ハースキリの物語1.3
さらに長い年月が流れ……
この頃の雲霓市はすっかり様変わりしていた。
街中は煌びやかに彩られ、ネオンが瞬き、近代的な雰囲気に満ちていた。
雲霓市内の居酒屋の個室で……
「竜!いくぞ!もう一杯!」
「はいよ!」
「カーン」
個屋からはどんちゃん騒ぎと杯の衝突音が響いていた。
「ハよ、まずは大将に昇進したこと、おめでとう。
この地位は並大抵の者には務まらんぞ……」
ダラは謙虚に笑い、手を振った。
だが、突如、相手のムードが一変した。
「次に言うぞ。お前が大将になったんだ、この酒代はお前の払いだな?」
向かい側に座る男が悪賢くダラを見つめた。
まるでこの食事をダラに奢らせる気でいた。
それを聞いたダラは一瞬固まり、すぐに表情を変えた。
「くそ、お前!この老竜、人からカネを巻き上げるのは得意だな!」
ダラは向かいの男を睨み、薄く怒った。
男性の名前は竜。
この男とは百年ほど前に知り合った友だ。
学校の校長をしており、その学校はなんと五百年の歴史を持ち、軍部とも長らく提携している。
どうやって知り合ったかといえば、百年ほど前、上将になった頃、連絡調整の仕事で接したのがきっかけだ。
当時はそれほど親しくなかったが、ここ数年、急速に仲良くなった。
最初はおとなしそうに見えたから友になったのに、実際は悪戯っ子だった。
だが一緒にいると気楽だし、不思議と傍にいるだけで心地よかった。
心の安らぎではなく、純粋に身体が温かくなるような、陽だまりにいるような感覚、徐々に心を許せる友になっていった。
ただ、竜には双子の兄弟がいた。
九耀生という男で、こちらは本物の悪魔だ。
いつも顔のない仮面をつけて徘徊し、不気味で仕方がない。
しかもダラは彼に勝てず、「九兄」と呼ばされた。
四百年近く生きて、こんな屈辱は初めてだ。
ダラは生涯、九耀生に勝つことを目標に誓った。
くそ…… 思い出すだけで腹が立つ。
「ははは!いいか、わしの学校をもっと大きくしたら、わしが奢る!」
竜は手に持つ杯を揺すり、相変わらず悪笑し、そして彼は嬉しそうにひとくち飲み干した。
「うせろ……」
……
「竜よ、時々本当に死んでしまいたくなるよ。 長生きするなんて、もう飽き飽きだ。」
「ふざけるなよ、お前にはまだこれから栄光も幸せもたくさん待ってるぞ。」
「お前には分からない。 俺には何もかも無いんだ。 こんなの、生きていてもつまらないよ。」
竜が驚いた顔で自分を見つめるのを見て、ダラはははと笑った。 「冗談だよ、びっくりしたな、ははは!」
「お前って、本当に……」
だが、ダラの瞳には、確かに疲れがちらついていた。
……
二人が腹いっぱい食べ、ダラが会計を済ませる頃、空は既に深かった。
二人は仲良く別れを告げ、それぞれの住まいへと帰った。
もちろん、「仲良く」といっても悪口合戦は欠かせなかった。
「ふぅ……」
ダラは明け方の道を歩き、ほっとした息を吐き、苦笑した。
「ああ…… この悪竜、彼が奢るなんて、いつになることやら、はは!」
酒も食事も満ち足りて、誰もいない大通りを歩くのは、何よりも癒される。
「はあ……」
気持ちよくため息をついた。
だが、これほどリラックスした瞬間、
ダラは突然、女の子の泣き声を耳にした。
ほのかに酔っていた頭が一瞬で醒めた。
その泣き声は、あるものを直感的に思い起こさせた。
妖…… だ。
あまりにも、妖の哭き声に似ていた。
妖とは、元々は原始林と人里の境界に生きる、人を喰らう存在たちだ。
だがここ数年の都市化で広大な原始林は伐採され、衝突は避けられなくなった。
人類は妖と何度か歴史に刻まれる大戦を戦った。
もちろん、最終的に勝利したのは人類だ。
打ち負かされ散り散りになった妖は、人里の片隅でひっそり生きるしかなく、
しかも人を喰らうため、見つかれば必ず討たれる。
だが都市は違う。
妖がここまで出てくれば、ほぼ確実に死ぬ。
だからダラは疑っている。
「妖?都市にいるはずなぁ……」
それでも警戒しながら歩き、周囲を窺い、不意打ちを警戒した。
歩を進めるにつれ、泣き声はますます近づいてくる。
ダラの手には雷が纏われた。
これほど大きな声なのに、自分の実力で相手の気配を感じない。
しかも都市に敢えて出てくるとなれば、実力は自分に匹敵するかもしれない。
しかも一匹ではない。
何か大きな計画を企んでいて、自分が最初の標的に違いない。
「まずい……」
だんだん冷や汗が流れ、自信がなくなっていった。
ダラは妖界でもかなり有名な存在で、 だから、実力を知らない妖などいるはずがない。 それでも敢えて都市で待ち伏せるということは、 何か相当な準備をしてきたに違いない。
だが両脇ばかりに気を取られ、前方を見ていなかった。
ふと前を向いた時、橋の上に二十代前後の女の子が立ち、わめき泣いているのが見えた。
その瞬間、少女は手すりを飛び越えようとした。
「おい!!」
危機の一瞬、ダラの周囲に雷光が炸裂した。
……
少女が再び目を開けた時、自分が橋の上に戻されていることに気づいた。
「う…… な、何だこれ?」
少女は涙を拭い、茫然と隣に立つ男を見た。
自分を助けてくれたのだとすぐに理解した。
そして突然、立腹した様子で男に叫んだ。
「何するの!なんで助けたの!
