第八章 第三話 桜木町の混乱と、漁夫の利のコンタクト
1時間ほどビルを見張ってみたものの、出入りするのは強面な組員が数人だけ。張り込みが完全に膠着状態に陥り、寒さで鼻水が出そうになった、まさにその時だった。
突如として、そのビルの入り口へ向かって、凄まじい速度で何かが投げ込まれた。
直後、ドンッ!! という鼓膜を揺らす大爆音と共に、ビルの1階から凄まじい爆発が巻き起こった。
硝子が割れ散るけたたましい音と、もうもうたる黒煙が辺り一面に立ち込める。
「うおっ!? な、なんだ、テロか!?」
俺はビルから十分に離れた安全な物陰に身を潜めていたため、幸いにも爆風の被害は免れた。だが、あまりの恐ろしい衝撃に、心臓が文字通り飛び上がりそうになった。ただただ物陰で呆然と固まる。
すると、黒煙の向こうから、口々に叫び声をあげながら半グレと思われる若い男たちの集団がわらわらと現れ、あっという間にその4階建てのビルを包囲した。
「おい! 組長出てこい!」
「おいコラ! ナメてんじゃねえぞ!」
狂ったように叫ぶ半グレの連中。
少しの間をおいて、今度はビルのなかから、激怒した本物の組員たちが次々と飛び出してきた。その手には木刀や鉄パイプ、しまいにはギラギラと鈍い光を放つ本物の日本刀までが握られている。
「ガキどもが! 命が惜しくねえのか!」
「全員叩き斬ってやる!」
次の瞬間、年の瀬の桜木町の路地裏で、言葉を失うほど壮絶な、ガチの血みどろの大乱闘が始まってしまった。
怒号と金属音が響き渡り、完全に映画の撮影現場のような地獄絵図だ。俺は物陰のさらに奥へと縮こまり、一歩間違えれば巻き込まれて命を落とす裏社会の現実に、ただただ呆然と、息を潜めて見届けるしかなかった。
(おいおいおい! 危険がないと思って引き受けたのに、なんで目の前でヤクザと半グレの戦争が始まっちまうんだよ!!)
心の中で全力の絶叫をあげ、ガタガガと震えていた、その時だった。
大乱闘が繰り広げられているビルの正面から外れた、目立たない地下駐車場の出入り口の鉄扉がガシャリと開いた。
中から、衣服をボロボロにし、生気を失った顔でよろよろと外へ這い出してくる一人の男の姿が見えた。
俺は目を凝らし、晶子さんから事前に預かっていた写真の顔を脳内で照合した。
(――中村修二さんだ!!)
間違いない。大混乱の隙を突いて、ビルから命からがら脱出してきたのだ。
男たちが正面で血みどろの殴り合いをしている隙に、俺は足音を殺して修二さんの後を追った。
激しい抗争が繰り広げられているビルから、細い路地をすり抜け、2筋ほど完全に離れた安全な場所までたどり着いたところで、俺は修二さんの背中に向かって声をかけた。
「あんた……中村修二さんだろう?」
「……誰だ、あんた」
修二さんは怯えたように、力なく振り返った。
俺は精いっぱいの威厳を込めて告げた。
「岸本晶子さんから頼まれた探偵だ。――一緒に来てもらうよ」
正面の凄まじい抗争を避けてターゲットの身柄を無傷で確保することに成功したのだった。




