の横浜。
俺はスナック『蜘蛛の巣』のカウンターに座り、上機嫌でウイスキーのグラスを傾けていた。
危険な裏社会の事件を見事に解決できたという達成感から、気が大きくなっている俺の口は、アルコールの力も手伝っていつも以上に滑らかに動いていた。
「フッ……ママ、聞いてくれよ。昨夜の桜木町のあの派手な大抗争……あれの裏には、じつは俺のインテリジェンスが深く関わっていてね。すべては俺の計算通りさ」
「あら、黒崎ちゃん。相変わらず凄いのねえ」
カウンターの奥で麗子ママがクスッと笑う。格好よくうそぶいてみせる時間は、まさに至高のひとときだった。
……だが、悪夢は翌朝にやってきた。
「う、うわあああああああかっ……!!!」
年明けから、六畳一間のアパートの布団のなかで素面に戻った瞬間、俺は頭から毛布を被り、全身から吹き出す冷や汗と共に猛烈にのたうち回った。
(何てことを口走っちまったんだ俺は……っ! もしあのスナックの会話が、あの暴力団や半グレの耳に1ミリでも届いたら、今度こそ確実に東京湾の底へ沈められちまう……!!)
思い出すだけで心臓がバクバクと破裂しそうだ。
昨夜のあの万能感あふれる無敵の探偵はどこへやら、今の俺は、ただただ自分の軽率な大口を呪うだけの、救いようのない小心者だった。
夜の帳は、今夜もそんな探偵を、静かに包み込んでいく。
そして、俺は新たな年の新たな事件に思いを馳せるのだった。
(第八章・完)