もう生きていたくないんだよ!
なんで!死ぬことまで難しいの!?」
少女の言葉を聞き、ダラは眉を顰めた。
助けたのに、逆に恨みがましい。
怒りっぽくなっている。
「何を言っている!!
若いくせに自殺なんて!
バカなの?これから先、まだまだチャンスがある。
くよくよするな……」
!
そう言いながら、ダラは少女の涙で濡れた顔をはっきりと見た。
そして、固まった。
「お前…… まさか…… 両、両親のことを……心配しあいか…」
なぜか、ダラの声は次第に小さくなり、ほとんど聞こえなくなった。
先ほどの厳しい面影はすっかり消え失せていた。
「病気はもう治らない!治す金もない!
生きるためにどれだけ頑張ったと思ってるの?
無駄なの!もう…… これ以上苦しみたくない!」
少女は一語一語反論した。
だがダラは、少女の言葉に反論するどころか、
何を言われているかも聞いていないようだった。
ただ呆然と少女を見つめ、ゆっくりと隣にしゃがんだ。
似ている…… あまりにも似ている。
「夜…… 奈……」
「話聞いてるの!放っておいて!!」
少女は力まかせにダラを突き飛ばした。
これでダラは現実に引き戻された。
勢いよく頭を振った。
この子は絶対に夜奈ではない。
夜奈はとっくに死んだ。
生き返るわけがない。
ダラは舌打ちし、目に怒りが宿った。
もう忘れかけていたのに、なぜまた思い出すのか。
しかもあれほど鮮明に。なぜ……!
百年の鍛錬で培った潔癖で断固とした性格なら、
放っておいてその場を去るべきだった。
自分は悪人ではないが、善人でもないと自覚していた。
だが、再び大泣きする少女の瞳と見つめ合った時、
怒りの眼差しは一瞬にして柔らかく穏やかな霧に変わった。
こんな眼差いをしたのは、二百年ぶりかもしれない。
すぐに気を取り直し、突然少女に言った。
「助けてやる」
唐突な言葉に少女は固まり、二人は見つめ合った。
「あなた…… 今、何て言ったの?」
涙で潤んだ大きな目をぱちぱちさせ、
聞き取れなかった様子で問いかけた。
「病気を治してやる」
ダラは微かに笑った。
若く清らかな顔立ちは、磨かれて一層凛々しくなっていた。
今度は少女にはっきり聞こえた。
だが、またしても呆然となった。
「どうして?私を助けるなんて……
私の病気がどれほど難しいか知ってるの?」
その言葉を聞き、ダラは少し嬉しくなった。
少女にはまだ生きたい気持ちがあり、
自分が彼女に希望を与えられたのだ。
「俺には問題ない」
ダラはどんな病も見てきた。
人脈を使えば、死神から人を奪い返すことだってできる。
「あなた…… 誰?」
「ふん、誰だは気にするな。
とにかく治してやれる」
ダラは咳払いし、実力があることを示唆した。
「どうして……」
少女は既に咽び始め、再び瞳に涙が溜まった。
「お前にはまだたくさんの時間と可能性がある。
生きるために頑張ったんだろう?
