第73話「奇跡の出会い」
イマストVの世界には一度行けているので、ゲームソフト無しでもあちらへ行くことは可能だった。
しかしユアは、なけなしのお金で購入したゲームを目の前で燃やされたショックが大きく、ずっとうなだれていた。
それに、こちらへ戻ってから一度も異世界への移動が成功しておらず、能力にすっかり自信を無くしてしまった。
そんな彼女をリマネスは勝ち誇ったように見つめるのであった。
◇
気分が乗らないまま、今日も卒業式の練習が執り行われた。
生徒が体育館へ集合完了するとユアのクラスの担任が檀上に立ち、マイクを使って話し始めた。
「今日も卒業式の練習をしてもらいますが、少しだけ予定を変更します。何と、今日はみんなの卒業を祝うべく、この方が来て下さいました。どうぞ!」
ゲストに指示を出し担任が壇上から降りると、体育館内にポップなBGMが流れ始めた。卒業式で流すような曲ではない。
生徒たちはその曲に聞き覚えがあった。
体育館が真っ暗になると舞台にのみライトが当たり、舞台袖からミカネが現れた。
生徒たちが歓声を上げた。
ミカネはリアリティアで大人気の歌手。ダーク校でも知らない者はいなかった。
「ミカネ?! 何で、何で?!」「夢みたい……」と、生で歌手を見れた生徒たちは興奮したり、思わず涙ぐむ者もいた。
ユアも彼女の大ファンだったが、今は喜べなかった。
どんなに心を揺さぶられても、今朝燃やされたイマストVのソフトが頭から離れずにいた。
舞台に上がったミカネは自分の持ち歌を二曲、歌った。
歌唱中は生徒も教師も皆、その歌声に聞き惚れていた。
歌が終わると次に舞台袖からサモレンが登場し、生徒たちは再び歓声を上げた。今度は女子の黄色い声が多かった。
彼はミカネのマネージャー 兼 秘書であるが、ミカネの舞台裏を見せる動画では必ず一緒に出ていた。そのため、サモレンはファンにも知られていたのだ。
「皆さん、おはようございま~す! そして三年生の人は、ご卒業おめでとうございま~す!」
ミカネがマイク越しに挨拶をすると、生徒たちから悲鳴のような歓声が上がった。
「今日はサプライズで来させてもらいました! 何で選ばれたかわかりますか~? 正解はくじ引きで~す!」
「自分で聞いて、自分で答えるんですね……」
サモレンがマイクを通してつっこむと、生徒たちから笑いが起こった。
ミカネの天然と彼の冷静なつっこみによる漫才も、ファンには周知されていた。
このやりとりを生で見られた生徒の中には、感激のあまり涙を流して笑う者もいた。
「今から二回目のくじ引きをします! 名前を呼ばれた人は檀上まで来て下さい! ミィからプレゼントがありま~す!」
いきなりくじ引きコーナーへ突入。名前を呼ばれた者はミカネ本人から直接プレゼントをもらえる特典が。
生徒たちは本日で一番ヒートアップした。
「た~だ~し! 当たるのは生徒さんとは限りませ~ん。くじには先生も入れちゃいま~す!」
生徒から今度は落胆の声が上がり、教師たちから歓声が上がった。
彼女らが来ることを知っていた教師たちだが、自分たちがプレゼントをもらえる話は初耳だった。
これは、ミカネから彼らへのサプライズだ。
「その方が学校中、楽しめるでしょ? それに、先生方は生徒さんたちを巣立たせる為に毎日頑張ってるんだから、ごほうびと言うことで!」
ミカネは芸能の仕事を始めて十年以上になる。
普通の同年代よりも年上と関わる機会が多かったため、大人のスタッフがどれほど苦労しているかを知っていた。
スタッフとは少し違うが、教師が生徒のために頑張っていることも承知していたために、大人も対象に入れたのだ。
ユアはミカネの良さを改めて知り、彼女の学生時代が気になり出した。
ミカネと同じクラスだった人が羨ましいと思った。きっと彼女が同じクラスなら、天真爛漫なところや優しさに癒され、嫌なことがあっても学校に来たくなると思ったからだ。
「早速いきま~す! ミィからプレゼントをもらうのは……?」
ミカネはサモレンが持つくじの箱に手を入れ、かき混ぜ始めた。
生徒と教師らに緊張が走る。
