第六章 第四話 男の優しさと、果てなき妄想
「……田園調布の旦那様です……! 旦那様からお電話で、『智子には絶対に内密で、お披露目の日に真珠のペンダントに改造してサプライズプレゼントしたいから、カメオを回収して宝石商へ届けてくれ』って、頼まれていたんです……っ!!」
泣きながら自白した妙子さんの口から出たのは、田園調布に暮らす誠一さんの親バカな計画だった。
だいぶ古ぼけてしまった富田家代々のカメオに、安田家の息吹を吹き込もうとしたらしい。
宝石を散りばめた枠に収め、真珠のネックレスで吊るすゴージャスなペンダントに大改造して、お披露目当日にサプライズプレゼントしようと考えたのだ。
きっと誠一さんは、田園調布の書斎で『パパ大好きー!』と抱き着いてくる智子ちゃんを想像してニンマリと笑っていたに違いない。
カメオ失踪事件の真相は、そんな微笑ましい親バカの暴走だったのだ。
幸子さんは「もう……あの人は相変わらず智子に甘いんだから……」とあきれ顔。
俺の任務はこれにて無事に完了し、あとは11月のお披露目当日を待つばかりとなった。
因みに遊園地デートは丁重に断った。
*
月日は流れ、11月。
都内の高級ホテルのパーティー会場を借り切って行われた、智子ちゃんのお披露目は盛大に執り行われた。
多くの名士が集まる華やかな会場のなか、誠一さんは、満を持して真珠と宝石で生まれ変わったカメオのペンダントを智子ちゃんへサプライズで手渡した。
「さあ智子、パパからのプレゼントだよ!」
抱きつかれる瞬間を今か今かと待ち構え、鼻の下を伸ばす誠一さん。
だが、ペンダントを受け取った智子ちゃんは、あからさまに微妙な顔を浮かべた。
「……パパ、ありがとう。でも、カメオはやっぱり、前のブローチの方が格好よくて良かったわ」
「え……っ?」
誠一さんがショックで凍りつく。さらに追い打ちをかけるように、隣にいた幸子さんが、冷ややかな視線を突き刺した。
「当然でしょう、あなた。富田家代々の歴史あるものに、勝手に手を加えるなんて本当に形無しね。智子も楽しみにしていたのに、可哀想に」
「あ、いや、私は良かれと思って……」
お披露目は大盛況のうちに終わったが、主役の娘には微妙な顔をされ、妻には怒られ、誠一さんは会場の隅でこれ以上ないほど哀れにヘコんでいたのだった。
だが、そんな誠一さんとは裏腹に、俺の懐は最高に温まっていた。
「黒崎さん、今回はうちの人のお騒がせのせいで、本当にご迷惑をおかけしたわね。お騒がせ代として、あの人にたっぷり支払わせるから安心して」
幸子さんがそう約束してくれた通り、後日、俺の口座にはこれまでにないほどのたっぷりとした依頼解決料が振り込まれていたのだ。
通帳の数字を見つめながら、俺のオタク心がニヤニヤと動き出す。
(これだけの額があれば……沈さんの店にある、あの憧れの漆黒のトレンチコートとソフトハットが、ついに買えるんじゃないか……!?)
*
すっかり夜も更けた、六畳一間のアパート。
俺はデスクに脚を投げ出し、安ウイスキーをグラスのなかで揺らしながら、今回の事件を反芻していた。
誠一さんは良かれと思って、彼なりの「優しさ」であれほど大がかりなサプライズを企てた。だが、結果は娘を微妙な顔にさせ、妻を怒らせ、自分自身が一番ヘコむという散々な結末。
「フッ……男の優しさなんてやつは、時として、ただの独りよがりで誰も幸せにしないものさ」
俺は脳内に響く自分の座右の銘を思い出しながら、少し寂しげに、最高に格好をつけて呟いてみる。
誰もいない部屋。
ウイスキーを傾けながら、手に入るかもしれないトレンチコートとソフトハットを身にまとった完全体の自分を思い描き、俺は今夜も、次なる事件に思いを馳せるのだった。
夜の帳は、今夜も等身大の探偵を、静かに包み込んでいく。
(第六章・完)




