第95話「ロミート邸へ」
一軒のラーメン屋の前。
リビムとグロウス学園職員のアレルトが歩いて来た。
リビムの急な買い物に、教員であるアレルトがついて行っていた。もうすぐ夜の八時になろうとしていた。
二人がゴミ捨て場の前を通り掛かると、倒れている人物を見つけた。
「人? 何でこんなところに?」
「きっと、酔っ払いだよ」
疑問に思うリビムにアレルトは笑いながら答えた。
よく見ると、倒れている者はどこかで見覚えがあった。
「ディーン先生?!」
リビムが声を上げると、アレルトもその人物を確認した。
倒れていたのは間違いなくディーンだった。
「ほ、本当だ! どうしてこんなところに?」
「ケガしてる! 誰かにやられたみたい……」
二人でディーン(ディンフル)へ何度も呼び掛けるが、起きる気配がない。
アレルトは持ち前の筋力で、彼をおぶって学園まで連れて帰った。
◇
園長は戻って来ないユアの心配をしており、警察に捜索願を出したところだった。
「リマネスのところじゃないの?」
リビムが推測した。彼女は小さい頃からリマネスが嫌いだった。
皆が賞賛していてもどことなく嫌なものを感じており、自分におもちゃをくれることがあっても好きにはなれなかった。
そのため、ユアが戻らないのも彼女のせいだと思っていた。
「それは無いと思うわ。夕方、警察の人と一緒にあの子の家に行ったんだけど、“もうしない”って言ってくれたし」
「信用しちゃダメだよ! 前から何考えてるかわからない人だよ。また同じことするに決まってる!」
園長もすでにわかっていた。
これまでディーンが介入しても自分の考えを曲げなかったリマネスだ。そう簡単に変わることは無いと。
だが、園長と警察がロミート邸を出たのは二時間ほど前。いくらリマネスでも、こんな短時間で再び来るとは思わなかった。
もし本当にリマネスが原因ならば、相当な執念深さだと感じた。
◇
早朝、ディーンは職員部屋のベッドの上で目を覚ました。
酒はわずかしか飲んでいないので、二日酔いはしていない。
しかし、目を開けるとすぐにユアが気になった。
「ユア!」
叫びながら体を起こすが、部屋には自分一人。
しかも変身能力が解け、ディンフルの姿に戻っていた。
「いかん……」急いでマントを外し、頭から被った。
ディンフルはディーンへ変身した。
マントを魔法でしまったタイミングで物音がした。
ドアが少し開き、隙間からリビムが覗いていた。
「君?!」
ディーンが開けると、リビムは入って来て音を立てずにドアを閉めた。
「ごめん。どうしても、心配だったから……」
「君が運んでくれたのか?」
「ううん、アレルト先生。急な買い物があったから、ついて来てもらってたの」
「そうか」とディーンが簡単に返事をすると、リビムは衝撃的なことを聞いた。
「ディーン先生、やっぱりディンフルだったんだね?」
彼は息が詰まりそうになった。
「見られていたか……。そして、“やっぱり”とは?」
「ま、前からディーン先生、ディンフルと声と雰囲気が似てるなって思ってたの」
続けて、彼女は目を輝かせて言った。
「それに、ユアちゃんが言ったとおり、架空の人って存在するんだね?!」
「ユアの話をずっと信じているそうだな?」
「みんなは妄想だとか、ウソつきって言うけど、私はユアちゃんを信じてる! だって、毎回聞くお話、本当に見て来たように言うんだもん!」
暴走しかけるリビムをディーンは諫め始めた。
「ユアに限ったことだ。それ以外でこの話はしない方がいい。今度は君がウソつき呼ばわりされてしまう」
「でも実際、ディンフルはここにいるじゃん。この前、自販機の前で会ったのも間違いないんだよね?」
「まぁな……」
言いながらディーンは、何故ユアだけ異世界へ行く力を持っているのか改めて疑問に思い始めた。
