第七章 第四話 戦士の夜、あるいは去勢のブルース
ガックリと肩を落とし、俺はあの白黒のボス猫を団地に置いて、すごすごと自分のアパートへと帰り着いた。
結局、満身創痍になって手に入れたのは、約束の半額であるたったの1万円。
「猫を置いていくなら半額ね」という口佐賀さんの非情な宣告に、あの猛獣を自分の狭い部屋で飼うわけにもいかず、涙をのんで1万円を選んだのだ。
だが、破られた黒スーツの修理代を考えたら、完全に赤字である。トレンチコートとソフトハットの完全体探偵になれる日は、さらに地平線の彼方へと遠のいてしまった。
*
すっかり夜も更けた、六畳一間の安アパート。
小さな電気ストーブを点けてはいるものの、古い木造アパート特有の容赦ない隙間風の前にはまるで無力で、部屋はいっこうに暖まらない。12月の本格的な冬の寒さに耐えかね、俺はボロい毛布を頭からすっぽりと被り、ベッドの上で小さく身体を丸めていた。
百円ショップのショットグラスを前に、今回の事件を思い返していた。
今回の事件。俺は団地の平和と口佐賀さんのパンツのために精いっぱい働いた(犯人との格闘もした)。だが、現実には破れたスーツと、1万円の虚しさだけ。あのボス猫は、あのあと一体どうなってしまうのだろうか。
「フッ……探偵には、事件の後のことまでは、どうすることもできない」
誰もいない部屋で、少し寂しげに、最高に格好をつけて呟いてみる。
寒さとウイスキーの酔いが回り、俺は毛布のなかでうとうとと深い眠りへと落ちていった。
……そして、俺は奇妙な夢を見た。
どこか場末の、いかがわしい紫のネオンが灯るおかまバー。
そのカウンターで、何故か、あの大柄で筋肉質な白黒の野良猫が、綺麗に去勢され、化粧をして俺の真横に佇んでいたのだ。
『あら、黒崎ちゃん。お疲れ様。……まぁ、一杯お飲みなさいよ』
そんな幻聴が聞こえるような妖艶な手つきで(もちろん実際は肉球のついた前足だが)、そのおかま化した元ボス猫が、俺のグラスにトトトッと優雅に酒を注いでくれている――。
「ひゃあぁっ……!? 何だこの夢は……っ!」
夜中に飛び起き、俺は自分の額の冷や汗を拭った。
あの誇り高き団地のボス猫が、ニューハーフとして夜の街に生きる姿を勝手に脳内補完してしまったのだろうか。
俺は再びウイスキーを一口煽り、手に入るはずだったトレンチコート姿の自分を思い描きながら、今夜も、次なる事件に思いを馳せるのだった。
夜の帳は、今夜も等身大の探偵を、静かに包み込んでいく。
(第七章・完)




