第六章 第三話 たまプラーザの容疑者たちと、リビングのチェックメイト
タワマンの人間関係を整理した俺は、ひとまず同じフロアにあるそれぞれの部屋へと向かい、個別の聞き込み調査を開始した。
安田智子ちゃんが大切にしていたカメオのブローチ。
それは、幸子さんの実家であり、明治時代から続く横浜の大店である富田家から代々長女に引き継がれてきた、歴史あるアンティーク品なのだという。
このカメオは明治時代に、富田家の何代も前の女主人がイタリア人の商人から気に入って購入したもので、以後代々引き継がれてきたが、今は智子ちゃんがせがんで彼女のものになっていた。
幸子さんの話によると、もうすぐ11月に行われる10歳のお披露目(デビュタントって西洋貴族かよ!)
が近く、智子ちゃんはその大舞台にカメオのブローチをつけて出席することを何よりも楽しみにしていたらしい。
そんな大切なものが、セキュリティ万全のこの部屋から消えたのだ。
俺は同じフロアにある、住み込みメイドの岸本妙子さんの部屋を訪れ、カメオが消えた当日の様子を訊ねてみた。
妙子さんはどこかソワソワと落ち着かない様子で「私は何も知りません」と繰り返すばかり。だが、俺の探偵の目は見逃さなかった。彼女のデスクの端に、横浜の老舗宝石商の名前と住所が走り書きされた、一枚のメモ用紙が置かれているのを。
部屋を出た俺は、幸子さんにそれとなく妙子さんの動向を訊ねてみた。
「そういえば……カメオが無くなったのは、妙子の休みの前日でしたね。翌日の休みの日に、妙子は朝からどこかへ出かけていましたよ」
(……繋がったな。すべてのピースが)
俺は「考えをまとめたい」と一同に告げ、あの俺の部屋と同じ広さを持つ豪華なトイレへと立てこもった。
大理石に囲まれた便座に腰を下ろし、自分のスマホを取り出してメモに書かれていた老舗宝石商へと連絡を入れる。
探偵だと名乗り、安田家の件で確認したいと伝えると、電話口の店員はあっさりと認めた。
『ええ、確かにカメオのブローチをお預かりし、真珠と宝石で飾り付けたペンダントへと新調する、非常に高価なリメイクのご注文を承っておりますが……』
やはりだ。カメオは盗まれたのではなく、リメイクのために宝石商へと預けられている。
だが、21歳の住み込みメイドである妙子さんの給料で、そんな高価なリメイクを発注できるわけがない。彼女の後ろには、確実に費用を支払っている本物の黒幕がいる。
トイレから出た俺は、全ての準備を整え、関係者一同を広々とした大理石のリビングへと呼び集めた。
*
ラグジュアリーな革張りのソファが並ぶリビング。
安田智子ちゃん、幸子さん、執事の福田さん、メイドの妙子さんが一堂に会し、静まり返った室内で、俺の黒サングラスをじっと見つめている。
俺はゆっくりといつもの黒いスーツの上着を正し、全員の前に立ちはだかった。
「お待たせしました。安田家から忽然と消えたカメオのブローチ……その行方が、たった今、完全に判明しました」
「本当ですか、黒崎さん!」と、幸子さんが身を乗り出す。
「ええ。外部からの侵入が不可能なこの完璧な密室において、お嬢様の部屋からカメオを持ち出すことができた人物は、最初から一人しかいませんでした。日常的に智子ちゃんの身の回りを世話し、誰よりも自由に部屋を出入りできた、インサイドの人間です」
俺は右腕をまっすぐに伸ばし、一人の人物の顔をビシッと指差した。
「――カメオを持ち去った実行犯は、あなただ。岸本妙子さん」
「えっ……!? わ、私が……っ?」
妙子さんが顔を真っ青にしてその場にへたり込み、リビングに激震が走った。
幸子さんが「妙子、本当なの!?」と厳しい声をあげる。
「妙子さん、あんたは休みの前日にカメオを持ち出し、翌日の休日に、デスクにメモしてあった横浜の老舗宝石商へとそれを届けにいった。違うかい? ――だが、あんたの給料では、あの店でカメオを真珠のペンダントへリメイクするような高価な注文は不可能です。あんたに電話で極秘の指示を出し、カメオを回収させた本当の黒幕がいるはずだ。……さあ、吐いてもらおうか。黒幕は、一体誰だ!」
俺が静かに問い詰めると、妙子さんはついに耐えきれなくなったように涙をこぼし、幸子さんの顔を恐る恐る見上げながら、真実をゲロったのだった。
「ご、ごめんなさい……! 田園調布の大旦那様です……! 大旦那様からお電話で、『智子には絶対に内密で、お披露目の日に真珠のペンダントに改造してサプライズプレゼントしたいから、カメオを回収して宝石商へ届けてくれ』って、頼まれていたんです……っ!!」




