第三章 第三話 都会派探偵(笑)の張り込みと、ジッポーの夜
マスターから依頼を受けた俺は、さっそく千鶴ちゃんと一緒に東京方面へ向かったというチャラ男の割り出しに動いた。
ターゲットは、地元の夜の街をうろついているという、髪を派手に染めた少年だ。
夜の帳が下りた路地裏。俺は電柱の陰でターゲットを待ち伏せしていた。
服装はいつもの、中華街の端のいかがわしい古着屋で買ったサイズの微妙な黒スーツ。
そして夜だというのに、ハードボイルドな雰囲気を出すために真っ黒なサングラスを着用している。
(※ぶっちゃけ視界が最悪で、足元の段差に何度もつまづきかけて生きた心地がしなかったが、探偵の美学の前には些細な問題だ)
やがて、目的のチャラ男が歩いてくるのが見えた。俺はすっと影から足を踏み出し、男の前に立ちはだかる。
愛用のジッポーライターの蓋をカチカチと小気味いい音をいわせながら、サングラスの奥から、鋭い眼光を装った(中身は必死に怯えを隠した目)を向けた。
「……おい、少年。少し話を聴かせてもらおうか。あんた、鈴木千鶴ちゃんと何をしている?」
「ひゃっ!? な,、なんすかあんた! 警察!?」
チャラ男――健くん(17歳)は、夜中に黒サングラスの不審なスーツ男にジッポーの蓋をカチカチやられた恐怖で、一瞬でガクガクと震え上がった。喧嘩経験ゼロの俺だが、ハッタリの威力だけは本物らしい。
「警察じゃない、私立探偵だ。……おとなしく吐いてもらおうか。千鶴ちゃんを騙して、東京で何を企んでいる」
「ち、違う、違いますよ! 俺と千鶴は、ただの幼馴染です!」
俺の(ハッタリの)迫力に屈した健くんは、涙目で一気に真実をゲロり始めた。
健くんと千鶴ちゃん、そしてもう一人の少女『花咲香蓮』ちゃん。
(ハナサキカレンって……名前にだって限度ってものがあるぞと心の中で突っ込んだが、そこはスルーした)
三人は幼稚園からの大の仲良しだった。中学を出てからは別々の高校に通っていたが、香蓮ちゃんは両親が離婚したため、父親と一緒に東京へ引っ越してしまっていたのだという。
「最近、香蓮と連絡がつかなくなったんです。ラインを送っても既読はつくのに、全然返答がなくて……。だから心配になって、この前、千鶴と一緒に東京の香蓮の家に行ってみたんですよ!」
「……東京の家に? それで、香蓮ちゃんはいたのか?」
「いや、香蓮の親父さんしかいなくて。親父さんが言うには、香蓮は今、北海道に行ってるって……」
健くんの話によると、香蓮ちゃんは両親の離婚に深く心を痛めていたらしい。
物事の始まりはささいなことだったのだから、もう一度復縁してほしいと、父親と離婚して北海道の港町で「六人も入ればいっぱいになるカウンターだけの一杯飲み屋」で働いて店を切り盛りしている母親のところへ、単身で説得に行っていたのだ。
香蓮ちゃんのお母さんも、両親のことを心配する娘の気持ちには心を痛めていた。
だが、お母さんは「物事の始まりはささいなことでも、それは小さな不満の積み重ねが原因だったんだよ」と、仕事人間だった父親に愛想を尽かした大人の現実をやんわりと教えたという。
それでも諦めきれない香蓮ちゃんは、すでに二週間も北海道の母親の元に滞在し続けているのだ。
香蓮ちゃんが北海道に行っており、向こうでお母さんが代わりにラインを確認(既読)だけしていたから、横浜に残された健くんや千鶴ちゃんには不自然な「既読無視」に見えていた、というのが真相だった。
「……とにかく、事情は分かった。少年、もう夜遅い、家に帰りな」
「うっ、す……! ありがとうございました……!」
怯える健くんを解放し、俺は黒サングラスを外して深くため息をついた。
緊張でもう口がカラカラで、唇がはりつきそうだった。あー怖かった。
(う〜ん……香蓮ちゃんの事件、どうしたものかなぁ……)
事件の全貌は分かった。チャラ男の誘拐でも、東京の悪い男の詐欺でもない。
ただの両親の復縁を願う、切ない少女の家出だ。
だが、熟年夫婦の小さな不満の積み重ねなんていうドロドロした大人の現実、二十八歳未婚・段ボール工場勤務の俺にどうにかできるわけがないだろう。
俺は頭を抱えながら、ひとまず純喫茶『ノア』へ戻り、マスターと千鶴ちゃんにこの事実を伝えることにしたのだった。