本心では死にたくないんだ」
「私…… 生きたい……
希望があるのなら…… 誰でも、生きたいよ!」
彼女は呜咽し、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
先ほどよりも一層、委屈した様子だった。
少女に生きる望みが残っているのを見て、ダラはほっとした。
人を一人救えば七級の浮き屠りに匹敵するなんて言うが、
絶対に、夜奈に似ているから助けたわけじゃない!
絶対に!…… と、ダラは胸を張って自分に言い聞かせた。
「明日、ここで待ち合わせだ。
変なことはするなよ。」
ダラは笑って言い、この場を去ろうとした。
だが少女は突然ダラを呼び止めた。
鼻水をすすり、気まずいそうに両手の人差し指をちょんちょんと合わせた。
「あの…… 私、家、売っちゃった……」
少女は地面に残る焼かれた燃えカスを指した。
「え?」
帰路、ダラは少女の話を聞いた。
彼女の両親は数年前に交通事故で亡くなり、
その数年後、少女は原因不明の奇病にかかった。
両親の遺産はすべて治療費に注ぎ込み、使い果たした。
だが治る気配はなく、病名も分からない。
最後には絶望し、両親から受け継いだ家まで売ってしまった。
それが唯一の心の拠り所だった。
家がなければ、生きる意味もないと思った。
風で飛ばされずに残っていた燃えカスは、焼き捨てられた現金だった。
家を売った後、手持ちの金をすべて燃やしたのだ。
本気で、退路を絶ったのだ。
ああ、可哀想な子だなぁ……
……
「カチャ」
玄関の扉が開き、ダラが先に入って照明をつけた。
リビングの明かりが灯った。
「大丈夫だ、入っていい。
ここを自分の家だと思え!はっ!」
ダラは扉に寄りかかり、片手で中に入るように勧めた。
少女は恐る恐る頭を出して入り、
豪勢で広々としたリビングを見て目を見張り、
挨拶をしてから見回し始めた。
一方、ダラは玄関に立ったまま、
少女の無邪気で好奇心に満ちた背中を呆然と見つめていた。
橋の上の様子とは、まるで別人のようだった。
「わあ!すごく大きな家だね。
一人でこんなに大きな家に住んでるの?」
少女は振り返ってダラを見た。
大きな瞳が大きな疑問を浮かべていた。
「ん?ああ……」
ダラはまたしても現実に戻された。
少女の無邪気な様子を見て、何かを思い出した。
眉を顰め、何故か舌打ちし、拳を強く握り、目の輝きが沈んだ。
「好きに見て回っていい。
俺…… ちょっとトイレに行く」
「おお!」
少女は返事をし、そっとソファーの前まで歩いていき、
きちんと座った。
さっきほどはしゃいではいない。
なんだか可愛らしかった。
……
この時、ダラはトイレに入り、扉をロックしてゆっくりしゃがんだ。
両手で髪を掻きむしった、胸中には怒りが既に燃え上がっていた。
突然、ダラは勢いよく立ち上がり、
手を洗面台につき、自分の姿を老人の姿に戻した。
鏡の中の自分を見つめた。
これが、この年齢に相応しい姿だ。
そして、鏡の中の自分を罵り始めた。
「ダラよダラ……
四百年近く生きているくせに!
あの子は二十歳そこそこだぞ!
いったい何に取り憑かれたんだ……」
ダラは自分の胸を強く指した。
「よくもそんなことができるな!
この老いぼれが!
屑だ!!」
ダラは自分の頬をひと叩き、
激しく顔を掻きむしった。
「人間の屑…… 本当だ……」
顔中を血まみれにしながら、
またゆっくりとしゃがみ、呜咽し始めた。
そして突然、左手の指輪に触れた。
早苗秋の事件以降、再びこの指輪をつけるようになっていた。
その感触に心がざわつき、ついに堪え切れず、
左手を抱きしめて声もなく泣いた。
「本当に…… 彼女は、本当に……
お前にそっくりだ…… 夜奈……
本当に、会いたい……」
……
翌朝、ダラは手を抜かず、すぐに少女を連れて病院巡りを始めた。
だが少女の言う通り、根本的に治すことはできず、
進行を遅らせることしかできなかった。
その後長い時間、少女とダラは互いに多くを知り合った。
少女はついにダラの身分を知った。
雲霓の大将だったのだ。
だからこんなに大きな家に住んでいたのか。
ただ、理解できないことがあった。
なぜ、自分を治療してくれるのか?
