第六章 第一話 純喫茶のミルクティーと、見つかったお嬢様
フッ……この半年間、乾いた都会のアスファルトで幾多の難事件を解決へと導いてきた私立探偵、黒崎優斗。
だが、そんな俺にも休息――戦士の休息ってやつが必要さ。
いつもの休日。俺は純喫茶『ノア』のボックス席に身を委ね、モーニングセットを堪能していた。
ふんわりと焼き上がったパンケーキに、みずみずしいミニサラダ。そして、薫り高いアメリカンコーヒー。
これをのんびりと口に運ぶ時間こそが、戦士に許された唯一の癒やしだった。
カランコロン、と店の入り口のドアベルが静かに鳴った。
入ってきたのは、仕立ての良さそうな服を着た、小学校低学年くらいの小さな少女だった。
彼女は驚くほど落ち着いた足取りで店奥へと進むと、温かい日差しが差し込む窓際の席へと腰を下ろした。およそ子供らしからぬ優雅な手つきでメニューを開き、看板娘の千鶴ちゃんに「ミルクティーを」と注文したのだ。
(……なんだ、あの子。妙に大人びてやがるな)
俺がパンケーキをフォークで突きながら見守っていると、少女は手に持っていた少女漫画をパサリと開き、ミルクティーを上品にすすりながら、静かに読み始めた。温かい木漏れ日のなか、そこだけまるでヨーロッパの高級カフェのような気品が漂っている。
さすがに不審に思った千鶴ちゃんが、心配そうな顔で少女の席へと歩み寄った。
「ねえ、お嬢ちゃん。お父さんやお母さんは一緒じゃないの? 一人で来たの?」
千鶴ちゃんが優しく声をかけるが、少女は少女漫画から目を離さないまま、実に冷静なトーンで「一人よ」と短く答えた。十七歳の現役JKである千鶴ちゃんの方が、完全に気圧されている。
その時だった。
窓の外の路地を、じっと視線で探っていた老紳士が、窓際の少女の姿を捉えた。
男は取り乱す風もなく、流れるような優雅な足取りで店のドアを押し開けて入ってきた。足早ではあるが、その身こなしには一切の無駄がない。身にまとっているのは、朝の正装である完璧に仕立てられたモーニングコートだ。
「――お嬢様。勝手に行かれては困ります」
少女の席の傍らにすっと佇んだその男は、白髪の、本物の『執事』だった。声のトーンはどこまでも落ち着いており、どうやらこうしたお嬢様の気まぐれな単独行動には、もう何度も付き合わされて慣れている風だった。
「静かにして、セバスチャン。今、ヒロインが幼馴染のイケメンに告白される良いところなんだから」
「福田です。お願いですからお戻りください。奥様も、それはもう心配されておられます」
(……おいおいおい、マジでガチのお嬢様と、セバスチャン(※本名は福田)じゃねえか!!)
俺がアメリカンコーヒーを喉に詰まらせそうになっていると、お嬢様は少女漫画をパタンと閉じ、ふぅと大人びたため息をついて店内をぐるりと見渡した。
「……ここに来れば、腕のいい探偵がいるって聞いたのだけど? ――ふん、今日はいないみたいね」
(……いや、待て。多分、この店に来る探偵なんて俺しかいなさそうだし、確実に俺のことだろう……)
あまりの綺麗すぎるスルーっぷりに、俺が心の中で寂しいセルフツッコミを入れていると、状況を察した千鶴ちゃんが俺のボックス席をパッと指差してくれた。
「あ、お嬢ちゃん! 探偵さんなら、ここにいる黒崎さんのことだよ! こう見えて、凄い探偵なんだから!」
千鶴ちゃんの紹介を受け、お嬢様は窓際の席から、俺の黒スーツ姿を胡散臭そうにじろりと一瞥した。
外見の怪しさにフッと不遜な笑みを浮かべ、彼女は席を立つ。
「……ふーん、まぁいいわ。話だけでも聞かせてあげる。――ついてらっしゃい」
(――って、オイ!!! 聞かせて『あげる』ってなんだよ! しかも『ついてらっしゃい』って、どっちが依頼人だよ!!)
俺の分も含めて、福田さんがスマートに会計を済ませる。
店の外で待っていた黒塗りの最高級車に乗せられ、俺の静かな戦士の休日は、この瞬間、完全に音を立てて崩れ去ったのだった。




