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第一章 第三話 実家潜入と、都会派探偵(笑)の危機

翌朝、俺は冴子さんと彼女の実家の最寄り駅で待ち合わせをした。


今日もバシッと「中華街のいかがわしい古着屋で買ったサイズの微妙な黒スーツ」で決めている。


駅周辺の区画整理された新しいエリアを抜け、昔からある家々が立ち並ぶ静かな一角へ進む。


そこに、少し古びてはいるが、それなりに威厳のある大きな一軒家があった。ここが冴子さんの実家だ。


玄関をくぐり、冴子さんが「お母さん、入るよ」と声をかける。


すると、すぐに奥から一人の女性が出てきて挨拶をした。


「あら、冴子。それに……そちらの方は?」

「ネットで探偵をやられている、黒崎さん。お父さんのこと、相談したの」


彼女が、継母の田中綾子たなかあやこさん、五十三歳だ。


普段は派手ではないが、上質と思われる服を着ている。だが、今日は旦那の突然の失踪のせいか、少々精彩を欠いているようにも見えた。


(フッ……やはり、この女、何かを隠しているな? ――と、それっぽく描写してみるが、ぶっちゃけ俺の思い込みフィルターが120%かかっているだけである)


居間に通され、改めて綾子さんから詳しく話を聞いた。


内容は昨日、冴子さんから聞いたものとおおよそ同じ。買い物から帰ったら、雑にたたんだ新聞と『ちょっと旅に出る』の書き置きを残して消えていた、というものだ。


あとは、どこに旅に出たのかの手がかり探しだ。


「……分かりました。では、お父上の書斎を拝見しても?」


俺は探偵っぽく、意味ありげに捜索のフリをしながら、書斎の本棚の裏やデスクの引き出しをカサカサと弄る。


これと言ったものが無く、どうしたものかと思っていると、デスクの隅のファイルから一枚の写真を見つけた。


……てか、見つかっちゃった。


『あ、それ、父の大学時代の写真です』


後ろから覗き込んだ冴子さんが言った。


『父、大学時代は登山部だったんです。社会人になってからも、たまに山に登りに行っていました』


(……え? 山?)


俺の脳裏に、不穏な警報が鳴り響いた。


山。マウンテン。緑と泥と虫の世界。


おいおい勘弁してくれ。都会のコンクリートジャングルをコートの襟を立てて歩くのがハードボイルドの基本だ。泥にまみれて登山なんて、都会派ハードボイルドはそんな過酷な場所には行かないんだよ!


「……し、しかし、ここ数年は登山はされていないようですが?」


俺は必死に声を震わせないように尋ねた。


『ええ。ここ数年は登山はしていません。道具もずっと物置に置いてありますし……。あ、でも!』


冴子さんがハッと目を見開いた。


『軽井沢……。軽井沢なら山から近いですし、昔、亡くなった私の実母と父がよく行った、ちょっとした思い出のペンションがあるんです。もしかして、そこへ……?』


(軽井沢!!)


登山という最悪のワードから一転、日本屈指のおしゃれ避暑地の名前が出た。


それだ! 軽井沢なら新幹線で行けるし、街並みも綺麗だし、山登りしなくて済む!


「それだ……! 間違いない、そこですよ冴子さん!」


俺は内心の安堵から、我を忘れてその仮説に飛びついた。


すぐにその思い出のペンションの名前を聞き出し、書斎の電話から問い合わせてみる。


「……あ、もしもし。突然の電話を失礼します。私、私立探偵の黒崎と申しますが、そちらに田中と名乗る六十歳ほどの男性は――え? いない? 最近来た形跡もない? ……あ、そうですか。失礼しました」


ガチャリ、と受話器を置く。結果は空振りだった。


「……ダメです。そういった客は来ていないし、予約もないそうです」


『そうですか……。でも、私には何か確信めいたものがあるんです。来週の土曜日、私、現地に行ってみます』


冴子さんの目は真剣だった。空振りしてもなお、父親の「思い出の地」への執着を感じているようだ。


来週の土曜日。つまり、俺の次の工場の休みだ。


ならば、と俺も同行することにして、本日の聞き取り調査は無事におひらきとなった。


まさか次の週末に、軽井沢へ遠征することになるとは。


俺は少し小さめのスーツの襟を正しながら、来週の土曜日が待ち遠しくてたまらない自分に苦笑した。


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