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第四章 第一話 日ノ出町のファミレスと、年齢不詳の依頼人 

フッ……夜のとばりってやつは、時として余計な過去を連れてくるものさ。


いつもの休日前の夜。俺(黒崎優斗・28歳・段ボール工場勤務)は、六畳一間のアパート兼事務所で、一人悦に入っていた。

黒シャツに細いネクタイ、沈さんの古着屋で買った黒スーツ。百円ショップのショットグラスに安いウイスキー(麦茶ではない)を注ぎ、お線香状態のたばこを燻らせて、ハードボイルド小説を片手に探偵の雰囲気に酔いしれる。


ジリリリリリリッ!!!


昭和の黒電話風にカスタムしたスマートフォンの着信音が、静寂を破った。

ビビり散らかしてウイスキーをこぼしそうになりながら、俺は必死に渋い声を絞り出す。


「……はい、黒崎探偵事務所ですが。何か事件ですか」


『あ、黒崎ちゃん? よかった繋がったわ。ちょっと紹介したい人がいてさ』


電話の主は、スナック『蜘蛛の巣』のママだった。

思い出した。前回のマキちゃんの事件のとき、連絡用と称して、インスタント名刺印刷サービスで20枚だけ作った自作の名刺を「フッ、何かあればここへ」と格好つけて渡してしまったのだ。完全に自業自得である。


ママの話によると、知り合いの女性がひどく困っているので話を聞いてほしいとのことだった。

その女性は現在、日ノ出町駅からほど近い場所にある劇場で、踊りストリッパーをしているらしい。


(日ノ出町の劇場……踊り子……。うわぁ、なんか一気にディープで危険な香りがしてきたぞ……!)


心の中のヘタレな俺が「夜の街のトラブルはヤバい! 逃げろ!」と大警報を鳴らしている。

だが、ママの頼みを無下に断る勇気もない俺は、「危険な話でなければいいな……」と心の中で祈りながら、次の土曜日の午前10時、日ノ出町駅の近くにあるファミレスで話を聞く約束をしてしまったのだった。


     *


土曜日の午前10時5分。

(フッ……探偵ってやつは、依頼人を少し待たせるくらいがちょうどいいのさ)

俺はいつも通り5分遅れでファミレスに入り、4人用のボックス席を陣取った。

もちろん、黒スーツに真っ黒なサングラスという完全防備だ。


だが、席に着いても相手の姿はない。

……さらに待つこと5分。午前10時10分ちょうど。

「お待たせ。あなたが黒崎さん?」

ハスキーで、どこか色気のある声と共に、派手なメイクを施したスタイルの良い美女が現れた。

探偵である俺をさらに5分待たせて優然と登場する時間差。俺は直感した。この依頼人、ただ者ではない。


今回の依頼人、高木麗子たかぎれいこ24歳。

彼女は俺の名前を確認すると、なんと、対面の席ではなく、俺のすぐ真横の席に滑り込んできた。

4人用のボックス席なのに。他にも席はいくらでも空いているのに、だ。


(……ッ!? で、で、麗子の太ももが、俺の太ももにピタッと……!?)


大人の女性の柔らかく妖艶な肉体でダイレクトに密着し、俺の脳内は一瞬で爆発した。鼻の下がだらしなく伸びそうになるのを、必死に奥歯を噛み締めて耐える。サングラスをかけていて本当に良かった。視線が泳ぎまくっているのがバレずに済む。


麗子さんはドリンクバーのメロンソーダを一口すすり、密着した距離のまま、ぽつりぽつりと自分の過去を語り始めた。


「東日本大震災のとき、それぞれ学校にいた私と弟は奇跡的に無事だったんだけどね。両親は津波で亡くなってしまったの。その後、横浜のおばの家に引き取られたんだけど、あからさまに迷惑がられて。心を痛めた弟は、中学校を出ると同時にグレて、そのまま失踪しちゃったわ」


(……切ねえ。切なすぎる。まさか、その消えた弟さんを探してくれっていう依頼か……?)


胸を締め付けられるような大人の哀愁に、俺のハードボイルド魂が震えかけた、その時だった。

俺の脳内の数字計算が、ふと妙な違和感を捉えた。


東日本大震災は2011年。その時に学校にいたということは……。

待て待て待て。もし震災の時に高校生(18歳)だったとしたら、今(2026年)なら……33歳じゃないか〜〜〜!!!


一瞬、彼女の口から出た『24歳』という自己申告の若々しさに騙されかけたが、探偵の鋭い洞察力が(というかただの引き算が)麗子さんの実年齢を容赦なく暴き出してしまった。

だが、そんな俺の内心の動揺を知ってか知らずか、麗子さんは冷めた目でフッと息を吐いて話を続けた。


「弟のことは、もうとっくに諦めてるからいいの。……今回探してほしいのは、私の付き人の男よ。遠藤信二、22歳。一年前に私が大阪で踊ってるときに拾った男でね。なんだか弟みたいだったから、側に置いて衣食住の面倒を見てあげてたのよ」


「その遠藤くんが、どうかしたんですか?」


「先日、私の貯金……300万を持って、こつぜんと消えたのよ。あの男を探し出して、私の300万をきっちり回収してほしいの。お願いね、探偵さん」


「……は、はい?」


俺は間抜けな声を上げた。

人探し。うん、それはいい。探偵の王道だ。

だが、その後に恐ろしい単語がついてきた。――『金の回収』。


(おいおいおいちょっと待て!! やっぱり人探しじゃねえか! しかもただの人探しじゃなくて、300万の金を持った男からの『現金回収』だと!? そんなのガチの修羅場確定じゃねえか!! 喧嘩経験ゼロの俺にできるわけねえだろ!!)


心の中のヘタレな俺が、アパートのコタツの中に引きこもりたいと全力でむせび泣いている。     荒事はやはり無理だ。

何とか断るための言い訳を探していると、フイに両手で俺の左腕をガシッと抱きしめられた。


(……うおっ!? た、谷間に……はさまってる、俺の腕が……!?)


信じられないほどの弾力と柔らかさが俺の左腕を包み込む。

真横にぴったり密着した麗子さんの太ももの感触と、腕に伝わる暴力的なまでの柔らかさ、そして至近距離で見つめてくる妖艶な視線と甘い香りに、俺の小心者な脳みそは一瞬でフリーズした。


完全に頭がポーッとなってしまい、さっきまで必死に考えていた断るための言い訳が、綺麗さっぱり宇宙の彼方へ吹き飛んでいく。


「……いい、でしょう。その遠藤くんと、消えた300万……俺が、光の下に引きずり出してみせます」


口が勝手に動いていた。

頭が真っ白のまま、気がつけばそんな大層なセリフを吐いて、依頼を快諾してしまっていたのだ。

我に返ったときにはもう遅い。

こうして俺は、麗子さんの大人の色香にまんまとハメられ、詳しい事件の背景も聞かないまま、不本意ながらも足を踏み入れることになってしまったのだ。


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