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予想外の再会

◎◎◎警察署が動き始めた頃……。


本土から離れた島にいた慎は、巨大な大樹の樹冠が作る濃い影の中に身を潜め、周囲の音を濾過するように聞き入っていた。遠くで響いた乾いた破裂音は、おそらく誰かが支給された銃を暴発させたか、あるいは最初の「狩り」が始まった合図だ。


(始まったか……。この状況だと、人間なんて簡単に一線を超えちまいやすいからな)


慎は内心で辟易した。極限状態に置かれた素人は、恐怖を打ち消すために攻撃性に逃げる。前世の戦場で嫌というほど見てきた光景だ。主催者の狙いもそこにあるのだろう。だが、慎にとっての最優先事項は、この無意味な殺戮の輪に加わることではなく、まずは島全体の構造を把握し、脱出ルートを確保することにある。


慎が気配を断ち、次の移動先を見定めようとした、その時だった。


「……動かないで」


背後、わずか数メートルの位置から、硬く、しかし隠しきれない震えを帯びた女の声が響いた。


背後を取られたのは、相手の隠密スキルが高いからではない。自分の索敵網に引っかからないほど、相手の殺気が「弱すぎた」のだ。害意よりも恐怖が勝っている者の気配は、時に戦場に慣れているベテラン兵士の直感をすり抜けることがある。


慎はゆっくりと、抵抗の意思がないことを示すように両手を肩の高さまで挙げた。そのまま、最小限の動作で首だけを後ろへ向ける。


そこには、月光に照らされて青白く顔を強張らせた、一人の少女が立っていた。手には小口径のハンドガンを握っているが、その銃口はやたらと細かく震えている。慎の鋭い視線が彼女を射抜くと、少女はびくりと肩を揺らした。


「……やる気が無いなら失せろ。無駄弾を撃つ余裕はないはずだぞ」


慎の言葉は冷淡だった。脅しではなく、単なる事実の指摘だ。しかし、その冷静さがかえって少女のパニックを煽った。


「うるさい! うるさいうるさい!! あんたを……あんたを殺さないと、あたしは帰れないのよ! 死にたくないのよ!!」


少女は半狂乱になりながら、とうとう人差し指に力を込めた。


――放たれた銃弾。


しかし、銃の反動を抑えきれていない彼女の弾丸は、慎の頭からかなり外れた位置にある幹を虚しく削っただけだった。


「あんたを殺さないと、あたしは……っ」


彼女が慌てて、再び引き金を絞ろうとした、その瞬間。


慎の姿が掻き消えた。


「え……?」


慎は彼女の懐に潜り込んだ。少女が悲鳴を上げる暇さえ与えず、慎の手が万力のような力で彼女の手首を掴み上げる。


「ひっ……!?」


関節を極められ、反射的に指の力が抜けた。手から滑り落ちたハンドガンを、慎は地面に落ちる前に左手で鮮やかにキャッチする。


「……終わりだ、大人しくしろ」


慎は少女の腕を捻り上げ、そのままうつ伏せに地面へ押し伏せた。銃を奪われ、完全に形勢を逆転された少女は、湿った土に顔を押し付けられながら、酷く泣き叫び始めた。


「嫌、嫌ぁっ! 助けて! 殺さないで! ごめんなさい、何でもするから! お願い、命だけは……っ!」


必死の命乞い。それは、数分前に自分から銃口を向けた者とは思えないほど醜く、かつ切実な叫びだった。慎は冷めた目で彼女の後頭部を見下ろしていたが、何故か違和感を覚えた。


(……待て。こいつ……前にどこで……?)


慎は彼女を制圧していた手の力をわずかに緩め、彼女の顔を月明かりの下に晒した。泥と涙にまみれたその顔。それに慎の記憶の断片が反応する。


「あ……あれ?」


少女の方も、慎に至近距離で見つめられたことで、極限の恐怖の奥に別の感情が混じり始めた。彼女の瞳が驚愕に見開かれ、震える指先が慎の顔を指差す。


「あ、あんた……まさか……あの時の!!」


彼女の叫びが夜の森に木霊した。慎の脳裏に、2017年の夏の記憶が鮮明に蘇る。お盆の時期、偶然にも遭遇した醜悪な痴漢冤罪騒動。SNSでの承認欲求と歪んだ正義感に突き動かされ、無実の中年男性の人生を壊そうとした愚かな女子高生。慎が持ち前の論理と観察眼でその偽装を暴き、完膚なきまでに論破して警察へと突き出した、あの主犯格の少女だ。


「……何だ、あの時の馬鹿か」


慎は奪い取ったハンドガンの安全装置をかけながら、吐き捨てるように言った。制圧を解かれた少女は、這いつくばったまま顔を上げ、信じられないものを見るような目で慎を凝視した。


「な、何であんたがここに……!? まさか、何かやらかしたの!?」


「違う……大切な人間を人質に取られてな。脅されて仕方なく指示に従ったら、ここに連れてこられたのさ」


慎は簡潔に、しかし氷のように冷たい声で返答した。そして、泥にまみれて震える少女の姿を、心底から侮蔑するように一瞥する。


「にしても、こんな所で再会とはな。相応の罰を受けたとは聞いていたが…絵に描くより酷い転落ぶりだ」


「……っ!!」


その皮肉に、少女の顔が屈辱で赤黒く染まった。彼女は溢れ出す涙を乱暴に拭い、狂ったように叫び声を上げた。


「……あんたのせいよ! 全部あんたのせいじゃない!! あの時、あんたが余計な事をしたから、あたしは……!!」


少女は地面を叩き、慎への憎悪を剥き出しにした。彼女の脳裏には、あの輝かしいはずだった計画が、一人の少年の手によって無惨に粉砕されたあの日からの、地獄のような日々が蘇ろうとしていた。

痴漢冤罪の件については2026/01/20投稿の「遭遇」を参照。

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