第八章 第二話 桜木町の暗雲と、四階建ての要塞
晶子さんから元夫の中村修二さんに関する情報を聞き出した俺は、早速、彼の残された手がかりを追って、横浜の街へと調査に飛び出した。
まずは修二さんの足取りを掴むため、晶子さんから教えてもらった彼の交友関係を徹底的に当たってみることにした。
修二さんの友人たちの家や職場を地道に回って聞き込みを重ねていく。すると、数人の友人から、じつに興味深い不穏な証言が集まってきた。
「あいつなら、ちょうど1ヶ月くらい前に『頼むから金を貸してくれ』って血相を変えて訪ねてきたよ。もちろん断ったけどさ」
どの友人たちも、口を揃えて同じ時期に借金を頼まれ、そして断ったと証言したのだ。
1ヶ月前――まさに修二さんが音信不通になった時期と完全に一致する。
(間違いない。修二さんは闇金の厳しい追い込みに遭い、どこにも逃げ場がなくなって捕まったんだ……)
俺の探偵としてのプロファイルが、一つの確信へと繋がった。
俺はアパートに戻ってスマートフォンを叩き、修二さんが離婚直前に手を出したという闇金融、通称『△△ローン』についてネットで詳細を調べてみた。
ヒットした住所は、桜木町駅からほど近い裏路地。俺は現地へと向かった。
だが、目的地に到着した瞬間、俺の足はピタリと止まり、背中にドッと冷や汗が噴き出した。
「……おいおいおい、嘘だろ。ヤバすぎるだろこれ……っ」
そこに建っていたのは、コンクリートが剥き出しになった、古ぼけた4階建ての雑居ビルだった。
ただの怪しい闇金業者かと思いきや、周囲の人間からそれとなく話を聞いてみると、とんでもない事実が判明したのだ。
なんとそのビルは、1階から4階まで丸ごと、地元の本物の暴力団が占有している要塞のようなビルだったのである。
しかも、修二さんが借金を作る原因となった闇賭博も、すべてその暴力団が裏で運営しているのだという。
近隣の住民は怯えたように声を潜めて教えてくれた。
「あそこの賭博で負けて莫大な借金を背負わされた人間が、何度もあのビルの中に連れ込まれていくのを見たよ……」
(連れ込まれてるって、おい!! まさか修二さん、今頃あのビルのなかで恐ろしい拷問を受けたり、タコ部屋に送られたりしてるんじゃねえだろうな……!?)
ガチの裏社会のレッドゾーン。とても俺の手に負える領域ではない。
もし俺の存在が奴らにバレたら、修二さんと一緒に東京湾の底へ案内されるに違いないのだ。
俺はビルから十分に距離を置き、一般の通行人のふりをして物陰の安全なスペースに身を潜めた。
命の危険を全力で回避しながら、俺は遠くからその暴力団のビルの様子をじっと見張ることにした。
まずは敵の動向を窺い、修二さんがここに居るのか確認するしかない。
だが、1時間ほど見張ってみたものの、ビルを出入りするのは数人の強面な組員たちばかり。
張り込みが完全に膠着状態に陥り、寒さで鼻水が出そうになった、まさにその時だった。
突如として、そのビルの前で、俺の想像を遥かに超えた大スペクタクルな地獄絵図が幕を開けたのだった。




