第四章 第三話 踊り子たちの証言と、終電のブルース
昼過ぎの強い日差しが照りつけるなか、俺は日ノ出町駅からほど近い、劇場が踊り子用に用意しているという宿の周辺に立っていた。
服装はいつもの黒いスーツに黒サングラスだ。
麗子さんから預かった、付き人の遠藤信二くん(22歳)の写真を見つめる。
そういえば、ファミレスでの面会時、麗子さんは消えた300万について、より具体的なディテールを語っていた。
失踪後、当座の生活費を下ろすために通帳を持って銀行に行った麗子さんだが(カードは信二くんに預けてあった)、口座を確認すると、300万の全財産はすでに東京駅のATMから信二くんの個人口座へと移されていたのだという。
身内の裏切り。だが、麗子さんは実の弟のように可愛がっていた信二くんをどうしても信じたくて、すぐには警察に届けず、スナック『蜘蛛の巣』のママに相談した……それが事の始まりだった。
「カードを持たせたままだったってことは、それだけ信用してたってことか。……切ねえな」
ため息を押し殺し、俺は宿の周辺で聞き込みを開始した。
だが、通行人や近所の住人に写真を見せても、最初のうちは「さあ、見ないねぇ」と空振りばかり。
日ノ出町のディープな裏路地を歩き回り、やはり俺には段ボールを運ぶ日常の方がお似合いだと心が折れかけた、その時だった。
たまたまアパートの階段を降りてきた、派手な私服を着た若い女性に声をかける。宿に住む現役の踊り子の一人だ。
写真を見せると、彼女は「あ、麗子さんの付き人の子じゃん」と眉をひそめた。
「この子、数日前の失踪した当日、部屋ですごい大声出してたよ」
「大声、ですか?」
「うん。私の部屋、隣なんだけどさ。壁越しに『姉さんどうしたんだよ!』って、受話器に向かってパニックになったみたいに叫んでて。そのあと、ものすごい慌ただしい足音を立てて、部屋を飛び出していったきり戻ってこないの」
(……『姉さんどうしたんだよ』、だと!?)
俺の脳裏に、強烈なクエスチョンマークが浮かび上がった。
麗子さんを「姉さん」と呼んでいたのか? いや、違う。信二くんが麗子さんの居ない自分の部屋で、わざわざパニックになって叫ぶ相手だ。もっと別の『本物の姉』の存在が浮上してきた。
俺は踊り子の女性に深く感謝を伝え、その夜、麗子さんの劇場のステージ(出番)がすべて終わるのを待った。
深夜。劇場の裏口から私服姿で出てきた麗子さんに、俺は昼間掴んだ踊り子の証言をそのまま伝えた。
『姉さんどうしたんだよ』という信二くんの最期の言葉。
それを聞いた瞬間、麗子さんはハッと目を見開いた。
「……あ。思い出した。あの子、いつだったかお酒を飲んでるときに、私に言ってたわ」
麗子さんは細い指で記憶を手繰り寄せるように話し出した。
「信二は大阪の児童養護施設で育ったから、実の姉はいないはずなの。でもね、『血は繋がっていないけれど、同じ施設で育った、とても優しいお姉ちゃんがいたんだ』って。そのとき、私に古い写真も見せてくれたわ」
「その写真に、何か手がかりは?」
「確か、施設の前で撮った写真だった。……うん、建物の看板に、施設の名前がはっきりと写ってたわ。大阪の、なんて名前だったかしら……」
麗子さんは記憶の底から、その児童養護施設の名前を絞り出してくれた。
300万の持ち逃げ。それは私利私欲の犯行ではなく、大阪にいる『血の繋がらない姉』の身に起きた、何らかの重大な危機が原因だったのだ。
時計を見ると、午前0時近く。
有益な情報を掴んだものの、俺のライフはもう完全にゼロだった。
日ノ出町駅の改札へと急ぎ、滑り込みで終電に飛び乗る。ガタゴトと揺れる電車の窓ガラスに映る、黒スーツに疲れ果てた自分の顔を見つめながら、俺は明日からの、さらなる過酷な調査を覚悟するのだった。