自分はただの無力な人間だ。
何の理由もない…不自然だ。
それ以降、少女は軍人ニュースや特集を時折見るようになった。
だがメディアが伝える厳格なダラとは違い、
テレビで言われているほど恐ろしくも凶悪でもない。
悪魔の大将なんて、とんでもない。
むしろ優しく、柔らかい。
心に虎を宿し薔薇を嗅ぐ?
違う。ダラは虎じゃない…… 薔薇なのだ。
彼女の直感はそう告げていた。
しかもダラは子供が大好きだ。
他人の子供に会うと必ず話しかけ、
子供たちも怖がらず、楽しそうに笑う。
一方、ダラの気持ちは複雑だった。
この期間を共に過ごす中、自分がまるで娘を育てているように感じた。
しかも小さな夜奈だ。
さらにややこしいことに、文字通り、生活の癖まで夜奈にそっくりだった。
ダラはある考えに至った。
転生再生だ。
この子は、もしかして夜奈の生まれ変わりなのか……
だとしても、夜奈は自分のことを忘れているだろう。
そう思うたび、ダラの瞳は沈んだ。
だが毎回、頭を振って自分を引き戻した。
「何を考えてる!
とにかく治したら、仕事を世話してさっさと去る。
余計なことを考えるな!」
……
やがて少女は気になり始めた。
毎日、食事も住まいもすべてダラに出してもらい、
自分は何もしない。
ダラは何でもないと言うが、
少女は気になって仕方がなかった。
ついに、少女のねじ込みにより、
家の掃除をする仕事をもらった。
家にいる時、時々、大きな家を掃除するのだ。
ダラは仕方なく承諾した。
ある日、少女が部屋の掃除をしていると、
布がかけられた額縁を見つけた。
上には異常にほこりが積もり、隣のきれいな棚と対照的だった。
誰だって拭かずにはいられない。
彼女は額縁を持ち上げて覗き込んだ。
次の瞬間、瞳が衝撃で縮まった。
心臓が急激に鼓動し、額縁を落としそうになった。
額縁の中の写真を見て、彼女は衝撃的な秘密を知った。
心拍数が上がったのは恐怖のためではなく、
秘密を知ったことで、すべてが理解できたからだ。
彼女はすぐに額縁を元の場所に戻し、
落ちたほこりまでそっと戻した。
まるで誰も触っていないように。
これまでダラの部屋に入ったことはなかった。
入った瞬間、秘密を見つけてしまった。
ずっと疑問に思っていたことが、すべて解けた。
部屋を出た後、少女はふと思いついた。
ネットでダラの経歴を調べてみよう。
当然、情報は存在した。
政治体制に身を置くダラのような人物には、
少なからず経歴が公開されている。
彼女はあの女性を見つけた。
長谷川夜奈。
ダラの最初で唯一の妻。
三百年以上前の戦闘で殉職した……
だがそれよりも衝撃的だったのは、
自分が夜奈と瓜二つだったこと。
なぜ自分を拾ってくれたのか。
なぜ無条件で助けてくれたのか。
すべてが明らかになった。
「そういうことだったのか……」
彼女は嫌悪するどころか、ほっとした。
「バカなダラちゃん……」
少女は思わずつぶやいた。
自分でもびっくりした。
気づけば、涙が溢れていた。
「え?何で?」
悲しい気持ちも、泣きたい気持ちもないのに。
涙が意思を持ったかのように、止まらずに流れ出た。
再びパソコンの画面に映るダラの写真を見つめた。
四百年近い年齢に視線を固定した。
ずっと一人だったのか……
涙は、痛みからくるのか?
分からない。
その後もこの秘密を胸に、一年間、共に暮らした。
だがダラは敏感に気づいていた。
少女は以前よりも一層優しくなり、ますます夜奈に似てきた。
そのことに、ダラは苦しんでいた。
再び、同じ過ちを繰り返すのが怖かった。
ただ病状については、この三年、ほとんど進展がなかった。
ダラも焦り始めた。
だが決して諦めなかった。
そしてある日、旧友の竜を思い出した。
……
「ふぅ…… この病気は、この世界の法則から生まれている。
褒美であり、厄災でもある。
わしは法則の流れを変えられない。
ただ、中和させることくらいしかできん」
竜は手を後ろに組み、説明した。
「そんなに深刻なの!
じゃあ…… 中和だけでもいい!