原理がわからなければ相手をどう説得すればいいのかわからなかった。
考えていると、リビムの方から声を上げた。
「大丈夫! ディーン先生がディンフルだってことは誰にも言わないよ! 私たちだけの秘密!」
「……あ、ありがとう」
空想にずいぶんと理解がある彼女に、ディーンは驚きつつも感謝した。
「ところで、ユアはいるか?」
「昨日から帰ってないよ。園長は捜索願を出しているけど、私はリマネスが怪しいと思うな」
やはり、まだロミート邸だ。
確信したディーンは急いで部屋を出ると、台所へ行って水をたくさん飲んだ。
もう足がふらつくことは無いが、出来るだけ体内に酒は残したくなかった。
「もう大丈夫なんですか?」「朝からどこか行くの?」と園長とアレルトが聞いても、ディーンは返事をせず、学園の外へ出た。
早速、ユアの居所を探る魔法を使い始めた。
昨日、リマネスの家に行った時はサモレンの運転する車に乗せてもらった。今日は自力で行かなければならない。
「こっちだ!」
本当は魔法で飛んで行きたかったが、ユアから禁止されている。
なので走って行こうとしたその時、リビムに声を掛けられた。
「リマネスの家に行くの?」
「そのつもりだ」ディーンは足を止め、前を向いたまま答えた。
「徒歩は時間掛かるから、自転車の方がいいよ!」
今度は彼女の方へ向いて聞き返した。
「じてんしゃ……?」
◇
リビムに勧められ、ディーンは自転車で行くことにした。
フィーヴェには自転車が無いため、乗るのは初めてだ。
タイヤが前後に二つだけ付いた不思議な乗り物に、ディーンは頭をひねった。
「こちらでちょくちょく見掛けたが、どう乗るのだ……?」
後ろで登校準備をしていた他の子供たちが驚きの声を上げた。
「ディーン先生、じてんしゃ乗れないの?!」
「ボクは五さいから乗ってるよ!」
「乗るなら、れんしゅーした方がいいよ!」
自分よりはるかに小さい子供でも乗れていることにディーンは驚愕する。
リビムが慌てて「ディーン先生のいた国では、自転車が無かったの!」と庇ってくれた。
初めてということで、補助輪を付けて漕ぐことになった。
(リアリティアには色々な乗り物があるのだな。歩くよりも速いのは助かるが……)
ディーンは頭にヘルメットをかぶってペダルを漕ぐが、だんだん周囲の視線が気になって来た。
皆、自転車を漕ぐ自分を見てクスクス笑ったり、異様なものを見るような目をしていた。
彼は知らなかった。リアリティアでは、補助輪をつけて自転車に乗る大人はほぼいないことを。
だんだん、ディンフルの姿で歩いていた時よりも恥ずかしくなって来た。
信号待ちをしていると、リビムもヘルメットをかぶって自転車でやって来た。
「ディーン先生、初めての自転車はどう?」
「どうもこうも、視線が気になる……」
「補助輪のせいだよ。たいていの大人は付けないで走るもん」
「やはりな……」と落胆するディーンへリビムが提案をした。
「外して走ってみる? ディーン先生なら一発で乗れると思う」
「外すとどうなる?」
「バランスを取るのが大変になる。でも、ディーン先生なら大丈夫! ディンフルに不可能はないでしょ?」
希望に満ちた目で言う彼女へ「酒が入るとほとんどが不可能になる」とは言えなかった。
それでも、補助輪を外すのはやってみる価値はあった。
視線を気にしている暇はないが、気分的には楽になりそうだったからだ。
リビムがあらかじめ持って来た工具で補助輪を外してくれた。
「感謝する!」
「気を付けてね!」
彼女の声に見送られ、ディーンは再び自転車を漕ぎ始めた。
バランスを取りにくく、フラフラ運転になったが少しずつコツをつかむと、途中から普通に漕げるようになった。
ほとんど彼の意地ではあるが。
(待ってろ、ユア!)
ディーンは通勤、通学中の人の波に揉まれながらも、ロミート邸の近くまでやって来た。