箱から小さくたたまれた紙が取り出された。
ミカネは紙を広げ、書かれた名前を読み上げた。
「三年一組、ユア・ロミートさん!!」
「えっ?!」
静寂な中、いきなり名前を呼ばれたユアは驚愕し、声を上げた。
それを見て、周囲の生徒が明らかに不満そうな顔をした。
「ユア・ロミートさん! いらっしゃいましたら、舞台までお越しください!」
サモレンがマイクを使って呼びかけた。
ユアは周りの突き刺すような視線に耐えながらも、重い足取りで舞台上まで歩き始めた。
重い足取りなのは、生徒の眼差しだけが原因ではなかった。
ユアの本名は「ユア・ピート」。
「ロミート」はリマネスの家に引き取られた時につけられた苗字である。引き取られて三ヶ月になるがロミート姓に未だ慣れておらず、名乗るのも抵抗があった。
戸籍上は別の苗字でも、ユアはこれからも頑なに「ピート」を名乗るつもりでいた。
しかし、名簿ではもう新しい苗字に直されている。
今、名前を読み上げられた時も、自分が呼ばれたという感覚がほとんど無かった。
なので、憧れの人に呼ばれるのなら「”ピート”の方で呼んでもらいたかった」と心から思うのであった。
そんなことを考えているうちに、ユアは舞台に上がっていた。
目の前に憧れのミカネがいる。
金色の髪は照明のせいもあってか、生で見るとより輝いて見えた。
写真や映像で見る顔も眼前ではもっと小さく見え、まるで人形のようだった。
ユアは、ミカネは別世界で育った人間としか思えなかった。
「当選おめでとう! そして、三年生だから卒業おめでとうございます!」
ミカネはマイク越しにユアへ祝いの言葉を述べながら、プレゼントが入った縦長の紙袋を渡した。
サモレンは自分のマイクをユアの口元へ向けた。
「あ、ありがとうございます……」
ユアはガチガチになりながらもお礼を言った。自身の声が体育館中に響き、驚きと恥ずかしさで頭は真っ白だった。
朝は宝物のゲームを燃やされ、現在は憧れのミカネとサモレンが目の前にいる上にプレゼントまでもらった。
ユアの今日の気分はジェットコースターみたいに高低差があり、パニック状態になっていた。
先ほどまで晴れなかった気分が、憧れの人物と至近距離で話をすることで少しだけ回復した。
サモレンはマイクで話すと、再びユアの口元まで持って行った。
「ユアさん……何かお聞きしたいことはありますか?」
「へっ?! あ、あの……、す、好きな食べ物は?」
いきなり質問を振られても頭が働かず、定番中の定番とも言える質問をすると、生徒たちから笑いが起こった。
ミカネも思わず吹き出した。
「ミィは~、嫌いなものはないかな? 何でも好きっ! だから、好きなものを聞かれても答えようがないのよね。何でも食べちゃうから!」
彼女は明るく、満面の笑みで答えた。
「あ……、変な質問してごめんなさい……」
「いいのいいの! 突然来た上にプレゼントまで当たって、“質問してくれ”って振ったこっちが悪いから、気にしなくていいわよ♪」
ミカネはそこまで言うと、今まで使っていたマイクに手で蓋をし、生徒たちに聞こえないようにユアへ話しかけた。
「表情暗いけど、大丈夫? 何かイヤなことあった?」
今までの天然丸出しな様子から一変し、真剣な顔つきになった。
サモレンも空気を読み、ユアへ向けていたマイクを自分の方へ戻した。
ミカネはユアが舞台へ上がって来る時から、周囲の生徒の視線が気になっていた。
彼女の暗い顔からも何かを察したようだった。
「頼れる人がいたら、迷わずSOSを出すのよ。でないと、自分が壊れちゃうからね?」
「あ、ありがとうございます……!」
ユアは心からお礼を言った。
二人だけの会話が終わるとミカネはすぐにマイクを口元まで戻し、「卒業しても、無理のないように頑張るのよ!」とエールを送り、最後はユアと握手をしてくれた。
ユアはここ数日で最高の気分だった。
憧れの人から気に掛けられて、驚きと同時に嬉しさもこみ上げた。
涙が出そうになったが泣くと余計に気を遣わせると思い、我慢して引っ込めながら舞台を降りて行った。