第六章 第二話 たまプラーザの迷宮と、六畳間のレストルーム
「……っ」
案内された部屋のドアをくぐった瞬間、俺は声にならない衝撃で革靴の底がひっくり返るかと思った。
純喫茶『ノア』から最高級車で連れてこられたのは、横浜市内でも屈指の高級住宅街、たまプラーザ駅のすぐ近くにそびえ立つ超高級タワーマンションだった。
聞けば、彼女の実家は誠一さんが暮らす田園調布の大豪邸らしい。
ではなぜ、このたまプラーザの最高級マンションにいるのかといえば、彼女が『慶應義塾横浜初等部』に通うため、通学に便利だからという理由「だけ」で幸子さんと二人で暮らすために用意されたタワマン ワンフロアーなのだという。
(小学校に通うためだけにタワマン ワンフロアーを用意……!? ぶっ飛びすぎてて、住む世界が違いすぎるだろ……!)
あまりの住む世界の格差に、俺の脳みそは完全にフリーズしていた。
さらにトドメを刺されたのは、ちびりそうでトイレを借りたら案内されたのは、俺が暮らすアパート(六畳一間・テレビなし)と、ほぼまったく同じ広さだったのである。
(嘘だろ……。俺の全生活スペースが、このお嬢様のトイレ一個分と同じなのかよ……)
個室のなかの最高級の便座を眺めながら、俺の等身大のプライドは木っ端微塵に打ち砕かれたのだった。
だが、頭が格差でポーッとなっている間に、俺はお嬢様から「消えたカメオ」という、何やら探偵心をくすぐるワードを聞かされていた。
福田さんが高価そうなカップに注いでくれた最高級の紅茶を啜りながら、俺はネクタイを緩め、手元のメモ帳を広げた。ここからは、この部屋の人間関係を整理していくプロファイリングの時間だ。
依頼人:安田智子、9歳。慶應横浜初等部。
母親:安田幸子、36歳。
このタワマンの部屋には母娘の二人暮らしだが、同じフロアには、先ほどの執事・福田さんの部屋と、住み込みメイドの岸本妙子(21歳)の部屋があるという。さらに、日中は通いのメイドのおばさんが2人出入りしているらしい。
無くなったもの:智子ちゃんが大切にしていた、アンティークのカメオ(ブローチ)。数日前、この部屋のなかで忽然と姿を消した。
セキュリティが完璧なこの最高級タワマンだ。外から泥棒が侵入した形跡は一切ない。
ということは、犯人はこの部屋に自由に出入りできる内部の人間――つまり、容疑者はこのフロアにいる全員ということになる。
「……で、見つけてくれたら、報酬は私との『遊園地一日デート』よ」
ソファにふんぞり返った智子ちゃんから言れた報酬に、俺は心の中で激しくズッコケた。
(遊園地デートって、ただの子守じゃん!! 第一、そんな姿を周りから見たら、絶対不審者か幼女誘拐犯と間違われてその場で即、通報されるわ!!)
まぁ、本当の報酬については後で幸子さんと話すとして、俺は意を決してネクタイを締め直し、いつもの黒いスーツの上着を正した。黒サングラスをかける。
脳内に、俺の座右の銘が静かに鳴り響いた。
――タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない。
「……わかりました、お嬢ちゃん。この事件引き受けましょう」
俺はまず、それぞれの聞き込みを個別に開始したのだった。




