第五章 第三話 寿町の為五郎と、消えたビデオの謎
中華街の裏路地から少し足を延ばし、俺は石川町駅の周辺へとやってきていた。
昼下がりの街。いつもの黒いスーツに黒サングラス姿の俺は、高架下や駅の隅にいる人たちにそれとなく声をかけて回っていた。
懐から少々の小銭をチラつかせながら「沈さんの店に拾ったビデオカメラを売った男」の特徴を必死に伝えてみる。
すると、駅の近くにいたベテラン風の男が、声を潜めて教えてくれた。
「あぁ……そのカメラを拾ったのは、通称『寿町の為五郎』の仕業だな。あいつなら、この辺じゃそこそこ有名だよ。……ただ、今は区の施設に入り込んでるらしいぜ」
(……為五郎さん、生きてた……っ! よかった……!)
ガチの暴力団と中国系マフィアが血眼になって探しているビデオカメラの件だ。為五郎さんが口封じのために拉致され、今頃はすでに運河に浮かんでいるのではないかと本気で心配していたのだが、どうやら命からがら区の施設へ避難していたらしい。
俺は教えてもらった場所へと急ぎ、すぐに為五郎さん(60代前後の小柄なおっさん)に会って話を聞くことができた。
俺が沈さんの店に売られたあのビデオカメラについて尋ねると、為五郎さんは怯えたように周囲をキョロキョロと見回しながら、一気に話しだした。
「あのカメラな……! 9日前の早朝、中華街のゴミ捨て場で拾ったんだよ。高そうなカメラだったから、店が開くのを待って、すぐに沈のところへ売りに行ったんだ。二万円になったよ。……だけどよ、お兄さん。悪夢はそのあとだ」
為五郎さんはガタガガと震えながら、当時の恐怖を語った。
「沈の店から出た直後、見るからにヤバいチンピラどもに路地裏へ連れ込まれてよ……。ナイフを突きつけられて、あのカメラをどうしたって脅されたんだ。俺、怖くて堪らなくなってさ、すぐに『沈の店に売った』ってゲロっちゃったんだよ……!」
(……なるほど! 繋がったぞ!!)
俺の脳裏で、すべての線が一本に繋がった。
為五郎さんが売ったとゲロったからこそ、組織は沈さんの店にあのビデオカメラがあることを確信したのだ。だからこそ、その翌日にあの『10分間の偽装喧嘩』を起こし、狙い澄ましたようにカメラごと強奪していったのだ。
「お兄さん、ビデオの中身までは俺も知らないが、あれは絶対に本物の爆弾だぜ……。悪いことは言わねえから、早く手を引くんだな!」
一応、話の筋は通った。だが、どうも為五郎さんの様子が怪しい。
正式に、必死に「中身は知らない」と手を振る彼の目が、泳いでいる。……これは、俺の探偵の勘が告げている。
相手は武器も持っていない、無害そうなホームレスのおっさんだ。
ここで引いたら、トレンチコートは一生手に入らない。俺はゴクリと喉を鳴らし、意を決して、今日一番の『こわもてモード』を解禁した。サングラスの奥から一切の瞬きを消し、冷酷なトーンを意識して低い声を絞り出す。
「……おい、為五郎さん。嘘はそこまでにしてもらおうか。あんた、まだ何か隠しているな?」
「ひゃっ……!? な、何のことだよお兄さん……っ!」
「チンピラにナイフを突きつけられて、カメラを売ったことまでゲロったあんたが、なぜ『中身は知らない』と言い切れる? ――中身を、確認したんだろ。それも、沈さんの店に売る前に、だ」
俺が一歩詰めると、為五郎さんは悲鳴を上げて頭を抱えた。俺の決死のやせ我慢に完全に恐怖した彼は、懐のボロ布の隙間から、小さなプラスチックのチップを震える手で差し出してきた。
「あんたこんなもん持ってたら、命が危ないぞ」
「わ、分かったよ! 悪かったよお兄さん! これだ、これなんだよ! 沈の店に売りに行く前に、カメラからこのSDカードだけを抜いて持ってたんだ! これ渡すから助けてくれよ!!」
「わかった預かろう、あんたもすぐにこの町離れた方がいいぞ」
手のひらに乗せられた、一枚のSDカード。
強奪されたビデオカメラ本体は、もはやただの空っぽの箱。
ヤバい連中が血眼になって奪い合っている『本物の爆弾の中身』は、今、俺の手の中にあったのだ。




