第四章 第二話 男のプロファイルと、足跡のプロトコル
大人の色香を残して、高木麗子さんはファミレスの席を立ち、優然と去っていった。
彼女の姿が見えなくなり、左腕からあの圧倒的な谷間の感触が消え去った瞬間、俺の脳みそはようやく冷え冷えとした現実を取り戻した。
「……ふぅ」
俺はガチガチに締め上げていたネクタイを緩め、深く息を吐き出した。
麗子さんの大人の色香に脳みそを完全に溶かされるところだった。
だが、頭がポーッとなっている間に、俺は「現金300万の回収」というガチの修羅場案件を二つ返事で引き受けてしまっている。事情は碌に聞いていない(フリーズしてて頭に入らなかった)。ここからは、ハードボイルド小説の探偵になりきって、手元にある僅かな情報からターゲットのプロファイルを作成し、動機と足取りを推理していく時間だ。
よし、ノートを広げてプロファイリングを――と思ったその時、テーブルの脇で配膳ロボットがこちらを見つめている気がした。
その無言のプレッシャーに負け、俺は思わずメニューの一番上にあった『ハンバーグステーキセット』を注文してしまった。
……いや、午前中からファミレスでガッツリ肉を食う探偵なんて、ハードボイルド小説には一行も出てこない。だが、気が弱くて「ドリンクバーだけです」と言えなかったんだから仕方ないじゃないか。
ジューシーなハンバーグを平らげ、お腹がいっぱいになって落ち着いたところで、俺は改めてポケットからメモ帳と万年筆を広げた。麗子さんから預かった、ターゲットの写真を見つめながら情報を整理していく。
ターゲット:遠藤信二
年齢:22歳
出身:大阪(児童養護施設)
麗子さんの話によると、1年前、彼女が大阪の劇場で踊っているときに拾った男らしい。
以来、1年間ずっと麗子さんの付き人として、カバン持ちから身の回りの世話までをこなしながら、全国の劇場を一緒に回っていたという。
麗子さんにとっては、中学を出てすぐに失踪してしまった実の弟の面影を、年の近い彼に重ね合わせていたようだ。衣食住の面倒をすべて見てやり、実の姉弟のように可愛がっていたらしい。
「ここで、最初の謎だ」
俺はメモ帳に大きく丸をつけた。
「1年間も実の姉弟のように信頼関係のあった男が、なぜ今になって、麗子さんの全財産である300万を持って消えたんだ……?」
もし、彼が最初から金を盗む目的の詐欺師だったなら、1年も付き人を続けるわけがない。もっと早く、隙を見て大金を盗んでドロンしていたはずだ。
ということは、持ち逃げの動機は『ここ最近、遠藤くんの身に起きた突発的な変化』にある。
ギャンブルに溺れて首が回らなくなったか。あるいは、夜の街のヤバい連中に目をつけられて脅されていたか。
「そして、第二の謎。2011年の東日本大震災のときに学校(高校)にいたという麗子さんの実年齢だ」
引き算をすれば、彼女は現在33歳。だが、さっきママから聞いたプロフィールには『24歳』と書かれていた。
9歳ものサバ読み。単なるストリッパーとしての営業用の嘘か?
いや、それにしては、弟がグレて失踪したという過去を語る彼女の目は、本物の哀愁に満ちていた。あの涙は嘘じゃない。彼女が年齢を偽らなければならない理由が、この事件の裏に隠されている気がしてならない。
「最後に、消えた遠藤くんの足取りだ」
彼らが今月出演していたのは、ここ日ノ出町の劇場。
遠藤くんが消えたのは数日前。300万という大金を持った22歳の若者が、この周辺のどこかに潜んでいる。
時計を見る。昼過ぎ。
プロファイリングを終えた俺は、ゆっくりとネクタイを締め直し、いつもの黒いスーツの上着を正した。黒サングラスをかけ、会計を済ませて外へ出る。
まずは遠藤くんが消えた現場――日ノ出町駅からほど近い、劇場が踊り子用に用意しているという宿の周辺から調査を始めることにした。麗子さんから貰った遠藤信二の写真を胸ポケットに忍ばせ、俺は早速、調査を開始した。