お前しか方法がないんだ!」
竜はため息をついた。
「分かった。やってみる……」
「ブウーン」
暖かい光が少女を包み込んだ。
長時間の治療の末、少女の状態は確かに好転した。
少なくとも症状は抑えられ、突然の痛みも起きなくなった。
二人とも大喜びだった。
竜こそが最後の希望だ。
だが、本当に効果があったかどうかは、少女本人にしか分からない。
数週間後……
竜の家の前に、予想通りの人物が現れた。
少女だ。
竜は口を開かず、ただ静かに少女を見つめた。
瞳には憐れみが宿っていた。
ついに、少女が声を上げた。
「竜叔、私が何のために来たか、分かるでしょ?」
少女はにっこり笑った。
だが竜は返事をせず、ただ言った。
「彼のためイ尽くす価値があるかい?……」
その言葉を聞き、少女の表情は曇り、
うつむき、両手の親指を互いにもじもじさせた。
「あるよ、竜叔。
治らないことは分かってる。
だから、せめて彼のために何かしたいの」
「それが、本当に彼のためになるのか!」
竜の感情がわずかに高ぶった。
少女が何をしようとしているか、おそらく推測できた。
だが、ダラにもう一度、こんな思いをさせたくなかった。
耐えられないだろう。
「大丈夫よ。
だって、私は長谷川夜奈じゃないもん。」
少女はにっこり笑った。
竜は長くため息をつき、懐から自分で錬金した延命の霊丹を取り出して渡した。
「さすが竜叔!お見通しね!」
……
ある日、少女は突然ダラの隣に来て、嬉しそうに笑いかけた。
「わあ!大将!
病気、すっかり治ったみたい!
竜叔すごい!」
「本当か!よかった!
病院にもう一度確認しに行こう!」
だがその言葉に、少女は突然嫌がった。
「いや!行きたくない!
もう治ったんだから、あんな嫌な病院にはもう行きたくない!」
「で、でも……」
「いや!もうトラウマなの!」
少女の態度は強硬で、何かを隠しているようだった。
だがダラはそこまで気づかず、仕方なく承諾した。
さらに数週間が過ぎた。
日に日に元気になる少女を見て、
ダラの瞳には別れの寂しさが宿りつつも、
ついにほっとした。
「やっと、お前を救えた……」
そして、そろそろ彼女を手放すべきだと悟った。
この三年間の試練に、自分も満足していた。
……
ついに、ダラは少女の元に行き、言葉を発した。
「よし!病気は治った。
もう苦しむこともない。
ここにいても窮屈だろう?
行こう。
やりたいこと、好きなことをしてこい。
困ったことがあれば、いつでも頼っていい」
ダラは笑った。
だが、少女の表情は曇った。
「大将、私、家事ができなかったの?」
「あ?」
唐突な言葉にダラは呆然となった。
「どうして、そんなことを言うの?
この三年、文句を言った?
生活が苦しいと愚痴った?窮屈?」
ダラはぽかんとしていた。
なぜ少女がそんなことを言うのか分からなかった。
あるいは、心の中では答えを知っていながら、
向き合う勇気がなかったのかもしれない。
はっきりと断るべきか?
そして早苗秋のことを思い出した。
後悔しているのか?
どうすればいい…… 夜奈。
「すべての苦しみ、すべての不運は、大将が取り除いてくれた。
すべての楽しさ、すべての幸せは、大将が与えてくれた。
私、恩知らずな人間じゃないわ。
自分のことばかり考えて、
命の恩人を見捨てたりしない」
少女はダラを見上げ、瞳に真実の想いを宿した。
「いいえ…… 違うんだ。
本当に…… 言わないでくれ……」
ダラは後ずさり、
三年間かけて築いた心の壁が、
一歩ごとに崩れ落ちていった。
やはり、「夜奈」の前では、
何百年経とうが、自分は無防備だ。
「三年も一緒にいれば、鉄の木だって花を咲かせるでしょ……」
少女はゆっくりとダラに近づき、瞳に涙を浮かべた。
ゆっくりと大将に近づき、ついに抱きしめた。
「大将のことが、もう離れられなくなっちゃった。
大将はただ私を助けたかっただけかもしれないし、
何か言い出せない事情があるのかもしれないけど……」
この時、ダラはどうしようもなくなり、
何とはなしに、ゆっくりと両手を少女の背中に回した。
少女は敏感に、ダラの体がかすかに震えていることに気づいた。
彼女は微かに笑った。
予想通りだった。
「ほら…… やっぱり、何か言えないことがあるんでしょ」
「ぐっ……」
ダラは呜咽し、少女を強く抱きしめ、すすり泣いた。
少女はダラの背中をさすり、慰めた。
まるで、この数百年のダラの苦しみと孤独をすべて知っているかのように。
でも、彼女の笑っていた口元は次第に下がり、
瞳に悲しみがちらついた。
ごめんね……
数ヵ月後、
既にある程度の絆が築かれていた二人は、
あの開放的な出来事を境に、さらに急速に距離が縮まった。
やがて結婚式へと至った。
少女は、ダラに妻がいたことなど少しも気にしなかった。
今、結婚するのは自分だと知っていた。
「生きていって、他の人を愛しなさい。
あなただって、愛される価値があるのよ」
少女の言葉を聞き、ダラは訳が分からずとも嬉しそうに頷いた。
だが心の奥底では、わずかに心が動かされていた。
式の最中、ダラは少女の前に片膝をつき、
笑顔で赤い花束を捧げた。
左手の指輪も新しいものに替えしていた。
少女も笑い、
ダラの凛々しい顔を見て、眉をかすかに緩ませ、
両手を差し出し、花束を受け取ろうとした。
……
「サラサラ……」
空は曇り、雨風が冷たく肌に刺さる。
湿っていながら乾いた空気は、人に寒々しさを与える。
その下、一人の男が片膝をつき、
手に持つ白い花束を墓前に置いた。
男こそ、ダラ・ハースキリだった。
地面の雨がひざまで濡らし、
瞳は虚ろで、涙も流さず、言葉もなく、
ただ無表情に見つめ続けていた。
少し離れた場所で、傘を上手くさせずに立つのが、
四歳になる自分の息子だ。
無邪気な子供が父親に問いかけた。
「パパ、寒いよ……
ママは、この中で寝てたら寒くないの?」
「寒くない……
パパがママにこんな厚い布団をかけてやったから……
絶対に…… 寒くない」
ダラの声は嗄れて、ほとんど聞き取れなかった。
子供は無邪気に「うん」と返事した。
墓地の外で、竜は傘をさし、ダラの一挙手一投足を見つめていた。
「ダラ!立ち直れ!
まだ息子がいるじゃないか!」
竜の言葉で、ダラの瞳にわずかな光が宿った。
少しだけだが、十分だった。
ダラは振り返り、息子を抱き上げ、墓地の外へ歩き出した。
……
夕暮れ時、ダラは一人で街を歩いていた。
夜に近づき、通行人は次第に少なくなっていた。
ダラはずっとうつむきながら歩き、
ケーキ屋の前を通りかかった。
店員が外のダラに気づき、
大きなケーキを持って急いで追いかけてきた。
「ハースキリ様!お待ちください!」
名前を呼ばれてダラは振り返り、
店員が目の前に来てケーキを渡した。
「お客様、これは奥様が一週間前に電話で予約されたケーキです。
今日はちょうどお誕生日で、
通りかかったのでお渡ししに来ました。
お誕生日おめでとうございます!」
この時、ケーキを受け取ったダラは冷やかに笑った。
「そうか…… 今日もまた、俺の誕生日か…… ふふ」
そう言って、振り返らずに歩き続けた。
「え?」
店員は困惑したまま、その場に取り残された。
しばらく歩き、ダラは再び、あの橋に来ていた。
橋の真ん中まで歩き、欄干に寄りかかり、遠くを眺めた。
「…… お前の当時の気持ちが、少し分かった気がする……」
ダラはそうつぶやき、隣のケーキを見て再び言った。
「誕生日なんて…… 最悪だ」
ケーキを前に差し出し、川に捨てようとした。
だが震える手を見て、息子が家で待っていることを思い出した。
ケーキを引き戻した。
「息子…… 食べ好きだよ……」
彼の顔に、わずかな笑顔が浮かんだ。
やがて、橋を離れ、家の方へと歩き出した。
遠くのビルの屋上では、竜がずっとダラを見守っていた。
彼が変なことをしないのを見て、深くため息をついて帰った。
その後八十余年……
ダラは息子を育て、孫の面倒を見、
ひ孫の監督までした。
最終的にはまた一人の生活に戻った。
だが以前とは違う。
生き続けるための、ようやくの希望ができた。
ずっと気にかけ、心配する相手ができたのだ。
そうして、人魔戦争が勃発するまで……
……
雲霓軍司令部……
「少尉砂苺楽!
すぐに職場に戻れ!
二度と怠けているのを見るな!」
「あっ!はい!ハースキリ大将!」




